睡眠時に聞こえる音を脳はどのように判断するのかーー「K複合波」を考える

Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート
2022.4/01 TBSラジオ『Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、睡眠時に脳が周囲の音にどのように反応しているかについて紹介します。

◾睡眠時の音と脳

電車で居眠りをしているのに、降りる予定の駅名がアナウンスされると、自然に目が覚めることがあります。以前にも(2019年5月)お伝えしたように、これらは1953年に認知心理学者のコリン・チェリーが「カクテルパーティー効果」と名付けたもので、私たちは聞くべき音とそうでない音を、眠っている間に区別していると考えられます。

実際、2022年3月にオーストリアのザルツブルグ大学の研究者を中心とするチームが発表した論文によれば、人間は、眠っている間も周囲の状況をモニタリングしていることがわかります。

研究では、17人(女性が14人)のボランティアに実験室で一晩眠ってもらう間に、脳波計(EEG)を用いて脳の活動を記録します。睡眠中、被験者を起こさない程度の音量で被験者や他人の名前を読み上げるのですが、その声は家族やパートナーといった身近な人物と、知らない他人の声があります。

脳波を調べたところ、聞き慣れない声を聞いた場合は、慣れた声よりも「K複合波(K-complexes)」と呼ばれる脳波が強く反応しました。K複合波は寝ている時に軽く触れられるといった、外からの妨害に反応して発生するのですが、それは覚醒を促すのではなく、むしろ睡眠を保護するために発生するものと考えられます。したがって、知らない声は知っている声よりも緊張をもたらしますが、K複合波を発生させることで、覚醒ではなく睡眠を可能にするものと思われます。

研究ではもうひとつ、「マイクロ覚醒micro-arousals」という脳波が、やはり聞き慣れた声より聞き慣れない声に強く反応して発生しました。マイクロ覚醒は、覚醒状態と睡眠状態が混在した脳波で、短時間発生しますが、これによって覚醒、つまり目を覚ますことはありません。

マイクロ覚醒についてはまだあまりわかっていませんが、脳が外からの刺激に対して覚醒と睡眠、つまり起きるべき睡眠を続行するかを判断する際に、マイクロ覚醒が関わっている可能性が指摘されているのです。

◾音を頼りに周りの状況をモニタリングする

ただし研究者達は、この研究だけでは脳がK複合波やマイクロ覚醒を用いて外からの危険性を判断していると断言するのは困難としています。単に新しい声が脳の注意を引いているだけとも考えられるからです。

したがって、あくまで仮説ですが、人は聞き慣れない音が聞こえるとマイクロ覚醒によって覚醒か睡眠かを判断し、睡眠の続行が判断された際にはK複合波が発生することで、人は眠り続けられるのかもしれません。また旅先など、普段とは異なる慣れない環境で眠るのが難しいのは、これらの脳波が通常より多く放出されているからだと言えるかもしれません。

一方、大きな危険を知らせる音が聞こえる場合は、覚醒を強く促す脳波が放出されることが推測されます。いずれにせよ、脳は睡眠時であっても、音を頼りに様々な状況をモニタリングしているのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?