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【ア・クエスチョン・アンド・アンサー・セッション・イン・ニンジャ・プレゼン】

「――――で、あるからして! イビルアイ・ジツを使うニンジャに対しては、相手の視線を遮ることこそが重要なのです!」

 廃講堂の壇上で、得意げに胸を逸らしてそう言ったのは、研究者めいた白衣装束に黒いメンポで口元を覆った男だった。その出で立ちは明らかにニンジャである。

 ネオサイタマの片隅、都市の営みの中で廃棄された無数の廃墟の一つであるこの場所は、同じ境遇の建物の中では比較的新しく、階段状に並ぶ長椅子と長机もまだ朽ち果ててはいない。

 その長椅子に今、幾人ものネオサイタマ市民が縛り付けられ、恐怖に震えながら狂気の発表会を行うニンジャを見ていた。放たれる狂気的なアトモスフィアとニンジャ威圧感に呑まれ、視線すら逸らせない。

「私のシャドウトレース・ジツにより、かつて実際に起きたイクサを調査することで導き出した、確かな対処法です! これはもはや、新たなニンジャの境地を開く、宇宙的理論! 言うなればビッグバン、いやニングバンです!」

 背後のスクリーンに映し出したイメージ図を差し棒で示しながら、朗々と自身のニンジャ研究論文を読み上げるこのニンジャの名は、プレゼンター。ネオサイタマの闇に潜む邪悪ニンジャである。

 元はネオサイタマ大学の助教授であった彼は、ニンジャソウル憑依と共に発狂し、ニンジャ同士のイクサを調べ、その情報を体系化するという研究に取りつかれた。

 以来、ネオサイタマ各地を巡り、自身に宿ったソウルに由来するジツ、「シャドウトレース・ジツ」を使ってその場で起きたイクサのビジョンを再現し、それを記録して論文にまとめては、無関係の市民を幾人も拉致して強制的に自身の研究発表会に参加させるという凶行を繰り返している。

 被害にあった市民は、眼前のニンジャの狂気と研究内容によってニンジャに関する情報をニューロンに流し込まれ、ニンジャ・リアリティ・ショック症状を引き起こして多くが心肺停止する。

 プレゼンターはそれを意に介さない。彼にとっては、自分の研究内容を発表することこそが全てなのだ。何たる独り善がりに満ちた欺瞞的発表会か!

「さて! 何か質問のある方は?」

 プレゼンターは廃講堂を見回す。いるはずもない。哀れなモータルが、ニンジャのイクサについて何を聞けるというのか。

 しかし、この日は違った。一本の手が掲げられたのだ。

「素人質問で恐縮ではございますが」

 プレゼンターは片眉を吊り上げた。これまでの発表会でも質問者が出たことなどなかったからだ。自身にとって初めての質問者であるその男は、トレンチコートを身に纏いハンチング帽を目深に被っていた。

 一瞬の驚きは、すぐに質問者が現れたことへの歓喜で満たされた。プレゼンターは男を指さした。

「何でしょう! 何でも聞いてくださいよ!」

「この研究は、過去のイクサをただ記録しただけのものに思えますが、そもそもやる意味はあったのでしょうか?」

 アトモスフィアが凍り付いた。プレゼンターの顔に青筋が走る。

「何を仰る! 皆さんが知る由もないニンジャのイクサを記録し、分析した研究ですよ! 今回の論文は特に、かつてこの地を支配したニンジャ組織、ソウカイ・シンジケートの幹部が死んだ時の重大なイクサに関するもの! こんな研究は他には――――」

「そのニンジャを殺したのは私なのですが」

 自身の言葉を遮った一言は、プレゼンターを絶句させるには充分であった。

「私のイクサを引用してくださり、ありがとうございます。しかし、ニンジャのイクサはその時々で全く様相を変えるもの。同じ系統のジツに対して有効な対処法は確かに存在しますが、それだけに頼っていてはいずれ敗北の時が来ます」

「今回の論文でいえば、イビルアイ・ジツの使い手であったビホルダー=サンが半身不随であったことや、私が自らに憑依したソウルに由来するジツの知識を持っていたことに関する視点が全く欠けています。これでは、正確な分析などは不可能と考えますが、いかがでしょうか」

「ア……ア……貴様、まさか……」

 壇上で後ずさりするプレゼンターの前で、質問者は立ち上がった! その時には既に質問者の姿は、赤黒の装束を身に纏い口元を「忍」「殺」と刻まれたメンポで覆った、ニンジャのそれに変わっている!

「ドーモ、プレゼンター=サン。ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。プレゼンターです」

 ニンジャはオジギをし、アイサツを交わした。プレゼンターは震えながら、死神の殺意に燃える両目を見た。

「バカな……バカな……ネオサイタマの死神が何故……私の研究した範疇でも、最も多くのニンジャを殺してきた化け物が……」

「殺すからだ」

 死神は言い捨てた。

「研究と呼ぶにもおこがましい、オヌシの下らんお遊びは今日で終わる。私が直々に、ニンジャのイクサというものを指導してやろう」

「アイエエエエエ! ヤメロー! イヤーッ!」

 プレゼンターは床を蹴り、先制のトビゲリを仕掛けようとした! しかし!

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 死神は眉一つ動かさず、対空ポムポム・パンチを放って迎撃! プレゼンターの足の裏に衝突した拳は、凄まじい衝撃を伴ってプレゼンターを吹き飛ばした!
 圧倒的なカラテの差! もはやベイビー・サブミッション!

 スクリーンに背中を衝突させ、ズルズルと床に落ちたプレゼンターに、ニンジャスレイヤーはつかつかと歩み寄った。

「ハイクを詠め。プレゼンター=サン」

「……やる意味なかった/全くもって/仰る通りです」

「イヤーッ!」

「サヨナラ!」

 ニンジャスレイヤーはへたり込んだプレゼンターの首を、容赦のないチョップで撥ね飛ばした。プレゼンターは爆発四散した。

 「アイエエエエエ……」「アイエエエエエ……」

 あまりの衝撃に茫然自失となっている市民たちを振り返ると、ニンジャスレイヤーは歩み寄り、一人一人の拘束を丁寧に解いて回った。

 大半の市民は衝撃的出来事の連続に耐え切れず、意識を失ったが全員息はある。直に目覚めるだろう。

 ニンジャスレイヤーは踵を返すと、その道の権威たる大教授の如く控え目かつ堂々とした足取りで歩き、廃講堂の扉を押し開けた。
 次の瞬間には、その姿はネオサイタマの闇の中へと溶けていった。

【ア・クエスチョン・アンド・アンサー・セッション・イン・ニンジャ・プレゼン】 終


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