自分の声の合成音声化が契約書に盛り込まれるケースが増えているアメリカーー「声の権利」を考える

2023.3/31 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、アメリカの声優業界が、合成音声技術で困難な状況にある、という話題についてお伝えします。

◾自分の声の合成音声化が契約書に盛り込まれる

合成音声技術が向上する中で、声の権利問題が注目を浴びています。以前も紹介した通り、スタートアップのElevenLabsが公開した合成音声技術を用いて、有名人の声が悪用されるといった事例が問題となりました。

一方、声の権利は声のプロにも及んでいることを、IT系ニュースメディアのMother Board紙が詳しく扱っています(以下、同記事の内容を中心に説明します)。

記事を執筆したジャーナリストのジョセフ・コックス(Joseph Cox)氏が、全米声優協会(NAVA)の会長兼創設者であるティム・フリードランダー(Tim Friedlander)氏に取材したところ、声優の声を合成する権利をプロデューサーに与えるという条項を、契約書に盛り込むケースが増えているとのことです。

契約書は重要ですが、そのすべてを読むことは困難です。しかし、従来の契約書にはなかった合成音声化への権利にサインしてしまえば、声優への追加報酬や承認を得ることなく、録音した音声からAIが合成音声を作成してしまうことになります。

これは多くの問題を抱えていると言えます。まず、通常であれば追加報酬を得られた声優の報酬機会を損ねること、また先のティム氏は、合成音声に関する契約に同意しなければ仕事を与えないと言われる声優も存在すると述べており、事実であれば大きな社会問題とも言えるでしょう。

さらに、声優は声のプロであり、自分の預かり知らぬところで、(例えば合成音声と但し書きがあるとしても)自分の声で「演技」されてしまいます。

通常であれば、声優は納得できないセリフや演技について拒否したり、違和感を表明することができます。また、そうしたやりとりを経て、より良いコンテンツが製作されるとも言えるでしょう。しかし、AIはそのようなプロセスを回避してしまうのです(『フォートナイト』にも出演する声優・演出家サラ・エルマレ(Sarah Elmaleh)氏はこうした点に懸念を表明しています)。

◾よりよい制度構築のために

もちろん、自ら声の合成音声化に同意して契約を行う声優もいます。また、先に述べた合成音声システムを開発するElevenLabsは、合成音声システムによって、声優は声のライセンスを取得し、より多くの収入を得ることができると述べています。

声ではありませんが、ディープフェイク技術を商業に利用するDeepcakeという企業は、2022年3月に俳優を引退したブルース・ウィリスの姿を、デジタル上で別の俳優に投影させ広告を制作しました。(当初は肖像権が売却されたと報道されましたが、Deepcakeによれば、将来における出演権を所有したわけではないと述べています)。

適正な契約を経て、声や顔の権利を様々な商業に活かすというビジネスモデルは、確かに今後も注目されるものです。とはいえ、ブルース・ウィリスの場合は、病気で俳優を引退している点や、人気の高い「ハリウッドスター」である等、やや例外的な事例でしょう。

実際、近年の「一般的な」ミュージシャンが新たな技術で豊かになったかが疑わしいのと同様、こうした動きに懸念を表明する声優も多いと、記事は伝えています。さらに、アメリカの声優は兼業の人が多く、声優の仕事がAIに奪われることで、声優業界全体に、多大な影響を与える可能性も指摘されています。

いずれにせよ、合成音声技術は多くの可能性を秘めた技術ですが、今日紹介したような問題も孕んでいます。人間かAIかの二者択一ではなく、権利問題や報酬制度について議論し、制度を整えていくことで、共存可能性を模索する必要があるでしょう。そしてそれは喫緊の課題なのです。

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