百人一首_image1

【ア・サツバツ・カルタ・パーティー】

[2018年1月6日 投稿]
[2018年1月8日 改行や地の文・セリフの一部を追記・修正]


 そこはタタミ敷きの四角い小部屋であった。それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方は壁であり、それぞれにはボンズ、オイラン、サムライ、平安貴族の見事な墨絵が描かれていた。

 タタミの上にはハイクが綴られた札が規則正しく並べられ、それを囲んで四人の男たちが座っている。彼らに共通するのはそれぞれ色の違うサムエスーツを着込んでいることと、その顔の下半分をメンポで覆っていること……そう、メンポである。

 さらに、その奥にもう一人。四人と札を睥睨出来る位置に陣取る、やはりサムエスーツを着込んだ男。彼もまたメンポを装着している。

 賢明なる読者の皆さんならお気づきだろう。彼らは全員がニンジャ……現代において実在など信じられてはいない、半神的存在なのだ。

 部屋の中には、張りつめたアトモスフィアが充満している。札を囲む四人のニンジャたちが、互いに向けて放つ殺気の衝突がそれを生み出していた。

 しかし、彼らの視線は自分以外の三人ではなく、タタミの上の札へと注がれている。無理もない。この札こそが、彼らの明日の生活を握っているのだから。

 奥のニンジャが苛立ちすら感じさせるほどゆっくりとした動きで、傍らに置かれた札の山から一枚を手に取る。それを自らの顔の前に翳すと、厳かな声で読み上げる。

 「エンガワに/佇むビルは/墓標なり」「「「「イヤーッ!」」」」

 ハイクが読み終わられぬうちに、四人のニンジャは一斉に並べられた札の一枚に横薙ぎのチョップを繰り出す! ほんの僅かな差を制したのは、青いサムエスーツのニンジャ、スプラッシュであった。

 手にした札を自らの傍らに置くと、彼は再び札に向き直る。他の三人も同様だ。取られた札にいちいち未練など抱きはしない。

 (こやつらも、それなりには仕上がって来たか)

 次の札に手を伸ばしながら、読み手を務めるグレーのサムエスーツのニンジャ、この「サツバツ・カルタ・パーティー」の元締めであるパイルシャッフルは心中で呟いた。

 エンガワ・ストリートの雑居ビルの一つを襲撃し、住人を逃さず皆殺しにするという依頼も、退廃と堕落の気配の失せた今のスプラッシュであれば問題なく可能だろう。

 ナムサン……。皆殺しの依頼と言ったか? そう、タタミの上に並べられたその札に綴られたハイクは、「サツバツ・カルタ・パーティー」に寄せられた殺人クエストのターゲットを示している。

 それを参加ニンジャたちがカラテを持って奪い合い、見事に札を取ったニンジャが殺人クエストの受注権利を手にする。元締めたるパイルシャッフルは、依頼報酬から仲介料をいくらかピンハネし、残ったカネで参加ニンジャたちにミッションを回す。

 札を取り合う際、相手に直接的な攻撃を加えることは許されていない。相手の身体に触れぬように、より素早く精密なカラテを繰り出すことが要求される。自らの食い扶持を得るため、ミッションを確実に遂行するため、参加ニンジャたちは自然とそのカラテを研ぎ澄ませていくのだ。

 (ザイバツの崩壊以来、ずいぶんと苦労をしてきたが……。その甲斐はあったというわけだ)

 「サスマタが/血しぶきあげて/交差せり」「「「「イヤーッ!」」」」

 次なる札、サスマタ・ストリートにおける消防署襲撃の依頼の札を、赤いサムエスーツのニンジャ、フィラメントが浚う。

 元はザイバツに恭順するヨゴレニンジャであった彼らのドラッグと退廃に塗れたカラテは、このカルタ・パーティーに参加するうちに染み付いていた堕落を振り払いつつある。

 彼らはかつてキョート共和国を支配していた巨大ニンジャ組織、ザイバツ・シャドーギルドの残党ニンジャたちである。その圧倒的な組織力と、所属ニンジャたちの強大なカラテにより、キョートの闇に君臨していたザイバツは、赤黒の死神の手によってその虚栄を剥ぎ取られ、完全に瓦解した。

 一介のアデプトに過ぎなかったパイルシャッフルに出来ることなどなく、崩落するキョート城からヘリで脱出し、地虫めいてブザマに這いずりながらキョート共和国を後にする他なかった。

 その過程で同じく行き場を失った四人のヨゴレニンジャたちを拾い、再起をかけてネオサイタマに潜り込み、この巨大犯罪都市にて無数に飛び交う殺しの依頼の一部に食らいつく、この小規模な寄り合いを結成するに至ったのだ。

 パイルシャッフルが失ったものは大きい。寄る辺たる組織のみならず、ザイバツ・ニンジャに必要な知識として学んだニンジャ歴史の一端なども、ザイバツの虚飾が引き剥がされた今となっては、ほとんどが無用の長物だ。

 しかしながら、サイオー・ホースな。その知識の一つであるカルタにおけるニンジャ真実の一側面が、この寄り合いを確固たるものにした。

 現代において、レジャーや競技としてモータルの間で親しまれるカルタ遊びとは、限られた空間で札を取り合うという制約の下でカラテを振るうことにより、互いのカラテを磨かんとしていたニンジャ修練の一環であったという知識である。

 パイルシャッフルはこれを殺人クエストの受注競争という形で応用し、自らヨゴレニンジャたちのメンターとなって、彼らをネオサイタマの闇にも通用するニンジャに育て上げつつあった。

 (ネオサイタマのドブ臭い空気も、慣れてみれば悪くないものよ。いずれは更に参加ニンジャを増やし、この地の闇社会に確固たる地位を築いて見せる……!!)

 「ムコウミズ/サンズ・リバーの/向こう岸」「「「「イヤーッ!」」」」

 「コメダなる/汚れた路地を/掃き掃除」「「「「イヤーッ!」」」」

 その後も順調に受注消化は続く。ムコウミズ・ストリートにおけるヤクザ暗殺を、黄色のサムエスーツのニンジャ、メーザーが手にする。

 コメダ・ストリートにおけるホームレス殲滅は、緑のサムエスーツのニンジャ、リーフアウトに渡った。

 いよいよ残す札は一つ。今回寄せられたミッションの中でも、最高額のものだ。四人の参加ニンジャの額に汗が滲む。読み手たるパイルシャッフルも、また同様だ。その手に最後の読み札が取られた。

 ……まさにその時であった。ニンジャスレイヤーが後方のボンズ壁中央を音もなく回転させ、姿を現したのは!

 「マルノウチ/血の花咲かせ/摩天楼」「「「「「イヤーッ!」」」」」

 「サツバツ・カルタ・パーティー」の面々が死神の存在に気が付いたのは、最後の札を死神が繰り出した恐るべきチョップが浚った直後であった。五人の邪悪なニンジャたちは驚愕に目を見開き、立ち上がって死神に向き直った。

 「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」

 死神の威圧的なアイサツが小部屋に響き渡る。

 「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。パイルシャッフルです」「スプラッシュです」「フィラメントです」「メーザーです」「リーフアウトです」

 五人のニンジャはアイサツを返した。未だその精神は衝撃から立ち直れてはいなかったが、彼らは強いて己を奮い立たせ、死神に対峙した。

 「ニンジャスレイヤー=サン、だと……? ザイバツの崩壊と共に、死んだものとばかり……。何故、今更になって我らの前に……?」パイルシャッフルは呻くように声を絞り出した。

 「殺すからだ」死神は言い捨てた。

 その手にあったマルノウチ・スゴイタカイ・ビルにおけるネオサイタマ市警幹部暗殺の依頼が記された札が、ぐしゃりと握り潰される。

 「ドブネズミめいて這い回る、死に損ないのザイバツの残党ども。オヌシらがキョートでわずかばかり伸ばした寿命は、今ここで尽きる」

 「ほざけ、ニンジャスレイヤー=サン!」「この場を貴様のオブツダンにしてくれる!」

 スプラッシュとフィラメントが叫び、両側から同時に死神に襲い掛かった。彼らの高速カルタチョップがニンジャスレイヤーに迫る! スプラッシュの腕は奇妙に揺らぎ、フィラメントの腕は赤熱化している。

 カルタで鍛えたカラテとジツの相乗攻撃だ! その様はまさに、死神自身を札に見立てたニンジャのカルタ!!

 「イヤーッ!」「「グワーッ!?」」

 しかし、死神のカラテはやすやすとそれを打ち破った。ニンジャスレイヤーは、二人のニンジャを遥かに上回る速度で前方に踏み込んで高速カルタチョップをかわし、振り向きざまの手刀で二人の首を刎ね飛ばした。スプラッシュとフィラメントは、仕掛けるタイミングを読み間違ったのだ。オテツキ!

 「「サヨナラ!」」スプラッシュとフィラメントは爆発四散した。

 「取ったりィー!」「いただきィー!」

 続いてメーザーとリーフアウトが、背を向けた死神に向けて高速カルタチョップを繰り出す! メーザーの腕はカラテを食らわせた相手に追加衝撃を与えるべく微細に振動し、リーフアウトの腕からは危険な鋭利葉っぱを満載した奇怪植物が生えている。

 カルタで鍛えたカラテとジツの相乗攻撃だ! その様はまさに、死神自身を札に見立てたニンジャのカルタ!!

 「イヤーッ!」「「グワーッ!?」

 しかし、死神のカラテはやすやすとそれを打ち破った。ニンジャスレイヤーは、振り向くことなく両腕をムチめいてしならせて背後へと振るい、高速カルタチョップが届く前に二人のニンジャの頭を鷲掴みにした。

 「イヤーッ!」そのまま死神は両腕を振り子めいて前方へと振るい、二人の頭を容赦なくタタミに叩きつけ、トマトめいて粉砕した。メーザーとリーフアウトは、仕掛けるタイミングを読み間違ったのだ。オテツキ!

 「「サヨナラ!」」メーザーとリーフアウトは爆発四散した。

 四人のニンジャを瞬く間に殺害した赤黒の死神が振り返り、殺意に燃える双眸でパイルシャッフルを睨んだ。

 「残るはオヌシ一人だ、パイルシャッフル=サン。観念してハイクを詠むがいい」

 「おのれ、ニンジャスレイヤー=サン……! 俺を侮るなよ! イヤーッ!」

 パイルシャッフルは両掌をタタミへと向け、カラテシャウトを発する! すると散らばっていたカルタ札が、全て空中へと浮かび上がった! コワイ!

 「キネシス・ジツの類か。同じような芸を見せたケイビイン=サンとかいうサンシタを、私は殺した」

 「なるほど、確かに貴様はグランドマスターをも殺した怪物よ……。だが、この狭い室内においては俺の札こそがフーリンカザンだ! イヤーッ!」

 パイルシャッフルが繰り出す高速カルタチョップに合わせ、浮かび上がった札が一斉に死神に襲い掛かる!!

 「イヤーッ!」死神は側転してそれをかわすが、小回りの利く札は侮れない速度で飛来し、狭い室内ゆえに回避を制限された死神の装束の端を裂いた!!

 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 パイルシャッフルが札を操り、自らも高速カルタチョップを連続して繰り出す! 死神は一歩も引かず、その場に留まって縦横無尽にチョップを繰り出し、パイルシャッフルのチョップを弾き、飛来する札を叩き落す!!

 ごく狭い空間で乱れ飛ぶ札を挟み、互いの命という名のカルタ札にチョップを届かせようと繰り広げられるカラテ応酬は、さながら古代ニンジャのカルタによるカラテ修練の再現がごとし!!

 「イヤーッ!」「グワーッ!」

 やがて均衡は破られ、決着は付いた。死神の無慈悲なチョップ突きが、札を掻い潜ってパイルシャッフルの胸を貫通し、カルタ札めいてその心臓を掴み取っていた。

 「サヨナラ!」死神は容赦なく心臓を握り潰し、パイルシャッフルは爆発四散した。乱れ飛んでいた札が、力なくタタミに落ちた。

 短いザンシンを終えたニンジャスレイヤーは、小部屋に残る五つの焦げ跡とタタミに散らばった札を一瞥した。

 かつて人であった頃、妻子と共にオショガツのひと時をカルタ遊びで過ごした記憶が、彼のニューロンを掠める。死神はその記憶を胸の内に秘め、踵を返して眼前のフスマを開いた。ターン!

 奥へと続く薄暗い廊下。外で降り注ぐ重金属酸性雨の雨音が、小部屋の中に忍び込んできた。

 ニンジャスレイヤーは廊下を歩き去っていった。後には、もはや遂行する者のいなくなった邪悪なミッションが記された札たちだけが、虚しく残された。


 【ア・サツバツ・カルタ・パーティー】 終

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