音と光の刺激によるアルツハイマー型認知症治療――「音による治療」の研究紹介

2024.3/22 TBSラジオ『Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、音と光によるアルツハイマーの治療法の研究について紹介します。

なお、紹介する研究は初期段階のものであり、現段階においてアルツハイマーの治療が可能になったことを意味してはいません(またこうした研究を否定する研究も存在します)。その点、ご了承ください。

◾認知症と「アルツハイマー型認知症」

認知症は、「脳の神経細胞の働きが徐々に低下し、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障をきたした状態」であり、多くの人を苦しめている病です。患者は2012年度の段階で、65歳以上の高齢者の7人に1人程度とされ、年齢とともに発症可能性が上がるため、今後も患者が増えることが予想されています。

認知症にはいくつか種類があり、その中でも全体の6割~7割と最も多くの患者を占めるのが「アルツハイマー型認知症」です(その他、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症等、いくつかの種類があります)。

様々な研究から、このアルツハイマー型認知症の原因と考えられる物質のひとつに「アミロイドβ」と呼ばれるタンパク質が挙げられます。20年以上の長い時間をかけて増えたアミロイドβが脳の細胞機能を妨げて認知障害が生じると考えられています。

◾マウスに40Hzの音と光の刺激を与える

そんな中、このアルツハイマー型認知症の治療に挑む研究が、数多く発表されています。

まずは、マサチューセッツ工科大学の研究チームが2024年2月28日に科学誌「nature」に発表した論文です。この研究では、脳に40Hzの光と音の刺激を与えることで、アミロイドβの減少に成功した、というものです。ちなみに、40Hzの音は人間の可聴域ギリギリの音です(人間の可聴域は20Hz~20kHz)。

https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2024/03/60957/

2016年の研究で、すでに40Hzの周波数の刺激でアミロイドβの蓄積を低下させることが示唆されていましたが、その原因はわかっていませんでした。そこで研究では、遺伝子改変を行いアミロイドβが蓄積しやすくしたマウスを用いて、40Hzの音と光(1秒間に40回の周期で点滅する光)を一日一時間浴びせました。

その結果、実際にアミロイドβは減少しました。その仕組みは非常に複雑ですが、概要を伝えると、Glymphatic system(グリンファティックシステム)という、脳の老廃物を除去する脳脊髄液の循環系が40Hzの刺激で活性化し、アミロイドβの除去につながるというものでした(より簡略化すれば、脳内にガンマ波が発生することでアミロイドβが減少する)。また、たとえば80Hzの刺激や、刺激を行わなかった場合では、同様の効果が現れなかったとのことです。

◾人間に適用する医療用ヘッドセットの開発

アルツハイマー型認知症の治療に取り組む組織は他にもあります。MITの脳研究グループから生まれた米マサチューセッツ州に本社を置く、医療スタートアップの「Cognito Therapeutics」は、アルツハイマー型認知症治療のためのヘッドセットを開発しています。

同社はまた、2024年3月に科学誌に臨床試験の結果を報告しています。テクノロジー情報サイト「Wired」の記事によれば、軽度から中度のアルツハイマー型認知症患者74人に、半年に渡って一日1時間、ヘッドセットから40Hzの音を光の刺激を与えたところ、通常(プラセボとして機能する偽のデバイスを使用する群)と比較して、基本的な日常生活における機能について、機能低下の進行が77%抑制されたとのことです。また、アルツハイマー型認知症患者に生じる脳の萎縮も、69%抑制されていました。

ただし、この研究はまだ初期段階であり、脳内のアミロイドβの減少は認められなかったこともあり、有効性の点では未だ不十分です。同社は今後もより大規模な研究を行うとのことです。

他にも、米ウェストバージニア大学の研究者が、脳に超音波を与えることでアルツハイマー型認知症の進行を遅らせる研究を行っています。

◾研究を否定する論文も

このように、昨今はアルツハイマー型認知症の治療に関する研究が数多く行われています。そしてその方法に、音が使われているのです。

一方、2023年6月にnature誌に掲載された、ニューヨーク大学の研究チームの論文では、40Hzの刺激ではアミロイドβの減少はなかった、という結果も示されています。専門的な領域であり、当ラボでではこれ以上の判定はできませんが、こうした論文も含めて、研究の動向を今後も観察していきたいと思います。


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