視覚や聴覚に伴う不思議な錯覚ーー「ベクション」を考える(その3)

放送の様子はこちら(下記サイトでは音声配信も行っています)。
「不思議な錯覚〜『ベクション』を考える」(Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート) 2019.12/06 TBSラジオ『Session-22』OA

Screenless Media Labは、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回も、視覚や聴覚に伴う不思議な錯覚「ベクション」についてご紹介します。

今回も前回に引き続き、九州大学芸術工学研究院准教授の妹尾武治(せのお たけはる)さんに話を伺いました。妹尾さんは視覚や聴覚に伴う不思議な錯覚である「ベクション」を専門に研究されている心理学者です。以下、妹尾さんから伺った話を説明したいと思います。

◾ベクションとリハビリ

対面の電車が動き出すと自分が動いているように感じるような、自己移動の錯覚現象である「ベクション」について、前回は妹尾さん自身の研究や、皮膚感覚で生じるベクション等について紹介していただきました。

今回は、ベクションの今後とその社会的意義について伺いました。妹尾さんは九州大学の同僚である松隈浩之氏との共同研究で、ベクションをリハビリに用いる活動をされています。その場で足踏みをしたりトレッドミル(ジョギングマシン)の上を歩くといったリハビリは、退屈を感じやすいという難点があります。そこで、歩行に合わせてVR空間を歩くといったベクション刺激を提供することで、リハリビが楽しくなる可能性があります。

実際、健康な高齢者を被験者にベクションを活用したリハビリコンテンツを実体験してもらうと、楽しいと感じたというデータが出ているとのことです。さらに、コンテンツ体験を何度も繰り返すと、感じられたベクション強度が強かった時ほど、リハビリコンテンツとしての楽しみがアップしていたこともわかりました。

◾筋トレにもベクションが利用できる

ベクションの利用はリハビリ以外にも、例えば筋トレ(筋肉トレーニング)のような、日常生活で利用できるかを妹尾さんに伺ったところ、可能だとのことです。例えば筋トレなどを行う際、VRゴーグルを利用して空を飛んだような空間をつくり、ベクション刺激を与えます。利用者は動いていると錯覚しながら、空中でバランスをとるために力を入れることで、楽しく筋トレをすることができます。こうしたベクションを利用したフィットネスゲームなどは、一部で商品化されているとのことです。

このように、使い方次第でベクションは社会に役に立ち得るでしょう。妹尾さんの研究関心は他にもあります。VRが浸透すると「VR酔い」と呼ばれる、映像によって気持ちが悪くなるという現象が生じます。そこで、ベクションの強さとVR酔いとの関係を検討しています。VR酔いの軽減や予防に対して、ベクションの感じ方を調整することが、かなり大きな戦略になるとのことです。

◾ベクションの可能性とこれから

妹尾さんによれば、音に関するベクション研究は総説論文が2009年、上昇と下降ピッチによる音ベクションが2017年に始めて報告されたりと、まだまだとても新しい分野とのことです。そのため、音と視覚、音と皮膚感覚といった、他の感覚と組み合わせたベクション研究や、あるいは完全に無音空間でのベクションなど、まだまだ新しい可能性に満ちた領域と言えるでしょう。

ベクションについてもっと知りたい人は、妹尾さんの著書『ベクションとはなんだ!?』(共立出版)や、『脳はなぜあなたをだますのか』(ちくま新書)も、ベクションを中心に知覚心理学というものの考えかたが解説されています。

また広く心理学の著書としては、電通九州と、福岡女学院大学の分部利紘氏との共著『売れる広告 7つの法則』(光文社新書)が2019年11月に出版されています。

聴覚研究はまだまだこれからも発展が期待されます。


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