「マジヤバイっす」は新しい丁寧語ーー「ス体」を考える

放送の様子はこちら(下記サイトでは音声配信も行っています)。
「『マジヤバイっす』は新しい丁寧語~『ス体』を考える」(Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート)
2020.7/31 TBSラジオ『Session-22』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、若者を中心に使われることの多くなった「〜っす」という言葉づかいを、音や社会言語学の視点から考えてみたいと思います。

◾新敬語「マジヤバイっす」

私たちの生きる社会は、流行語等の新しい言葉が常に生まれ続ける空間です。新しい言葉の流行には賛否がありますが、言葉の意味の変化を捉えることは、多くの示唆を私たちにもたらします。

言語学者の中村桃子氏が2020年3月に出版した『新敬語「マジヤバイっす」ーー社会言語学の視点から』は、若者を中心に利用される「〜っす」について丹念に調べた意欲作です。以下、中村氏の研究をご紹介します。

まず、丁寧な文末表現(助動詞)の「〜です」の短縮形として使われることが多い「〜っす」は、新敬語と呼ばれています。「す」が強調されると、音の響きも変化し、受け取り手にとっての感覚も変化します。「です」は丁寧だけれども堅苦しい言葉だとすれば、「っす」は軽さや勢いが(
そして後述するように丁寧さも)示されています。こうした印象は、音の響きからも感じられるのではないでしょうか。

中村氏は「そうっすね」といった言葉づかいを、特定の集団で利用される「○○ことば」のひとつとして「ス体」と名付けます。この「ス体」の使われ方を調べるために、2016年に体育会系の大学生3人(先輩1人と後輩2人)の30分の会話を録画して検討する、「談話分析」と呼ばれる研究を行いました。

◾「ス体」は「丁寧な親しさ」

詳細はぜひ著作を読んでもらいたいのですが、先輩は「です・ます」も「ス体」も使うことはありません。一方の後輩は、先輩に対して「ス体」を用いるのですが、それは主張を和らげたり、親しさを表しつつも、敬語としても機能していることがわかります。

一方、後輩が「です」を使用したのは、先輩が知らないことを後輩が伝えるときだけでした。先輩が知らないことを伝えるとき、それは後輩が先輩より知識があり、ある意味で「先輩の体面を脅かす」行為です。この場合は、それまで「ス体」だった後輩が、「です」という、より丁寧な言葉を選んでいます。つまり、後輩は「ス体」と「です」を使い分けていることがわかります。

このことからわかるのは、「ス体」よりも「です」の方が、より敬意を表しているということであること。そして「ス体」も親しみを込めた丁寧語であるということです。これらの分析を通して中村氏は、「ス体」を「丁寧な親しさ」と定義しています。丁寧さと親しみを両立する言葉が模索されて編み出されたと推測される「ス体」ですが、確かに、音の響きからも両者の意味を理解することができるように思われます。

本書は他にも、女性が使う「ス体」や、また自分が使う言葉とは異なる方言を使う「方言コスプレ」など、言葉が利用される背景の社会的文脈を、様々な観点から分析している、非常に興味深い一冊です。

いずれにせよ「ス体」の社会的受容は、音の響きや社会状況など、様々な要素が複雑に絡み合って生まれるものです。音や言葉を通した社会分析は、常に変化する社会の中で、これまた常に必要とされる営みなのです。

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