汚い言葉を叫ぶと痛みに効果がある?――「言葉と苦痛」に関する研究紹介

2024.2/02 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、汚い言葉が痛みを和らげるという、「声と痛み」に関する研究を紹介します。

◾汚い言葉は痛みを和らげる

スポーツ選手が試合前、大きな声を出し、自身に気合を入れることがあります。私たちはこのように、何か特別なことが生じる際に大声をあげることがあります。

もうひとつの事例を挙げましょう。例えば、家の中を歩いていて、小指を家具などにぶつけた際、思わず「痛い!」と声が出た経験は誰にでもあるでしょう。中でも、ついつい痛みに対して「ちくしょー」や「クソ!」といった罵倒、悪態と形容できる汚い言葉が口をつくこともしばしばです。

なぜ私たちは、痛みを前に声を、特に汚い言葉を出すのでしょうか。これについて、英キール大学の研究者が2009年に論文「Swearing as a response to pain:痛みに対する反応としての悪態」を発表しています。(論文については科学メディアの「ナゾロジー」で詳しく紹介されています。)

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1526590011007620

痛みに対して汚い言葉を発するのはなぜか。研究から得られた結果を一言で言えば、汚い言葉は痛みを軽減するからです。

研究では67名の大学生を対象に、氷水に手を3分間、我慢できるまでつけてもらう実験を行います(痛みに関する実験として、冷水を用いるのはよく使われる方法とのことです)。その際にグループ分けを行い、一方は一定のリズムで自分の思う汚い言葉を発するもの。もうひとつのグループは、テーブルの形に関する言葉(四角い等)を同じように発します。

実験後に痛みの度合いなどを調査するしたところ、汚い言葉を発したグループは、主観的な痛みも少なく、心拍数が高く、実際に長い時間冷水に手を浸しておくことが可能になったこともわかりました。

ただし、男性では「破滅的(悲観的)な傾向:atendency to catastrophise」の人は、痛みが取り除かれる傾向が少なかったとのことです(女性はこの点において差はないとのこと)。研究者は論文において「悪態をつくことで闘争・逃走反応が誘発された可能性があり、これには攻撃性が関与していると推測される」と述べていますが、特に男性においては、その人の性格等にも関係していると考えられます。とはいえ、汚い言葉が痛みを一定程度取り除くことは間違いないと言えるでしょう。ちなみに、汚い言葉と痛みに関する研究は何度も繰り返されており、同じ研究者が2020年4月にも同様の研究を行っています。

◾社会的苦痛にも効果を及ぼす汚い言葉

では、汚い言葉は人間の心の痛みにも効果があるのでしょうか。ニュージーランドのマッセー大学とオーストラリアはクイーンズランド大学の研究者が2017年に発表した論文では、効果があることがわかりました。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ejsp.2264

研究では、62人の参加者を対象に、恥や孤独に関する経験(社会的苦痛経験)を書き出してもらい、ストレスがある状態の中で、2分間汚い言葉を叫んでもらいました。すると、やはり苦痛が緩和したのデータが出たことで、悪態は身体的苦痛だけでなく、社会的・心理的苦痛の減退にも効果があるということです。

もちろん、汚い言葉を発するには場所を選びます。また、実験のように短時間の実践ではなく、常に長時間汚い言葉を使うことは、また別の結果を、つまり自身に悪影響をもたらす可能性も考えられています。こうした点には注意が必要でしょう。また、個々人の性格も考慮する必要があるかもしれません。

とはいえ、身体的、精神的にダメージがかかる際、緊急避難的に悪態をつくことが効果を発揮することは間違いないでしょう。自然と声に出ている人も多いと思いますが、声が私たち自身を守るために、私たち自身が自然と発していることを理解し、日々の生活にこの知識を役立てていただければ幸いです。

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