海の生態系の回復に役立つ音ーー「牡蠣が引き寄せられる音」とは何か

2022.12/02 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、海の生態系の回復に役立つ牡蠣の存在と、それにまつわる音について紹介します。

◾牡蠣礁復元に寄与する「音」

牡蠣礁(oyster-reef)という言葉をご存知でしょうか?海岸部の泥や砂のある場所(干潟)等に、牡蠣の貝殻が集まって形成される礁(水中や海面上に突き出ている岩)は、牡蠣礁と呼ばれます。

牡蠣礁は海水を濾過し、多くの海洋生物が集まる場所にもなるため、豊かな生態系にとっては重要です。しかし近代化とともに、これまで主に食料や石灰の生産のため、世界中の牡蠣礁の多くが破壊されてきました。現在では、環境保護の観点から牡蠣礁の復元・回復が求められており、世界中で牡蠣礁復元プロジェクトが行われています。

しかし、牡蠣礁復元の課題のひとつに、人工的に設置した石灰岩に、牡蠣の幼生(赤ちゃん)を定着させる必要があります。多くの幼生はうまく定着せず、海を漂い続けてしまうのです。

そこで、オーストラリアのアデレード大学の研究者は、この課題を「音」を利用することでクリアしたことを、2022年に発表された論文で示しています。

https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1365-2664.14307

https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/1365-2664.14188

まず、先行研究から、海洋生物は岩礁の生態系から生じる音に向かって移動していることがわかっています。しかし、昨今は岩礁が少なくなっただけでなく、船のエンジン音等によって、そもそも音がかき消されてしまいます。

そこで研究ではまず、南オーストラリア州の健全な牡蠣礁の音を収録します。次に、同州の牡蠣礁復元プロジェクトが行われている地点で、水中スピーカーを用いて、音量を増幅した収録音声を流しました。対象となる牡蠣はオーストラリア固有種の牡蠣(Ostrea angasi or angasi oyster)ですが、その結果、音を流していない場所より平均1.9倍、最大で18倍も幼生の増加が認められました。適切な音を流すことは、確実に牡蠣礁の形成に有意義な結果を残すことがわかります。

◾牡蠣の聞く音とは

では、牡蠣はどのように音を聞いているのでしょうか。牡蠣には耳(鼓膜等)はありませんが、振動を感知することができます。牡蠣の幼生は髪の毛ほどの大きさしかないのですが、音(振動)を追って岩礁に向かっていくのです。

また、牡蠣の幼生が惹かれる音のひとつに、テッポウエビ(Snapping shrimp)がハサミをかち合わせることで発射する音が注目されています。テッポウエビのこの音は最大210デシベルとロックコンサート並に大きなもので、その衝撃波で獲物を気絶させるのです。牡蠣の幼生はこうした音を感知し、音に向かって泳いでいくのです。

https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/1365-2664.14188

もちろん課題もあります。こうした音をかき消す船の音への対処、あるいは牡蠣の幼生を一箇所に集めることで、現存する牡蠣礁へのダメージがないか等も調査する必要があるでしょう。とはいえ、いずれにせよこうした研究から、海の生態系の回復にとっても音が大きな役割を果たすことがわかるのです。

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