見出し画像

ペルソナ5ロイヤル 感想

ペルソナ5ロイヤルをクリアした。クリア時間108時間34分であった。長い。このゲームは、ゲーム性を楽しむというよりもストーリーを楽しむものであり、実際ストーリーはそれなりに引き込まれるものがある。

僕は、かなり前にペルソナ5をクリアしており大体のストーリーを知っている前提のプレイであったが、それでもそれなりに楽しめた。そして、完全追加の三学期のシナリオは短いながらもよかったと思う。他には、大筋のストーリーは変わっていないものの、ボス戦の仕様が大きく変わっており長期戦でダレる戦いでなくなったのは評価点である。無印の方は、ボスのHPが高く、全体攻撃を受けて回復して攻撃するというワンパターン戦法を延々とやらされるものでありそれがただの時間の浪費にしか思えなくてイージーでプレイしていた。が、ロイヤルはノーマルでいい塩梅であった。

ただ、何度も書くが話が長い。終盤の方は、未知の部分であっても早送りで飛ばしてしまうくらいにはどうでもよくなっていた。
ネタばれであるが、三学期のシナリオはロイヤルの新キャラクターを中心とした話である。その新キャラクターは、カウンセラーで主人公と会話することにより認知訶学の論文を完成させ、それを持って新世界を作ろうとする…のはいいのだが、認知訶学とか何とか言っておきながら結局のところ、ペルソナと神様の二つの力を手に入れて人類を幸せと思う状態にするというもの。無印のストーリー的なラスボスである総理大臣も認知訶学を学んでおり、その力をどーのこーのという話であるが結局のところペルソナありきである。何が言いたいかというと、学問と言っておきながら、ペルソナという異能の力がなければ関与できないのである。で、ペルソナを与えることができるのは神のみであるところから、認知訶学は学問として成り立つのか?という疑問と、最初の発見者である人物はどうやってそれに触れたのか全く謎である。もっと言えば、ペルソナの元である神様がいなくなればペルソナそのものが消滅するという不安定さ。個人由来の力ではないのも頼るべき力でないのは明らかである。

という個人的な疑問はさておき、カウンセラーの先生は念願の知識というより力を手に入れ自分が思う幸せな世界を作ろうとする。果たして、それは本当にいい世界なのか?配信で突っ込んだのだが、幸せになる人はそのカウンセラーが決めており極めて独善的である。例えるのならば、アニメ「サイコパス」のシビュラシステムである。怪盗団(主人公たち)が悪人として退治した人がいるのだが、その悪人も扱いが違って幸せというか無罪放免な状態になった人と有罪のままに分かれている。その違いは、見れば分かるがパーティメンバーの肉親かどうかである。それだけで公平な世界でないことがわかる。で、主人公の潜在的な願いで生き返ったキャラクターが「やつの手のひらで生きてるだけ」というセリフがあるが正にそのような状態。と文句を並べては見たものの、形はどうあれ動機はわからなくもない。歪んでいても自分の思い描いた世界に必死にたどり着く寸前であった。最後には、主人公たちによって阻止されるが、ペルソナが消滅し主人公とカウンセラーが素手で殴りあう場面は一見ギャグだが、そのときのセリフ(何言っていたか忘れた)は忘れられないほど感動した。大人になると、思い描いていた夢に辿り着けたらと考えることはあると思うがこのカウンセラーはそれをつかみかけていたのである。この場面は、ペルソナ5ロイヤルの感動ポイントであろう。後は、劇中で語られるように高潔な人物であり、主人公によって夢を阻止されても自暴自棄にならないところも感動を誘う。

ちなみに、無印では主人公だけが故郷に戻ることになるのでそれによる非日常と友人の喪失感が一年の思い出を思い起こさせるところが感動ポイントであった。それに対し、ロイヤルは、皆それぞれ目標をもってばらばらの道を歩むという話に変わっており、プレイヤー側もフィクションとはいえ、自分も新たに頑張ろうという気持ちにならなくもない。そして、上記カウンセラーは、なぜかタクシー運転手に転職していた。桐生さんかよ!と思ったのは僕だけではないはず。ただ、最近のネットで話題になった底辺職業ではないが、カウンセラーは夢も職も恋人もすべて失っていて、タクシー運転手で今後幸せになれるだろうか?もちろん、作られた理想の現実よりもつらい現実を生きるという意味での主人公たちへの仕返しだとかなんとか言っていた気はする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?