メディア効果論の誤解とWikipediaの罪

概要

このnoteは

1.日本では「メディア効果論」に対する誤解が広がっているが原因はWikipedia

2.「強力効果説は否定されている」というのは嘘

3.創作物(ゲーム等)と強力効果説の実証実験結果

について、公開されている資料を基に記載しています。


1.日本では「メディア効果論」に対する誤解が広がっているが原因はWikipedia

日本において「メディア効果論」の誤解の根本はWikipediaです。まずは該当ページを引用します。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E8%AB%96

この「主要な理論」に「強力効果論」の項目が冒頭あります。これが大問題です。引用します

”強力効果説とも。マスメディアの影響は大きく、受け手に対して、直接的、即効的な影響を及ぼすという考え方の総称。「弾丸理論」、「皮下注射論」などとも呼ばれる[1]。

20世紀になって、大衆化した新聞・雑誌・ラジオなどの、暴力的なメディアや、性的なメディアが、受け手を暴力的にしたり性的にしたりするという「強力効果説」の発想が、大衆的な通念として流通してきた[2]が、過去の実証的研究により、2001年には否定されている[3]”

この引用した中の文章に3つの論文が含まれています

まず冒頭の[1]は津田 秀和氏の論文。[2]と[3]は宮台真司氏の論文です。

津田氏はまずはおいて(ただ津田氏は犯罪学がメインの人ではないです)、宮台氏の主張はかなり癖があります。そのあたりの指摘は下記サイトにあります。

検証・宮台真司が広めたメディア悪影響否定論

http://hp1.cyberstation.ne.jp/straycat/watch/news/editorial/03.htm

以下引用します。

" 宮台教授はあるインタビューで「暴力的なメディアを見ると暴力的になる、性的なメディアを見ると性的になる、といった考え方を「強力効果論」といいます。一九三〇~四〇年代にアメリカのクラッパーが数十回の調査研究を行ったのですが、その結果「強力効果論」は実証されませんでした。今に至るまでそうです」「そのクラッパーが、代わりに証明したのが「限定効果論」です」(『新・調査情報』2001年3-4月号)と話している※1。この説明は極めて不十分と言わざるをえない。

 『新版社会学小辞典』(有斐閣、1997年)で「限定効果モデル」を引くと「マス・コミュニケーションの効果が直接的で強力なものであるとする強力効果モデル(powerful effects model)に代わり、マス・コミュニケーションの効果を限定的に捉える考え方で、1960年代に支配的になったモデル。(中略)1970年代以降は、説得以外のさまざまな効果に注目する「新しい」強力効果モデルが多数提出されている」とある。宮台教授は「新しい」強力効果モデルを無視しているのである。

 さらに「新しい」強力効果モデルが実証されていることは研究者にはよく知られている。坂元章・お茶の水女子大学教授は、佐々木輝美・国際基督大学教授との対談で「実は佐々木先生は、『メディアと暴力』という著書を1996年に出されておられるのですが、それが日本においては非常に画期的だったんです。それで、メディア暴力の影響がかなり実証されていることを1996年の段階で、日本の研究者がかなり知るようになったのです」(『視聴覚教育』2001年5月号)と述べている"

要するに、宮台氏は新強力効果説を完全に無視しているんですね。よく氏の主張を見ると「新強力効果説」を限定効果説に取り込んでしまっているようにすら見えます。しかし、そんなこと言っているのは宮台氏ぐらいで、「新強力効果説」と呼ばれているのは普通に「強力効果説」です。

続いて、冒頭の津田氏の論文見ると普通に、限定効果説の後に、新強力効果説が出てきたと書いています。

つまり、都合の良い論をつなぎ合わせてしまい、矛盾する二つの内容を無理やり一つにしてしまっています。

そしてWikipediaに書いてある「過去の実証的研究により、2001年には否定されている」に至っては「2001年に宮台氏がそう言ったから」です。

なんでこんな出鱈目が堂々と載っているのかを、Wikipediaのノートと編集履歴を見ると、きちんとその理由が記載されています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E8%AB%96

元々「強力効果説」は「環境犯罪誘因説」という名前でWikipediaに載っていました。そしてこの「環境犯罪誘因説」という単語はWikipedia初の創作単語と言っても過言ではないものでした。以下引用します。

"「外的要因が犯罪を引き起こす」という考えは、古今東西いろいろ主張されています。ただ、それを十把一絡げに「環境犯罪誘因説」などとしてしまうのは乱暴ではないでしょうか。そもそも、あらゆる犯罪学の理論は何らかの外的要因に影響されることを前提としているのであって、犯罪学における争点は、どの要因(メディアなのか、生活環境なのか、経済環境なのか、教育環境なのか、栄養なのか、脳の障害なのか)が、どういうプロセスで、どの程度影響するか、という点にあります。犯罪の発生が環境に影響を受けないなんていうことは、おそらくどの犯罪学者も述べていません。となると、「環境犯罪誘因説」なる「説」は、しっかりと定義付けをしない限り、何も言ってないに等しいわけです(要するに、全ての学説が「環境犯罪誘因説」だということになる)。

論文検索でも、書籍検索でも「環境犯罪誘因説」なる「説」はヒットしませんし、インターネット上の言説をみると、Wikipediaが出典のものばかり。宮台真司氏のブログ内検索でも見つからない。どなたか「環境犯罪誘因説」についての信頼できる情報源(提唱者や定義等の出典)をお持ちの方はいらっしゃいますか?また、この記事を(統合や削除も含め)どういう方向へ持っていくべきでしょうか"

これは「かんぴ」氏という方の突っ込みです。これに対して、「環境犯罪誘因説」の編集を多く行っていた「夜飛」氏は

"すみません…何か、過去に「関係しそうなトピック」を放り込んじゃった側としてコメント。確かに、全体的概念として扱うには出所不明ですね。初期の内容がどうにも演説じみていたので、関係しそうな周辺事情を拾って薄めた上で中立化を図ってみたのではありますが、そういわれてみれば全体の論として確立されたものという訳でもなく…悩ましい限りです"

"残念ながら小生も信頼できる情報源として本項の呼び方をしているものを知りません。たしかこの記事を最初に触るにあたり、当時幾つかのサイトを同キーワードで漁った記憶があるのですが、まあ所謂「匿名個人の主張」レベルだったような覚えが。その意味で匿名個人の主張レベルだけでは記事としてどうかと思い、強力効果論(メディア強力効果論ないし説とか、犯罪学における犯罪に対する環境因の影響を関連付ける説の類)を犯罪学関係の一般向け書籍(新書の類)で読んだ覚えがあったので、それら概念を混ぜちゃったんですが、そもそもその呼び方として「環境犯罪誘因説」が妥当かどうかで、「そういう表現をしている文献もあるのかなー」程度に思って頓着しなかったのが痛し痒し。…今となっては当時何処のサイトを漁ったのかも(Wikipediaからの孫引き的に拡散した情報に埋もれてるのか)判らないし、どうもその呼び方自体は「何処かの匿名個人が発明しちゃった独自語」の可能性も拭い去れないだけに、なかなか悩ましいです"

要するに「わかんねーから、それっぽいのを適当に突っ込んだ」と言っているわけです。つまり、この一連の記事は犯罪学の教養が全くない人が、手あたり次第適当にそれっぽい単語突っ込んで出来上がった出鱈目ページであった。と

そして、この指摘を行ったかんぴ氏が、実質Wikipedia初の創作単語である「環境犯罪誘因説」なる記述を全面的に削除。そして、宮台氏の主張に偏っていた内容に対し、ほかの論文からも引っ張り、中立化を図りました

しかし、かんぴ氏曰く「私はメディア効果論に詳しくありませんので、その後の記事を発展させることはできませんが」との通り、メディア効果論全体の意図が理解できず、ただ並べただけになってしまった為に、上記のような事態を招いてしまったのです。

つまりWikipediaの「メディア効果論」ページの問題点とは

・もともと何も知らない人間が適当に記事を書いたものをベースに、無理やり事実に即した内容に直そうと努力したが、直した結果、文中に盛大な矛盾が起こった。


2.「強力効果説は否定されている」というのは嘘

上記でWikipediaの問題点をあげました

次に「じゃあ本当に強力効果説は否定されているというのは嘘なのか」について語ります。

先ほどの宮台氏の検証サイトでも、マスコミ効果研究の流れがありましたが、現状のメディア効果論の現状は下記論文がまとまっています。

「効果論研究史における限定効果論と強力効果論の関係の在り方」

http://digital-narcis.org/information_society/vol12/vol_12_04_pp_33-nakabayashi.pdf

この論文で行くと

1920-1930年代 万能論(Magic Bullet Theory)

1940-1960年代 限定効果論(Limited Effects Theory)

1960年代以降 強力効果論(Powerful Effects Theory)

という流れです。

論文内で記載されていますが、Powerful Effects TheoryはLimited Effects Theoryと支えあうような関係であり、否定なんぞされていません。

このすれ違いは「皮下注射モデル」をなんと称しているかの違いです。

宮台氏は「皮下注射モデル(弾丸理論)」を「強力効果説」と呼んでいます。これに関しては「万能論(Magic Bullet Theory)」と呼ぶ人もいれば「強力効果論(Powerful Effects Theory)」の一種と呼ぶ人もいます。ここまでは大きな間違いではない。問題はこの後。

1960年代以降台頭してきた「新強力効果説」と呼ばれている「議題設定機能理論」「沈黙の螺旋理論」等は「強力効果説(Powerful Effects Theory)」そのものであり現在の研究で、この辺りを強力効果説としていない研究はありません。そしてこれらはまだ研究が続いています。

日本での代表的な著作は竹下 俊郎氏著作「メディアの議題設定機能―マスコミ効果研究における理論と実証」あたりでしょうか

https://honto.jp/netstore/pd-book_03051957.html

ここで混乱されている方もいらっしゃると思いますので、メディア効果の理論と影響力の流れをおさらいします。ここでは宮台氏の検証サイトさんの年代表を引用しましょう

1930年代は「皮下注射モデル」:マスメディアの影響力は極大

1940年代は「限定効果説」:マスメディアの影響力は少

1960年代は「適度効果説」:マスメディアの影響力は中

1970年代以降「(新)強力効果説」」マスメディアの影響力は大

要は1930年代に「皮下注射モデル」は否定され、メディアの影響力は少ないとした「限定効果説」が、時代とともに「やはりマスメディアの影響力は大である」と認識されなおしていたのが実勢です。

そして(新)強力効果説は実際に研究がなされ実証もされていました。

つまり「マスメディアの影響力」研究はむしろ増大方向に見直されていたのです。

過去形ですね、そう過去形です。

ここで、今更ですが「メディア効果論ってなんなのさ」について語りましょう。

メディア効果論とは文字通り「人びとがマスメディアからどのように効果を受けているのかを研究・調査する学問領域」なわけです。

なので対象相手は「マスメディア」です。マスコミュニケーションを行うメディアが対象です。そして、その研究内容は主に「マスメディアの報道による影響」が主題です。例をあげましょう。

「議題設定機能」とは これはマスメディアが取り上げた議題が大きければ大きいほど、それに焦点があたり、人々はそれこそが重要な焦点だと思い、結果としてそのような世論が形成されてしまう理論です。 話題の「森友学園」問題でこのような理論まんまの理屈で批判している方は多くみられます。

「沈黙の螺旋理論」とは マスメディアで「多数派」と報じられる内容を見て、それとは異なる意見の人が「ああ、俺少数派なんだ。人前で言うのやめよう」と沈黙をすることで、本来は多数派でなかったものまで、マスメディアの報道により、実際に多数派のように形成されてしまう理論です テレビで異端と見て沈黙し、井戸端会議で異端と称され沈黙し、その沈黙の連鎖で、本当に異端とされてしまう オタク弾圧でも「沈黙するな。声をあげろ。でないと本当に弾かれる」というのはこのあたりの理論が元になっています

さて、紹介した二つの理論が「強力効果説」なわけですが、どーですか そんな否定されてますか、これ。 「わかるわぁ」的なもん混じってますよね でも、違和感もある。ネット時代到来とともに、SNSで個人が社会全体に意見表明できている現状、少なくとも「沈黙の螺旋理論」は無理があります だから主流から外れかかっている。

中林氏の論文でも書かれていますが、今ネット社会を迎えるにあたった今においては、再び「限定効果論」が見直されております。今や主流と言っても良い。そして「強力効果説」は主流から外れかかっています。

そして、なにより勘違いして頂きたくないのは、「メディア効果論」と呼ばれているのは「マス・コミュニケーション効果」なんですよ マスメディアの報道姿勢の問題と影響なんです。これが主眼 これの影響により犯罪はどうなるか、がすごい大事なんです アニメだ、ゲームだ、は二の次、三の次です。

そういう点で、アニメやゲーム規制に関する話で「強力効果説が」「メディア効果論が」否定されたなどと言うのは、そのあたりを理解していないとしか言いようがありません。


3.創作物(ゲーム等)と強力効果説の実証実験結果

では、実際にゲーム等の創作物と効果の実証実験はあるのでしょうか?

答えとしてはそのような研究はあります。現在も世界中で研究が継続中です。マスメディアの報道に比べれば遥かに効果は低いであろう創作物の影響効果ですが、子供に対する話では別です。子供にとってはマスメディアによる報道よりもゲームのほうが影響力が大きいかも知れない。

これに対して数多くの団体が研究をしています(この一事をもって強力効果説が科学的に否定された云々はデマなのは気づいてほしかったりはするのですが…なんで否定された論を、影響力の低いほうに対して研究する必要があるのでしょう)

暴力的なゲームで遊んだ子どもは「攻撃的」になるのか:英国の長期調査

http://wired.jp/2016/02/10/children-violent-video-games/

元のデータは

http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0147732

引用しますと

"社会経済的な状況、家族構造、いじめ被害、メンタルヘルスの家族履歴、IQなどの要素を考慮に入れた分析の結果、8~9歳頃に暴力的なゲーム(この調査ではシューティングゲーム)をプレイしていた子どもたちが、その後行為障害的な状態を見せる可能性はわずかだけ上昇した。しかし、統計上有意の境界線上であり、影響は弱い、と研究者は結論づけた。暴力的なゲームと、青年期のうつ的な傾向の間の結びつきは示されなかった"

なので「影響力は弱い」というのが結論です。「相関性は見られない」と言い換えてもいいかもしれない。しかし「否定された」ではない。

また、元の研究ページ冒頭

"There is increasing public and scientific concern regarding the long-term behavioural effects of video game use in children, but currently little consensus as to the nature of any such relationships"

「子供たちに対するゲームの影響の研究において、その関係について合意できる研究はほとんどない」

要するにないんですよ。なので堂々と「創作物(ゲーム等)と行動影響の研究はなされていて、現状では影響力は弱い、もしくは相関性は見られない」と答えればいいだけで。

それを「強力効果説は否定された」などと事実と違うことを言っては「ああ、この人デマ言ってるんだ」で終わります。強力効果説等のメディア効果論は、マスメディアの報道等が主眼です。ゲーム等で影響力が少なかろうが、論の否定にはつながりません。

ここまで読んでいただいたうえで「強力効果説全体が否定されたわけではなかったのはわかった。でも俺が言っていたのは皮下注射モデル(弾丸理論)のことだ」という方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、そうだとすると「皮下注射モデル」は1930年代にとっくに否定済みです。そのあとゾンビのようによみがえったりはしていません。

フレームワークはあくまでも「限定効果説」「(新)強力効果説」上の話です。なのでそんな理論採用している研究者もいません。

ところが、最近ネットでは確かに「皮下注射モデル」に近い、マスメディア万能論めいた、とっくに否定された理論を振りかざす人がいます。

それは「カタルシス理論」

「メディアにより、それらがはけ口となり、攻撃、暴力衝動などが減少するという理論」です。これは万能論(Magic Bullet Theory)に近い考え方であって、もはや誰も研究していないです

https://icu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=844&file_id=18&file_no=1

しかし、創作物擁護のあまり「二次元で満足するからリアルには影響もたらさない」と主張している人いますね。これはカタルシス理論です。

はっきり言うと「皮下注射モデル」と大差ない。これを採用するなら「皮下注射モデル」こと「レイプ漫画読むやつは、全員レイプ魔」というのも採用すべきじゃないですかね。言ってる理屈は大差ないですよ。

まあどちらも全く相手にされていない理論です。心配する必要もない。

それらを否定するあまり、いまだに研究が続く「強力効果説」の否定など、愚かの極みです。

まとめです。

・創作物と犯罪の影響語るときに「メディア効果論等が否定された」等のデマを言ってはいけない 

・創作物と影響効果に関しては、現状の研究では「影響力が低い、相関が見られない」が正しい 

・創作物擁護のあまり「カタルシス理論」を採用してはいけない。「カタルシス理論」の採用は「弾丸理論」採用と大差ない。自分のクビ絞めるだけ

 ・全部Wikipediaが悪い 

長文読んでいただき、本当にありがとうございました。

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