声が選挙に与える影響とは何か――「選挙と声」を考える
2024.10/25 TBSラジオ『Session』OA
Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、選挙と声に関する研究を紹介します
◾人の信頼を得る声とは
声は人の特徴のひとつであるとともに、その人が持つ魅力でもあります。以前も紹介したように、2008年のイギリスの研究では、英語では発話が1分あたり164単語以下で、文と文の間に0.48秒の間を取ること、さらに文末のイントネーションは落とす声が、理想ということです。(映画『ハリー・ポッター』のスネイプ役で知られる、俳優の故アラン・リックマンの声が理想となります)。日本語を対象にした研究ではありませんが、この研究を踏まえれば、いわゆる「低くゆっくりした声」は、魅力的な声と言えるでしょう。
◾️選挙における「声」
では、声は選挙においてどのように機能するのでしょうか。こちらも以前紹介したように、党首討論の声の高さが与える印象について研究した2017年の論文(「声の高低が政党党首の印象形成に与える影響」)があります。その内容を要約するならば、党首討論で話す政治家の音声を周波数を操作して聞かせたところ、低周波、つまり低い声にした方が、好感度や信頼性が高いと感じられることがわかったのです。
では、一般的に男性よりも声の高い女性の声はどうでしょう。研究では、男性も女性も、低い声の方が投票したいと思った確率が高くなり、女性では低い声が「能力」、「強さ」、「信頼」といった要素が上昇し、男性では「能力」「強さ」といった要素が高くなりました。つまり、男性であれ女性であれ、声は低い方が選挙において有利に働くといえるでしょう。
選挙と声に関する研究は他にも、海外で盛んに行われています。例えば米マイアミ大学の研究者による2015年の論文(Candidate Voice Pitch Influences Election Outcomes)によれば、すでに先行研究でも、1960年から2000年までに行われた19回の大統領討論会の録音を調査し、低い声の男性候補者が選挙前の世論調査でより良い結果を残し、より高い割合の投票を獲得しているといいます。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/pops.12280
またこのマイアミ大学の研究でも、大規模なサンプル調査の結果、候補者の声は男女ともに低い方が強く有能であると感じる、ということがわかりました(とりわけ高齢で学歴が高く、政治に関心が高い人に
その傾向が強くなります)。一方、同論文で2012年の米下院選挙における、声の高さと選挙結果を分析した際には、他にも様々なことがわかりました。
例えば、男性候補対男性候補の場合はより低い声の候補者の方が、評価が高くなりました(強さ、有能さ、支配的であると考えられます)。他方、男性候補対女性候補の場合は、女性候補の高い声は選挙結果に大きな影響を与えず、逆に声の低い男性候補は不利となりました。これは男性の低音が攻撃的なものと受け取られた可能性を論文は指摘するとともに、この場合は女性の声の高さが問題にならないというのです。
研究者はこうした点について、女性候補はサンプルが少ないので、より詳細な研究が引き続き必要であることに加えて、当然ながら声以外の様々な状況が与える影響の重要性を指摘します。
◾️声とジェンダー
政策内容や演説の上手さ等を別にすれば、やはり声と文化、ジェンダー等の関係を考える必要があるように思われます。まず、生来のものである声の高い/低いが無意識に人々の投票行動に影響を与える点について、私たちはもっと注意を向けるべきでしょう。また基本的に低い声の方が選挙で有利である点については、「高い声」に対するステレオタイプも指摘できるのではないでしょうか。何度もお伝えしてきたように、スマートスピーカーの初期設定音声が女性の声になっていることは、度々ジェンダー平等の観点から問題が指摘されていることと、同様の課題があるように思われます。
一方、男性候補と女性候補の戦いの場合は、異なる影響を読み取ることができます。この点はさらなる研究が必要でしょう。
◾️選挙における「声の加工」の可能性
こうした研究を踏まえた上で、今後の課題となるのが「声の加工」です。写真に加工が施されるのは一般的になっていますが、演説時には声の高さを、有権者が気づかないレベルで調整するという「声の加工」は、少なくともインターネットの動画等では可能になります(演説現場でも、装置を利用する方法も考えられます)。したがって、今後は顔や体だけでなく声も加工の対象となり、それが選挙にも影響する可能性があるということです。
いずれにせよ、声は選挙にも大きな影響を確実に与えると言えるでしょう。