脳波から聞いている音楽を特定するーー「人間と音楽」に関する研究紹介

2023.5/19 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、人間が音楽をどのように捉えているかについて、2つの研究をご紹介します。

◾脳波から聞いている音楽を特定する

脳波を用いた研究は、その精度を向上させています。2023年1月、英エセックス大学に所属するイアン・ダリー氏(Ian Daly)が、Natureのオンライン学術発行誌「Scientific Reports」に論文を発表しました。それによれば、脳波から聞いている音楽を読み解くことができるといいます。

脳波の読み取り方には様々な方法がありますが、今回は脳に電極を差し込むBMI(Brain-machine Interface)といった侵襲的な方法ではなく、脳を直接刺激しないBCI(Brain-Computer Interface )という、非侵襲的な方法を採用しています(脳の血流等を測定するfMRIと電気信号を測定するEEGという方法の組み合わせ)。

研究では、脳波から音楽に関連するデータを抽出し、その脳波から音楽を再現する深層学習ネットワークを利用し、楽曲を特定するというものです。実験では、数十人の被験者の、感情駆動型の作曲システムによって生成された、40秒のピアノ曲を36種類作成しました。それを聞いた数十人の被験者の脳波を分析したところ、71.8%の精度で曲の識別ができたとのことです。

論文によれば、音楽は言語と多くの類似点を持つ複雑な音響信号であり、人間の声と共通点が多いということです。昨今は脳波から文章を読み取る「脳波タイピング」の技術開発も進んでいますが、音楽も基本的には同様の技術をベースにすると考えられるでしょう。今回は比較的簡単なピアノ曲ですが、いずれはより複雑な楽曲も特定できるかもしれません。

◾曲の一部分を聞いても、全体の好みがわかる

曲の一部分を聞いただけで、その曲が好みかどうかを判断したという経験はないでしょうか。Spotify等の音声配信プラットフォームが普及する中で、とりわけ楽曲の最初の数秒は重要な意味を持っています。

ニューヨーク大学の研究チームが2023年2月に発表した論文(「The Whole is Not Different From its Parts:Music Excerpts are Representative of Songs」全体は部分と異ならない:音楽の抜粋は楽曲を代表するものだ)では、楽曲の数秒の抜粋を聞くだけで、その曲が自分の好みかどうかを判断できるかどうかを実験しました。

研究では、まず1940年~2015年のヒットチャートに掲載された曲をランダムに152曲、まったく無名の曲を52曲、様々なジャンルの代表的な曲を56曲と、計260曲を選出します。その上で、この260曲からイントロやアウトロ、サビ前の部分などを5秒~15秒抽出し、その数は合計で3120となります。

ニューヨーク大学の学生、および近隣住民から集められた643名の参加者は、その中から、途中に休憩等を挟みながら192の音楽(12曲は曲全体、180は抜粋)を聞いてもらいます。参加者には、曲を聞いたことがあるかどうかや、曲を聞いての好み(7段階で評価)等についてアンケートを行い、分析しました。

その結果、参加者は曲全体であれ抜粋であれ、好みについては同じだったということがわかります。このことから、抜粋を聞いただけでもその曲を好むかどうかがわかるという結果が得られました。さらに、抜粋は長さによっても変化がなかったことから、研究者は、5秒きいただけで曲全体を好むかどうかがわかると述べています。

なお、聞いたことがある曲については結果に影響を与えられると考えられますが、知っている曲だと参加者が答えたのは全体の5分の1でした。また、まったく知らない曲の場合は、抜粋と曲全体で好みが変わりやすいというデータも出ていますが、それでも予測精度は高いと研究者は述べています。

こうした研究を発展させれば、人により好まれる楽曲の分析等が進むと思われます。とりわけ、音楽配信プラットフォーマーにとっては重要な要素でしょう。

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