「直感的に物事の「程度」を共有するー音象徴を考える」

放送の様子はこちら(下記サイトでは音声配信も行っています)。
「ゴジラは強そう、コシラはへなちょこ〜音象徴の研究がもたらす未来」(Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート)
2019.4/5 TBSラジオ『Session-22』OA


◾音の持つイメージ

 Screenless Media Labでは、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことをひとつの目標にしています。音声は他のツールと異なり、何が伝達し得るか、その特徴について考えていきたいと思います。

 私たちは日々、多くの言葉を使いながら表現を行っています。ですが、そのためには多くの言葉が必要であったり、また言葉を尽くしても伝わらない事柄もあります。このように伝えることが難しい表現を、直感的に理解するためのツールとして、音声が利用されていることが多々あります。音声のこのような使われ方を私たちが意識することはあまりないのですが、実際は日々の生活の中に浸透しています。

 それを示す一例として、言語学者、音声学者の川原繁人氏が調査した、人気RPGゲーム「ドラゴンクエスト」の呪文の名前研究を紹介したいと思います。(https://www.jstage.jst.go.jp/article/onseikenkyu/21/2/21_38/_article/-char/ja/)。

 「ドラゴンクエスト」では、例えば炎を使う系統の呪文は「メラ、メラミ、メラゾーマ」などと段階ごとに強力になっていきます。研究ではこうした1系統に2つ以上の呪文があるものの名前を分析しています。

 その結果、呪文の強さには濁音の数とモーラ数(一定の長さを持った音の分節単位)が関係していることがわかりました。濁音は低周波を持つ音で、力強さを感じるものとして知られていますが、回復呪文では「ホイミ」より「ベホイミ」の方が強力であると私たちが受け取る理由も、ここにあります。私たちは音のイメージから、言葉の背後にある力強さといった音の程度を直感的に理解している、ということです。

 このように、音そのものがイメージを与える事象は「音象徴(サウンドシンボリズム)」と呼ばれています。そしてこの音が与えるイメージは、力強さだけでなく、私たちの好き/嫌いといった感情や感覚にも結びついているのです。

 日本では濁音は力強く感じられるものとして受け取られてます。怪獣の「ゴジラ」が「コシラ」だったら、なんとなく強そうには感じないのではないでしょうか。また「ガンダム」が「カンタム」であっても、やはり強そうには感じられないでしょう(川原氏は他にもポケモンの名前の研究も行っています。概要を示した記事は以下を参照https://wired.jp/2017/03/02/pokemon-sound/

◾音が痛みを定量化する

 音象徴の研究は、別の事柄にも役立てることが可能です。それは、言葉では伝えきれないだけでなく、共有できているようでできていない「痛み」を、音声で直接的に伝達できるということです。

 鍵となるのは「オノマトペ」です。オノマトペとは、擬声語や擬態語など、自然の音や物の状態を音で表現する言葉で、「キリキリする」、や「チクチクする」などと表現されます。オノマトペを用いたコミュニケーション研究の取り組みを紹介する「オノマトペラボ」内の「オノマトグラム」(http://onomatopelabo.jp/medical/gram/index.html)では、外からではわからない患者の主観的な痛みを、オノマトペによって理解しようとする試みを行っています。

 痛みのオノマトペで言えば、「キリキリする」は刺すような痛みであり、「チクチク」は表面に違和感がある感じがイメージできるのではないでしょうか。オノマトグラムでは、こうした痛みのオノマトペを分析することで、痛みの部位や痛みの種類の分類を行っています。このような医療に関するオノマトペ研究は「メディカルオノマトペ」と呼ばれています。

 私たちは普段から痛みをオノマトペによって表現していますが、そのことに意識的であることはほとんどありません。しかし、無意識に利用している音の程度表現を、意識化し、定量化することは、私たちの相互理解をより深めることにもつながるはずです。

 痛みのオノマトペは、患者の主観的な痛みを感覚として理解し、直感的に伝達するばかりでなく、痛みの表現や伝達を、客観的かつ定量的に評価することを可能とします。こうした研究が進むことで、患者と医師間の理解が一層促進されるでしょう。

 さらにこうした試みは、人間の感覚を理解できないと言われる昨今の人工知能が、人間を理解するためにも用いることができるでしょう。オノマトペによって定量化されたデータを人工知能が学ぶことで、人間の痛みをより正確に理解することが可能だからです。医療の現場では様々な用途で人工知能が用いられていますが、視覚的な理解だけでなく、音が私たちの痛みを的確に理解するという未来にもつながるはずです。


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