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【ターン・ジ・アンダーガイオン・アップサイド・ダウン】

 「イヤーッ! イヤーッ! ハアーッ! ハアーッ! イヤーッ!」

 高層ビル内部の非常階段を、必死の形相で登っていくニンジャあり。白黒のニンジャ装束とメンポの下は、ニンジャとなってからは無縁だったはずの、恐怖から来る冷や汗に濡れていた。

 「クソッ……何故、俺がこんな目に……! 理不尽だ、俺はニンジャだぞ! ふざけるな! イヤーッ!」

 聞く者のいない恨み事を非常階段に反響させながら、ニンジャはソニックカラテを下方へと繰り出す。その手から放たれた衝撃波が、手すりを破壊すると共にニンジャをさらに上の階へと、弾くように移動させる。

 本来であれば、衝撃波を飛ばして離れた位置の相手を攻撃することを目的としたソニックカラテだが、このニンジャは精妙なるカラテコントロールにより、自身の身体を上へと浮き上がらせる推進力としているのだ。だが、背中に突き刺さった四枚のスリケンがもたらす苦痛と熱に、そのコントロールは今にも乱れそうだった。

 彼の名はホバークラフト。このソニックカラテのワザマエによる空中制動を武器に、キョート共和国を支配下に置く恐るべきニンジャ組織、ザイバツ・シャドーギルドにおいて堅実に実績を重ねてきた。厳格な位階制度が導入されている同組織内では下級に属するアデプト位階ながら、その中では中堅の部類に入りつつある存在である。

 この日も、どうということはないミッションを終えたはずだった。ザイバツの所有する違法サーバ施設から逃亡を図った愚かな奴隷エンジニアたちを追い詰め、苦もなく皆殺しにした。

 現場はアンダーガイオン。キョート共和国の首都たるガイオン、その地下にキョートの抱える闇を覆い隠すかの如く広がる、巨大多積層ジオフロントだ。奴隷エンジニア如きのために、こんなゴミ溜めに降りてこなければならないことに、内心では辟易すらしていた。

 悠々と地表のアッパーガイオンへ、支配者たる自分たちニンジャに相応しい場所へ帰還しようと、彼の逃亡劇の舞台ともなっているアンダーガイオン第六階層まで登って来た時。彼は、死神に遭遇した。

 ニンジャスレイヤー。遠く東、ネオサイタマに君臨していた恐るべきニンジャ組織、ソウカイ・シンジケートを単身で滅ぼした怪物。ネオサイタマの死神。ベイン・オブ・ソウカイヤ。その狂ったニンジャがキョートにやってきたという話は聞いていた。無謀にも、ザイバツに歯向かおうとしているのだと。

 自分には関係のない話だと思っていた。ザイバツを相手に一人で戦うなどと、まさに狂気の沙汰。すぐに潰されるに決まっている。だがそうはならなかった。キョートに向かうシンカンセンでのイクサを生き延び、続いてガイオン・ステーションでザイバツ・ニンジャたちに取り囲まれたはずがそれすらも切り抜け、そうして今このアンダーガイオンで自分を追い詰めているのだ。

 「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ! イヤーッ!」

 SMAAAASH! ホバークラフトはついに最上部へ到達し、非常階段のドアを蹴り開けた。

 屋上は暗色の世界。日の光など存在し得ないアンダーガイオン、その中でも安全の保証外と分類される空間。第六階層はその危険区域の中では一番上に位置するが、当然その環境は劣悪であった。

 下からは労働者たちを奴隷同然に働かせる工場群と安っぽい繁華街の発する光がわずかに届き、上には立ち込める陰鬱な汚染スモッグの向こうに、上層からの汚水が滴る強化コンクリートがわずかに見える。

 誰が見ても、もはや逃げ場のないネズミ袋。だが、ホバークラフトには勝算があった。

 「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ! ここか、イヤーッ!」

 ホバークラフトは屋上に置かれた非常ボックスを蹴り開けた。そこから折りたたみ式の強化カーボンフレームと黒い布が飛び出した。

 彼は一瞬のうちにこれを背負った。そして紐を引く。バサム! 折り畳み傘が開くにも似て、それはたちまち大型の背負い式凧(カイト)となった。黒布地には紫色で、菱形正方形を中心で分けた二つの三角形に、それぞれ「罪」「罰」と書かれたシャドーギルドのエンブレム。緊急事態に備えてビル屋上に設置してあった、ザイバツの非常脱出用カイトである。ホバークラフトは頭上のコンクリートを睨んだ。一瞬遅れて、階下から階段を駆け上る足音が聞こえてきた。

 「どこへ逃げようと無駄だ! イヤーッ!」

 SMAAAAASH! ニンジャスレイヤーは屋上ドアを蹴り開けると、隙のない四連続側転で屋上の中心部へと達した。そしてジュー・ジツを構え、困惑した。

「バカな……!? ホバークラフト=サン、どこへ消えた!」

「ここだ、ニンジャスレイヤー=サン!」

 背後、汚染スモッグの彼方から、ホバークラフトの高笑いが聞こえた。

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、そちらを見た。緊急脱出用カイトで、ホバークラフトは空無きアンダーガイオンの頭上へと逃げたのである。その距離すでに百メートル超。

 通常であれば、地下深くで大きな空気の流れも少ないアンダーガイオンにおいて、凧を操るのは困難である。しかし、ホバークラフトはそのソニックカラテによる空中制動のワザマエにより、自ら推進力を生みだしつつ僅かな空気の流れを捉え、見事に凧を操っていた。

 上層と下層を隔てる強化コンクリートすれすれを飛ぶホバークラフトの姿は、まるでアンダーガイオンを天地逆転させ、コンクリートを地面と定めて悠々と歩いていくようですらあった。

 「おのれ……!」

 ニンジャスレイヤーの腕が怒りに震える。その腕が、彼の憎悪の結晶たるスリケンを生み出す!

 「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲! 恐るべきコントロールと推進力により、スリケンはホバークラフトに迫っていく!

 「無駄だ! イヤーッ!」「ヌウッ!?」

 しかし、ホバークラフトは素早くソニックカラテを繰り出し、凧を上下逆さに反転させると汚染スモッグの向こうの強化コンクリートを蹴った!

 空中ではあり得ぬ推進力がもたらされ、ホバークラフトはスリケンを回避! 間髪入れずに再び衝撃波を発生させて汚染スモッグを散らしつつ、コンクリートすれすれの高度を維持する! ソニックカラテによる空中戦の経験を積んでいるからこそ可能な、さしもの死神も呻きを漏らす見事な空中制動!

 「フーリンカザンは我にあり!」

 彼のニンジャ聴力はホバークラフトの勝ち誇った叫びを聞く。

 「ザイバツに逆らった貴様の運命は死以外にあり得ん! いずれくたばるしかない胡乱な狂人に、これ以上我々ザイバツ・ニンジャの尊い命を奪う権利などあるものか! 貴様の死の知らせを、スシでも貪りながら俺が聞く日は遠くない! サラバだ!」

 (((……ニンジャスレイヤー=サン、敵の言葉に惑わされてはならぬ。そして内なる邪悪にも惑わされてはならぬ))) ドラゴン・ゲンドーソーの教えがニューロンに木霊する。(((フーリンカザンの声を聞け。そして信じるのはただ、鍛え上げた己のカラテのみ。このドラゴン・ドージョーの教え、ゆめゆめ忘れることなかれ……)))

 「ホバークラフト=サン、オヌシが聞くのは自分自身の断末魔の叫びだ……!」

 ニンジャスレイヤーはカッと目を見開き、さらに複数のスリケンを生み出すと、次々とそれを投擲する!

 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」

 ホバークラフトは凧を操りながら、その様を嘲笑った!

 「愚かな! 一発のスリケンが当たらなかったからと言って、一千発のスリケンを投げようとでも言うのか! 無駄だ! 一発たりともそのスリケンは俺には届かんぞ!」

 再びホバークラフトはコンクリートを蹴り、スリケンをかわす! そこへまたスリケン! ソニックカラテで上昇し回避! 頭上のコンクリートを地面の如く踏みしめる!

 「グワーッ!?」

 その途端、ホバークラフトが突如として苦痛の叫び声を上げた! いったい何が起こったのか!?

 読者の皆さんの中にニンジャ視力を持つものがいれば、ニンジャスレイヤーが投擲したスリケンが、ホバークラフトの進行方向のコンクリートに突き立っていることに気が付かれたであろう。

 そう、ニンジャスレイヤーは頭上コンクリートを地面に見立ててスリケンを回避するホバークラフトに対抗し、自らもコンクリートをあたかも地面のように利用し、非人道兵器マキビシを設置するかの如くに投擲したスリケンを設置トラップと化したのである! ホバークラフトは知らず知らずのうちにスリケンによって動きを誘導され、突き立ったスリケンの上に着地させられたのだ!

 何たるアンダーガイオンの特異な環境と天地逆転したかの如きイクサの様相の引き起こした変則的カラテ複合体か!

 「バカな……! こんなことが……!」

 足裏から鮮血を噴き出し、苦痛と動揺でついにソニックカラテのコントロールを失ったホバークラフトが彼方に見たのは、装束越しの背中に縄めいた筋肉が浮かび上がらせ、ジュー・ジツの禁じ手、ツヨイ・スリケンの投擲姿勢をとった死神の姿!

 「ハイクを詠むがいい! ホバークラフト=サン! イイイヤアアアアアーーーーーッ!」

  やや下方から掬い上げるように投げ放たれたツヨイ・スリケンは、獲物めがけて疾走する地獄の猟犬めいてアンダーガイオンの暗闇を切り裂き、落下しかけていたホバークラフトに到達! ニンジャの心臓を背中側の強化カイトごと貫き、勢いのまま急上昇! いくつものスリケンが突き刺さる頭上コンクリートに、ホバークラフトを叩きつけた!

 「グワーーーーーーーーッ!」

 ホバークラフトは天地逆に空へと転落していくかの如く、頭上コンクリートに激突し、そこに待ち受けるように刺さっていたいくつものスリケンに全身を貫かれ、コンクリートに磔となった!

 その身体を汚染スモッグが覆い隠す! その向こうから、くぐもった断末魔の絶叫!

 「サヨナラ!」

 汚染スモッグの向こうで誰にも顧みられることなく、ホバークラフトは爆発四散した。パラパラと降り注ぐ爆発片は上層から滴り落ちる汚水と共に、闇の中へと消えていった。

 アンダーガイオンをひっくり返したかのような、天地逆転の奇妙なイクサなど知る由もなく、眼下の工場群は無機質な稼働音を響かせ続けていた。

 「……ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……」

 投擲終了ザンシン姿勢のまま、己の投じたツヨイ・スリケンの軌跡を睨み続けていたニンジャスレイヤーは、やがて片膝をついて呼吸を整え始めた。

 キョート共和国に入国してから絶え間なく続くイクサ。グラディエイター、ヘッジホッグとのシンカンセンの上での激闘。恐るべきゾンビーニンジャ、ジェノサイドとの衝突。ガイオン・ステーションにおけるザイバツ・ニンジャ集団の襲撃。そして、一か月にも渡って自らをストーキングしたフォビアとの暗闘。数々の危機に直面し、死神にも流石に疲弊の色が見える。

 だが、長く足を止めてはいられない。このままさらに下の階層へと向かい、私立探偵タカギ・ガンドーなる男を訪ねねばならぬ。そして、その先にある新たなイクサに身を投じる。ソウカイヤに並ぶ妻子の仇たる組織、邪悪なるザイバツを叩き潰すため。

 ニンジャスレイヤーは復讐の誓いを新たにすると、再び立ち上がり、力強く跳躍ダイヴした。

 「Wasshoi!」

 キョート共和国が覆い隠す闇の底、アンダーガイオンの更なる下層へと向かって。

【ターン・ジ・アンダーガイオン・アップサイド・ダウン】 終

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