号泣するとストレスが緩和されるのはなぜか――「涙とストレス・呼吸」に関する研究紹介
2024.4/05 TBSラジオ『Session』OA
Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、涙を流して号泣することが私たちにもたらす効果に関する論文を紹介します。
◾号泣するとすっきりするのは本当か?
人間、生きていれば涙を流して泣くことがあります。涙は悲しみの感情によって引き起こされることが多いですが、怒り喜びによって泣くこともあれば、赤ちゃんにとっては泣くことが死活問題になっています。
ただ、大人になると泣くことは恥ずかしいこととされ、涙を見せないこともしばしばあります。一方、涙を流すと気持ちがすっきりとすることから、「涙活」と呼ばれる言葉が注目されたこともありました。
実際に、泣くことでストレスは緩和されるのでしょうか。日本薬理学学会の学会誌に2007年に掲載された、脳神経学が専門の有田秀穂氏による論文「涙とストレス緩和」によれば、涙を流すこと(流涙)は副交感神経に作用し、内側の前頭前野(共感に関係する)に特徴的な血液の変化が認められ、その後にストレスが緩和されるといいます。そこでこの研究では、感情が動き、内側前頭前野に影響する涙、特に「号泣」したときの内側前頭前野の働きを調べました。
研究は感動を呼び起こすビデオを被験者におよそ30分見せるのですが、その結果を詳細を省いてお伝えすれば、やはり号泣時には内側前頭前野が反応し、その後の心理テストでは被験者が「すっきりした」という感覚を持つことがわかりました。また、同様に恐怖に関するビデオを被験者にみせたところ、むしろ内側前頭前野の血流が減少し、ビデオ鑑賞後の心理テストでは混乱や緊張といった疲労感が増加していました。
(なお、恐ろしい体験をすると「血の気が引く」といいますが、実際に前頭前野からは血液が減っていたとのことです。本稿の趣旨とは異なりますが、この点はなかなか興味深いものです。)
同じく笑いに関するビデオでは、号泣に比べると前頭前野の活動はそれほど活発ではなく、突発的な動きをするもので、心理テストでも、すっきりというよりは元気になったという回答が多かったとのこと。ストレス緩和という意味では同じですが、感動ビデオとお笑いビデオでは質が異なることがわかります。いずれにせよ、声を上げて号泣することは、私たちのストレスを緩和するということがわかります。
また、同様のストレスと涙の関係に関する研究は、2015年にも行われています。
◾泣くことは、呼吸の安定につながる
泣くことについてもうひとつ、オランダのティルブルフ大学の研究者たちが2019年に発表した、涙と痛み、呼吸に関する論文を紹介します。
この研究では、197名の大学生の女性を対象に、悲しい動画を17 分みせて、泣いたグループと泣かなかったグループ、また感情的な場面のない動画をみせたグループの3つに分けて、その後に5度の冷水に最大3分間、我慢できるまで利き手でない方の手をつけるという実験を行いました。実験中は参加者の心拍数や呼吸をモニターし、終了後には唾液を採取してストレスレベル(コルチゾール反応)をチェックしました。
その結果、泣いた人とそうでなかった人の間に、大きな差はありませんでした。つまり、泣くと痛みに対して我慢ができるといった身体的特徴は発見できなかったのですが、泣いた人のグループは、呼吸数が他のグループに比べて安定していることがわかりました。
これはどういうことでしょう。研究者は、泣くことでストレスが緩和されたり落ち着くのは、ストレス耐性に強くなるのではなく、呼吸と心拍数がゆっくりと安定し、それが私たちの身体の安定につながるのではないか、と考えています。いずれにせよ、泣くことは体を強くするのではなく、心を安定させると言えるでしょう。
新生活の時期、いろいろと不安定になりやすい時期ですが、自宅等で声をあげて泣くことは、必ずしもネガティブなことではありません。こうした研究を参考にしていただければ幸いです。