アプリやデバイスの利用で苦痛を和らげる――最新「耳鳴り対策」の紹介

2024.5/31 TBSラジオ『Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、私たちを悩ませる「耳鳴り」に対する様々な研究を紹介します。

◾耳鳴りの原因とは何か

周囲に音がないにもかかわらず、不快な音を感じてしまう「耳鳴り」。バージニア大学の研究者によれば、耳鳴りで聞こえる音は「ブーン」だったり、「ヒュー」、あるいは「ゴロゴロ」と、人によって異なるとのこと。また耳鳴りは外から音が聞こえるのではなく、文字通り耳の中から音を感じる=音が鳴っているというものです。

耳鳴りに悩む人は、アメリカでは人口の15%に相当するおよそ5000万人おり、その中でも2000万人は慢性的なもの、とくに200万人は極度の耳鳴りに困っているとのことです。耳鳴りが続くと睡眠不足や不安を引き起こし、他者とのコミュニケーションを阻害することにもなります。

当ラボではこれまでも、耳鳴りについて紹介してきました。以前も紹介した通り、耳鳴りは世界の成人のうち10~15%の人が経験したことがあると推定されており、ハーバード大学医学部を中心とした研究チームが2023年11月、「Nature」誌に発表した論文によれば、聴覚似異常のない294人の耳を調査したところ、耳鳴りを経験する被験者は、音情報を脳に送る蝸牛神経が損傷していたことがわかりました。研究者はこれを「蝸牛神経変性症」と呼んでいます。

蝸牛神経は通常の聴力検査などでは調べられないことから、一般的な調査で聴覚に問題がなくとも、耳鳴りの原因は聴覚神経の問題ということになります。さらに蝸牛神経のダメージは加齢性難聴の発症を加速させるとのことです。また、耳鳴りの原因はストレスなど、その他の影響も考えられています。

◾耳鳴り対策アプリ「Tinnibot」

大きな課題である耳鳴りに対して、様々な対策が研究されています。

ひとつは、認知行動療法(CBT)を利用するものです。CBTは通常、訓練を受けたセラピストとともに行いますが、金銭的な負担がかかります。そこで、耳のケアを専門とする企業「MindEar」は、チャットアプリ「Tinnibot」の開発・提供をはじめました(英語で耳鳴りを意味する言葉はtinnitusであり、これをもじったものだと思われます)。同社の共同設立者で、ニュージーランドのオークランド大学の聴覚研究者であるファブリス・バーディ氏を中心とした研究論文が、2024年の1月に発表されています。

論文によれば、このアプリにおけるCBTは、アプリのチャットボットと会話によるエクササイズで、ネガティブな思考を特定したり、それにどのように対処するかといった実践と、マインドフルネスなどを組み合わせるたものになるとのことです。

研究では、2020年9月~2021年2月にかけて、28人(平均年齢57歳、ジェンダーもバランスはよい)がこの研究に参加し、そのうち14人には1日10分間、8週間にわたってアプリを利用し、別の14人には人間の臨床心理士による30分のオンライン通話を4回行ったということです。

8週間後に行われたオンラインアンケートによれば、アプリを利用した6人とビデオ通話を利用した9人が、有意に耳鳴りの苦痛が減少したことがわかりました。減少の度合いは両方のグループで同程度ということでした。さらに数週間後には、追加で数人の苦痛が減少したこともわかりました。

論文によれば、伝統的なCBTの実践(すなわち、否定的思考の特定と挑戦、行動の活性化、リラクゼーション)と、MCBTの実践(すなわち、マインドフルネス、受容、感謝のエクササイズ)が組み込まれてい

このTinnibotアプリですが、残念ながら現在のところ日本語には対応していません(英語です)。とはいえ、アプリの利用であっても耳鳴りによるダメージを軽減できる可能性があることは、大変喜ばしいことでしょう。更にイギリスのガーディアン紙によれば、イギリスでも耳鳴り軽減アプリ(「Oto」)の大規模な臨床試験が行われているとのことです。

◾舌からの電極刺激で耳鳴りに対処

もうひとつの対策は、こちらは2023年3月に、米食品医薬局(FDA)が承認した「Lenire(レニール)」という治療デバイスです。ラテン語で「なだめる」を意味するLenireは、コントローラーに接続された、電極を備えたプラスチック製のデバイスを口に含み、小さな電気刺激を与えるものです。同時にヘッドフォンから音を流すというもの。定期的に利用することで、神経活動が調整され、利用者の84%に耳鳴りの苦痛が減少した、というデータもあります。またLenireを開発したのはアイルランドのNeuromodという企業であり、アメリカ以外にもEUで安全基準を満たしたCEマークを取得しているとのことです。

ただし、1日1時間の利用が必要だったり、保険適応外で1台4000ドルするというコスト面での課題もあります(効果は1年は続きますが、使用をやめると再発するとの報告もあります)。とはいえ、耳鳴りに対する様々な対処法が考案されることで、いずれはその効果もコストも、多くの人に手の届きやすいものになることでしょう。

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