あえて車のエンジン音を出す理由とはーー「音響デザイン」を考える

放送の様子はこちら(下記サイトでは音声配信も行っています)。
「あえて車のエンジン音を出す理由とは〜『音響デザイン』を考える」 (Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート)
2019.7/19 TBSラジオ『Session-22』OA

 Screenless Media Labは、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は音と生活の間をデザインする「音響デザイン」ついて紹介したいと思います。

◾音響デザインと電気自動車

 映画や舞台において効果的な音を配置することは「空間全体」をデザインすることであり、エンターテインメントには重要な要素です。とはいえ、音響デザインは舞台や映画に限定されません。日常空間を生きる上でも、音響デザインは大きな意味をもっています。そこで、昨今の電気自動車を例に挙げましょう。

 電気自動車はその構造上、エンジン音をほとんど発生させることなく走行することができます。しかし、実際に電気自動車がほとんど音を発生させずに走行すると、歩行者(特に視覚障害のある方)との接触事故の可能性が高くなってしまいます。また多くの人々にとって、自動車は「大きな音を立てて動く」という考えがあることも影響して、静かであればあるほど、自動車に注意が向かなくなってしまいます。

 そうした事情もあり、昨今は電気自動車に人工的な音を発生させる装置を搭載させることが、世界的な潮流となっています。日本では、新型車は2018年3月8日から、継続生産車の場合は2020年10月8日から、「ハイブリッド自動車等の車両接近通報装置」が義務付けられることになりました。また事故等を懸念して、すでに疑似エンジン音を発生させる装置なども市販されています。


 最近では、EUにおいて2019年7月1日以降に発売される新車の電気自動車に、フェイクノイズを発生させる装置の搭載が義務付けられました。時速12マイル(19km/h)以下の走行や、バックの際に音が流れる仕組みです。


◾音響デザインの可能性

 こうした取り組みは歓迎されることです。そして、電気自動車の人工音が一般的になれば、今度は人工的なエンジン音の「質」にも注目が集まります。つまり、車に搭載されるエンジンに関係なく、高級車から発せられるエンジン音を流したい、と希望するユーザーが現れるなど、様々なニーズが想定されるからです。


 そんな中、映画音楽界の巨匠が、電気自動車内の音を制作するという発表がありました。作曲家のハンス・ジマーは、映画『レインマン』や『ラスト・サムライ』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの作曲などで知られる現代映画音楽の巨匠です。

 彼はドイツのBMWと協力し、電気自動車から聞こえる「音」の制作を行うと発表し、すでにいくつかの音を制作しています(以下のリンク先からサンプルが試聴可能です)。


 BMWはエンジン音だけでなく将来の音の可能性を見越しており、アクセルペダルを踏んだときに感じる加速音の快感に代わるような、運転の喜びを追求する「エモーショナルなサウンド」を目指すとしています。これはまさに音響デザインの一環なのです。


 自動車の運転中に音楽をかけることは一般的ですが、今後はユーザーの気分に合わせて、エンジン音を変化させることが可能になるかもしれません。それはユーザーの体験の質を向上させるだけでなく、事故防止にも役立つでしょう。音響デザインについては、他にも様々なものがありますので、他の機会でもご紹介したいと思います。

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