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【ハイテク・ニューロハック・アンド・ローテク・ニューロハック】

 重金属酸性雨降りしきるネオサイタマの一角、インフェルノタケヤリ・ヤクザクランの事務所は今、その名の通りジゴクめいた有様だった。

 室内には幾人ものヤクザが倒れ伏している。首を真後ろに捻られた者、ウォーターメロンめいて頭部が弾け飛んだ者……ナムアミダブツ。いずれも尋常ではない死に方である。

 こんな殺し方が出来るのは、ニンジャしかいない。一般人がこの場に踏み込めば、その事実をニューロンに突き付けられて、この場で急性ニンジャ・リアリティ・ショック症状を引き起こしていたことであろう。

 この惨劇を生み出したニンジャは今、インフェルノタケヤリ・ヤクザクランのオヤブン、ホサキの自室のドアをノックもせずに開けたところだった。

 「ハイ、ハイ、ハイ、ちょっと失礼しますよ」「ザッケンナコラー!」「ハイ、ハイ、そういうのはいいから」

 BLAM! 入室と同時にホサキによって放たれた銃弾を平然とかわし、そのニンジャはつかつかとホサキに歩み寄った。裾緑色の髪をボサボサにした、裾の長い白衣装束の女のニンジャだった。

 「ドーモ、ニューロサージです」「ドカマテッパダラー……」「往診です」「ア? 往診?」

 ホサキは瞬間的な混乱状態に陥った。往診? つまりこの女は医者なのか? そういえば白衣を着ている。だが往診など頼んだ覚えはない。そもそもこの女はうちの若いもんを皆殺しにした。そんな医者がいるか。

 ホサキのニューロンを無数の疑問信号が行き交った。それによる硬直は一瞬のことだったが、ニンジャにはそれで十分だった。

 「ハイ、ハイ、ハイと」「ア……アバーッ!?」

 すでに背後に回り込んでいたニューロサージの右手の親指と人差し指と中指が、ホサキの後頭部に触れた。すると、三本の指が肉も骨も貫通して頭にめり込んだ! コワイ!

 「アバッ、アバッ、アババババーッ! ヤメ、ヤメアバーッ!」

 ニューロサージはやめなかった。その指先がホサキのニューロンをトラックボールめいて弄ぶ。指先を通してホサキの記憶が吸い出され、ニューロサージのニューロンへと投影されていく。

 ホサキは生体LAN端子を有していないにも関わらず、その有様はさながら強制的にLAN直結され、映像データを吸い出されるオイランドロイドめいていた。おぞましきニューロハック・ジツ!

 「ハハア……なるほど。他に生き残りはなしと。ハイ、ハイ、ハイ、わかりました。わかりました」

 ニューロサージは左手の指を軽く鳴らしながら一人納得し、ホサキのニューロンを指先でシュレッダーめいて破壊すると、事もなげに引き抜いた。

 「アバッ」

 短い断末魔と共に、ホサキは白目を剥いて倒れた。ナムサン……死んでいる。ニューロンへの負荷に耐え切れなかったのだ。後頭部の傷は完全に塞がり、傷ひとつない死体が出来上がった。

 ニューロサージは平然と指先の血と脳漿を払うと、己の所属するニンジャ組織、アマクダリ・セクトへと報告のIRCを送信した。いくつかのやり取りを経て諸々の手続きを終えると、ニューロサージは肩をすくめて息を吐いた。

 「ほんと、堅物どもの下で働くのは疲れるわ」

 ニューロサージのニューロハック・ジツは、生体LAN端子を有しない相手であろうと、強引にニューロンを押し開き、自在に記憶を引き出せる。

 アマクダリにおいても重宝されるジツであったが、同時に常に猜疑心を向けられてもいた。ニューロハック・ジツで手にした情報の正当性を保証する物理証拠やデータは存在しないためだ。彼女自身のエキセントリックさや不安定さもあり、組織における地位は高いとは言えない。

 以前はアマクダリに反抗的な者、邪魔になる者のニューロンから情報を引き抜く役割を振られていたこともあったが、今ではこうしてアマクダリの目指す支配のノイズとなる小規模ヤクザクランを潰し回るような雑務の方が多くなってきた。それとて、いずれはより効率的かつ経済的な手段に取って代わられることだろう。

 所属ニンジャに徹底した規律の遵守を求めるアマクダリの在り方とは食い違いも多く、ミッションのたびに発生する詳細な報告の義務には辟易していた。

 とはいえ、今のネオサイタマはアマクダリに逆らって生きていけるほど甘くはない。こうしてミッションにかこつけて己の嗜虐心を満たせるのなら、そう悪くはない職場だとニューロサージは考えていた。

 ニューロサージは気だるげに頭をかくと、インフェルノタケヤリ・ヤクザクランの事務所を立ち去ろうとした。しかし、彼女のニンジャ聴力は階段を登ってくる足音を捉えた。

 「あら、運の悪いのが来たようね」

 呟くニューロサージの顔が邪悪な喜びに歪む。彼女は獲物をいたぶるのが大好きだ。不必要な殺しはアマクダリに睨まれるが、向こうから踏み込んできたとなれば問題はない。

 ニューロサージは事務所の入り口ドアの前に潜み、獲物を待ち受けた。足音がドアの前で止まった。

「患者です」「何……」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 突如ドアが蹴破られ、吹き飛んでニューロサージに衝突した。不意をつかれたニューロサージは頭を振り、エントリーしてきた人影を睨んだ。

 それは赤黒の装束のニンジャであった。口元を覆う鋼鉄のメンポには禍々しい字体で「忍」「殺」と彫られていた。

 「ドーモ、ニューロサージ=サン。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ニューロサージです」

 全身からカラテを立ち上らせるネオサイタマの死神を前に、ニューロサージは困惑を怒りで塗り潰した。アマクダリ内部で最も危険視されるニンジャ。ネオサイタマの死神。地獄の猟犬。当然その名は知っている。それが何故、今自分の前に現れるのか。ヤスリがけされた歯をギリギリと食い縛りながら、ニューロサージはカラテを構える。

 「何故、私を知ってる」「殺すからだ」死神は言い捨てた。

 「サイコ野郎……」

 ニューロサージは顔を歪め、右手の指を蠢かせる。たとえニンジャであろうと、この指でニューロンを抑え込めば、イクサはそれで決する。

 しかし、真正面からやり合ったところで、到底死神の頭には届くまい。自身がニンジャとしては弱いことを知っているニューロサージは、状況判断した。

 「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 飛び掛かるニューロサージのカラテをニンジャスレイヤーが側転回避! だがニューロサージの狙いはニンジャスレイヤーではなく、その背後の事務所の壁だ!

 「イヤーッ!」ニューロサージは壁を蹴り、トライアングルリープ! そのまま事務所の窓を破って外に飛び出す!

 「アイエエエエエ!?」「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 寂れたストリートを行き交っていた市民たちが悲鳴をあげる。ニューロサージは彼らにチョップ手を向けた。

 ニューロハック・ジツは記憶を引きずり出すだけが能ではない。ニューロンを不可逆に破壊しながら単一の命令を仕込み、即席のジョルリ人形めかせることも可能だ。ニューロサージはこの場の市民たちにその力を行使し、ニンジャスレイヤーにテッポダマめいて差し向けんとした。

 「その気になればね、こういうことも」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ゴウランガ! 死神はニューロサージの予想を遥かに上回る速度で追いついた。事務所の窓から放たれたトビゲリがニューロサージの脇腹を直撃し、襲われていた市民と反対側の壁に叩きつけた。

 「アイエエエエエ!」「アイエエエエエ!」

 蜘蛛の子を散らすように逃げ去る市民たち。着地したニンジャスレイヤーは、ニューロサージの視線から彼らを遮るように立ち、憎悪を込めて彼女を睨んだ。

 「オヌシの戦闘データを事前に把握している。他者のニューロンを蹂躙し、記憶を覗き見し、破壊して手駒と化す」

 低い声がネオサイタマの路地に響く。ジゴクの底から響いてくるかのようなそれは、久しく忘れていたニューロサージの恐怖心を呼び起こした。

 「情報を抜くならハッカーニンジャでも出来よう。操り人形が欲しいならクローンヤクザを率いればよい。徹頭徹尾、いくらでも替えの効く人材。アマクダリのサンシタらしいニンジャだ」

 「言いたい放題言ってくれるじゃない……!」

 ニューロサージはチョップを構える。相手の肉体を一時的にリプル状に歪め、部分的に同化するこのジツは、相手の肉体を容易に切断しうる。

 (((グググ……ボトク・ジツ、それもあの程度のワザマエでイクサに用いようてか。あれは高潔を気取ったボトク・ニンジャが偽善的な治療のために使った惰弱なるジツ。相応のカラテさえあれば、容易く相殺出来よう)))

 ニンジャスレイヤーのニューロンの底から、ナラク・ニンジャの嗄れた嘲笑が滲み出した。

 (((一子相伝と嘯いたシの眷属のジツも、今やサンシタどもの玩具に成り下がったとは愉快。殺せ、フジキド! カラテ乏しき弱敵也!)))

 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニューロサージが繰り出したチョップ腕は、ナラクの声に呼応するが如く振り抜かれた死神のチョップの前に、肩口から容易く切断された。ニューロサージの精密かつ陰湿なそれとは対照的な、荒々しく鋭いカラテであった。ネオサイタマの闇が噴き出す鮮血に彩られる。

 「この……」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 さらにヤリめいたサイドキックが叩き込まれ、ニューロサージは再び汚れた壁に叩きつけられた。

 (何だってのよ……何で私が、こんな)

 ニューロサージは理不尽を呪った。彼女はこれまでのミッションを問題なく遂行してきた。ひとたび決まれば即座に相手を無力化するジツのみならず、心理学にも精通した彼女は白衣装束すらも効果的に用い、相手を意図的にNRSに追い込む術すら心得ていた。

 モータルが相手だったならば、例えサイバネ装備のヤクザだろうと、鍛えられた暗殺者だろうと、容易く蹂躙出来たことであっただろう。だが、これはニンジャのイクサである。

 死神はニューロサージに強みを活かすことを一切許しはしなかった。ニンジャスレイヤーには、相手のヒサツ・ワザを律儀に待つ意思などなかった。それが、非情なるニンジャのイクサだ。

 ニンジャスレイヤーはつかつかとニューロサージに歩み寄った。両手でその頭を掴み、壁に押し付けた。

 「ドーモ、センセイ。診察オネガイシマス。イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーの頭突きがニューロサージの顔面に直撃した。鼻骨が砕け、鋭い歯が何本も折れて地面に転がった。衝撃で後頭部が壁に衝突し、頭蓋がひび割れた。

 「ヤメ……」「センセイ、私の頭に異常はありませんか? イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーはやめなかった。憎悪と殺意を満載した死神のニューロンが、邪悪なるニューロサージのニューロンを情け容赦なく打ち据えた。

 「センセイ、頭の硬さは正常でしょうか? イヤーッ!」「グワーッ!」「センセイ、私の自我は大丈夫でしょうか? イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーが繰り返し頭突きを繰り出す。その度にニューロサージの顔面が破壊されていく。ナムアミダブツ……ナムアミダブツ!

 「センセイ、診察オネガイシマス。イヤーッ!」「グワーッ!」

 「センセイ、診察オネガイシマス。イヤーッ!」「グワーッ!」

 「センセイ、診察オネガイシマス。イヤーッ!」「グワーッ!」

 「センセイ、診察オネガイシマス。イヤーッ!」「グワーッ!」

 「アバッ……アバッ……」ニューロサージの頭蓋は半ば砕け、ニューロンが外気に晒されかかっている。さながらローテク・ハッキングによって外殻を破壊され、後は剥き出しの内部にコーヒーをかけられるのを待つばかりのUNIXめいた無防備! 数多くのニューロンをハイテクめいたジツで蹂躙したニンジャは、ローテクめいたカラテで強引にニューロンをこじ開けられたのだ!

 もはや白目を剥くニューロサージを情け容赦なく掴み、ニンジャスレイヤーは大きく頭をのけぞらせた。

 「ハイクを詠むがいい、ニューロサージ=サン! イイイヤアアアーーーーッ!」

 ニンジャスレイヤーの頭突きがニューロサージの頭部に衝突し、粉砕! 壁の汚れが血で上塗りされる!

 「サヨナラ!」インガオホー! ニューロサージは爆発四散!

 ザンシンを決めたニンジャスレイヤーは、振り返って死体が残るばかりとなったヤクザ事務所を一瞥した。アマクダリの支配は着々と進行している。あのような零細ヤクザクランの存在すら許さぬほどに。

 大きな敵だ。だが、それでも死神はカラテをふるい続ける。ニンジャを殺すために。

 「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは回転跳躍し、ビルを飛び渡ってネオサイタマの闇に消えた。後には凄惨な血痕と、爆発四散跡ばかりが残った。

【ハイテク・ニューロハック・アンド・ローテク・ニューロハック】終


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