ある音を聞くと赤ちゃんの痛みを緩和できるーー「音と痛み」の最新研究紹介
2023.11/03 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA
Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、ある音楽を聞くと赤ちゃんの痛みを緩和することができる、という研究を紹介します。
◾モーツァルト効果は存在しない?
音には不思議な効果があると言われていますが、研究によって従来の説が覆されることもあります。例えば、モーツァルトの音楽を聞くと頭が良くなる、といった話を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
このいわゆる「モーツァルト効果」については、1993年にアメリカの心理学者がNature誌で発表したことで一般に知られるようになりましたが、その後様々な検証が行われ、現在では概ねその効果については否定されています。例えば、2007年に同じくNature誌に掲載された記事によれば、モーツァルトの音楽によって知能に影響を及ぼすのは、ごく一時的なものにすぎないとされました。また、2010年にモーツァルトの故郷であるウィーン大学の研究でも、モーツァルトの音楽で認知機能が強化されることはない、と結論づけています。
◾音楽が人に与える効果
一方、音楽を聞くことが人間に何かしらの影響を与えるということ自体については、様々な研究がそれを証明しています。
以前紹介したように、勉強のような文章を読んだり記憶するといった知的作業を行う際は、実は無音の方が効果的であるという研究結果が出ています。他方、足し算をし続けたり文章を複写するといった単純作業をする場合には、無音よりもBGM(クラシック音楽)が有効に機能します。
またスポーツや感情を扱う作業にも、BGMはプラスに作用します。BGMは気分を誘導する効果があり、喫茶店やスーパーマーケットといった商業施設では利用されています。こうした効果は「サウンド・プライミング」と呼ばれており、マーケティングには欠かせない条件であるとも言えるでしょう。
◾音楽が赤ちゃんの痛みを緩和する
そんな中、新たに、ある音楽が赤ちゃんの痛みの緩和につながった、という研究があります。この研究はアメリカの大学病院の小児科医師らは2023年8月、Nature誌に発表しています(「臨月新生児における軽微な処置の疼痛緩和のための音楽Music for pain relief of minor procedures in term neonates」)。
ちなみに、この研究はその後9月に入ってから訂正がされています。とはいえ、その内容は研究自体の訂正ではありません。というのも、この研究は当初、モーツァルトの音楽が赤ちゃんの痛みを緩和するという内容で、実際に被験者の赤ちゃんに「モーツァルトの子守唄」という有名な曲を聞かせました。
この曲はタイトルにもある通り、長い間モーツァルト作曲のものと考えられていました。ですが、近年の研究によって、モーツァルトではなく、ドイツの作曲家フリードリッヒ・フライシュマンという、モーツァルトと同時代の作曲家によるものということが判明しています(音色がモーツァルトの音楽に似ているとのことです)。
研究では2019年4月から2020年2月にかけて、ニューヨーク市ブロンクスの病院で100人の新生児(生後約2日)を対象とし、踵の採血(neonate undergoing heel prick)を行う際に実験が行われました。踵の採血は、新生児のかかとから少量の血を採血し先天性の疾患等を調べるためのもので、世界各国で行われているとのことです。
研究ではこの踵採血の際に、検査前、検査中、そして検査後もモーツァルトの子守唄を数分間聞かせたグループと、そうでないグループに分けました。その間に公平を期すべくノイズキャンセリングイヤホンを装着した治療責任医師が、採血前、最中、採血後の赤ちゃんの痛みについて、表情、泣きの程度、呼吸パターン、手足の動き、覚醒度を指標に、乳児の痛みをスコア化しました。
その結果は、モーツァルトの子守唄を聞いていた赤ちゃんは、痛みのスコアが統計的かつ臨床的に有意に減少した、ということがわかりました。研究者は今後の課題として、親の録音した声でも同様の結果が得られるか等を研究したいとのことです。あるいは、音楽の種類によって痛みの度合いが変化するかどうかも知りたいところではありますが、いずれにせよ、特定の音楽が痛みを緩和させる効果があるということが、今回の研究から得られたことになります。
音は人間の感覚に大きな影響を与えます。今後もこうした研究が続けられていくことは、私たちにとってとても重要なことなのです。
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