見出し画像

【モノローグ・オブ・ア・フクブクロ】

 俺の身体に飛び散った返り血が、路地裏の汚れた地面へと垂れ落ちていく。さっきまで俺を握って家路を急いでいた男の血だ。そいつは今、俺の目の前で死んでいる。

 一瞬のことだった。近道でもしようとしたのか、人気のない路地裏を通過しようとした男の身体が、袈裟懸けに裂けたのだ。その瞬間、俺は確かに耳をつんざくような「イヤーッ!」というシャウトを聞いた。

 何が起きたのか、俺にはまるでわからなかった。ただどうやら、倒れた男をゴミのように蹴り飛ばし、俺の方へと近づいてきたそいつが、男を殺した張本人であるらしいことは理解できた。そいつは鮮血を滴らせる手で俺を掴み上げると、俺の中身を覗き込んだ。

 そいつは、いかにもな厳つい顔の下半分をメンポで隠していた。メンポ……つまり、こいつらはニンジャなのか? 俺の売られていた服売り場の向かいのスペースの、子供向け売り場に並んでる玩具としてくらいしか見たことはなかったが、眼前の光景がどれだけ異質か理解するにはその程度の知識で十分だった。こいつらは、あのニンジャだっていうのか?

 俺には、何が何だかさっぱりわからなかった。ただ、そのニンジャらしき男のメンポにあしらわれた、二本のカタナが交差したエンブレムだけが目に焼き付いた。

 「……だせえ服の詰め合わせ。あんたの予想で的中だな、ハイウェイマン=サンよ」

 「へへっ、こいつみてえな気取った若い男ならだいたい服さ。これで全員一勝ずつ、イーブンだ。残念だなフットパッド=サン、せっかくいの一番に当てたのにな」

 「当てたのは最後のくせに偉そうによ! さあとっとと次探しに行くぞ! カネは抜き取ったか、スティックアップ=サン!」

 「ああ、終わったよ。チッ、シケてやがるぜ。三人も襲ってこれだけかよ。新年早々景気の悪い奴らばっかりだ」

 「マケグミどもなんて、どいつもそんなもんさ。小遣い稼ぎのモータルハンティングに変な期待したって仕方ねえよ! それより賭けの続きだ!」

 仲間らしい二人がいつそこに現れたのかすらも、俺には全くわからなかった。フクブクロの俺にすら、そいつらが本当にニンジャで、どれだけ残虐で身勝手なことを言っているのかはわかった。俺を掴んでいたニンジャは、無造作に俺を投げ捨て、もう俺の方には見向きもしなかった。俺の中に詰まっていた服たちが路地裏に滑り出て沈黙した。あいつらも、もう着られることはないだろう。

 俺はたかがフクブクロだ。コケシマートで年始のセールの時にだけ売られ、この重金属酸性雨降りしきる猥雑な都市、ネオサイタマの小市民を束の間楽しませるだけのちっぽけな存在だ。

 だが、だからといってこんな扱いを受けていいのか? 俺を買ったあの男が、殺されるだけの何をしたっていうんだ? こいつらの賭けのネタにされるためだけに殺されたのか? 俺の中身を見てあいつがどんな顔をするのか、それを見届けることだけが俺のごく短い生涯で唯一の楽しみだったっていうのに、それすらも無慈悲に奪われるなんて。

 俺は、身体の表面にプリントされたコケシマートのコケシマークの無表情な瞳で、精一杯にそいつらを睨みつけた。だが、そんなものがニンジャ相手に何の効果があろうものか。

 俺は悔しかった。出せるはずもない声を絞り出すように魂で叫んだ。誰か、このクソッタレのニンジャどもをぶっ殺してくれ。殺された男の仇を討ってくれ。こいつらがこれから殺す奴らを、その殺される奴らが握りしめているフクブクロたちを、どうか救ってやってくれと。

 「イヤーッ!」

 その時だった。俺は再び、あのシャウトを聞いた。目の前のこいつらが発したものと同種の、しかしクソッタレのニンジャどものそれとは比べ物にならない力強さと恐ろしさに満ちた、鋭いシャウトを。

「アバーッ!?」

 ついさっき俺を買った男を虫ケラのように殺したニンジャの身体が、袈裟懸けに両断された。そう、両断だ。フクブクロの俺にすらわかる。それはクロスカタナのニンジャどものそれとはあまりにもレベルの違う、凄まじい殺意の一撃だった。

 「サヨナラ!」「バカナー!?」「フットパッド=サン!?」

 真っ二つになったニンジャの身体は、爆発四散してその場から消えた。後には斜めに斬られた肉片と頭部だけが残った。ある意味じゃ、フクブクロよりも儚い最期だ。俺はそんな場違いなことを考えながら、呆然とそいつを見上げた。

 そいつは赤黒の装束を身に纏い、禍々しい「忍」「殺」という文字が刻まれた鋼鉄のメンポで顔を覆っていた。唯一露出したその眼光は、動かないはずの俺の身体すら震えあがりそうになるほど恐ろしかった。

 ニンジャだ。ニンジャがもう一人現れて、クソッタレのニンジャをぶっ殺したんだ。俺には、それだけがわかった。

 「ドーモ、はじめまして。ニンジャスレイヤーです」

 「ドーモ、はじめまして。ニンジャスレイヤー=サン。ハイウェイマンです」

「ドーモ、はじめまして。ニンジャスレイヤー=サン。スティックアップです」

 ニンジャたちは、丁寧にアイサツを交わした。何故たった今仲間を殺した相手と、呑気にアイサツなんか交わすのか。俺にはわからなかったが、そこにはとても邪魔できない厳粛なアトモスフィアがあった。

 「ニンジャスレイヤー=サン、だと……? 去年のクリスマス以来、ソウカイ・ニンジャを殺して回る異常者がいるって噂は聞いてたが……」

 「実在したってのかよ……テメッコラー! ソウカイヤにたてついて、ただで済むと思ってんのかコラー!」

 「ただで済まさぬのは私の方だ。ソウカイヤの犬ども」

 ジゴクめいた声だった。地の底から湧き上がってくるようなその声音は、俺のみならずニンジャどもすら硬直させた。

 「私は貴様らの存在を許さぬ。全て殺す。ニンジャ殺すべし」

 「狂人がァー!」「てめぇがシネッコラー!」

 二人のニンジャは同時にその赤黒のニンジャに襲い掛かった。俺には、あまりの速さにニンジャどもが色付きの風になったようにしか見えなかった。チャカ・ガンの乱射音が聞こえ、スリケンらしきものが赤黒のニンジャがいた地面にいくつも突き刺さったのは見えた。多分、クソッタレのニンジャどもの攻撃だろう。

 そう、クソどもの攻撃はそれで終わりだった。次の瞬間には、赤黒い風が路地裏を吹き抜け、それで決着がついていたんだ。

 「イヤーッ!」「グワーッ!?」「サヨナラ!」

 気がつくと、クソニンジャどもは二人とも爆発四散していた。赤黒のニンジャ、ニンジャスレイヤーと名乗った男が、クソどもの断末魔に歪んだ生首を手にぶら下げていた。

 クソどもの攻撃を全てかわし、すれ違いざまの一瞬で首をもぎ取ったんだろうと、俺はそう思った。あまりにも無茶苦茶だ。荒唐無稽だ。だが、このニンジャスレイヤーって男はそれをやってのけたんだ。

 クソどもをあっという間に皆殺しにした赤黒のニンジャは、最初に殺したニンジャの残骸の方に歩いていくと、同じようにその首をもぎ取った。それから、殺された男の死体の方に一度歩み寄って屈んだ。まるで悼むように。

 そして、今度は俺の方を振り返った。仇どもを殺してくれた感謝は、恐怖に上塗りされた。そいつは、俺の方に歩み寄って来た。

 そして、クソッタレニンジャどもの三つの生首を、空になった俺の中に入れたんだ。信じられるか? 大量生産の服の詰め合わせなんてありふれたフクブクロだった俺が、ニンジャの生首が三つ詰まった唯一無二のフクブクロに生まれ変わったのさ。

 こいつは頭がおかしいんだと、そう確信したね。こんなイカれたフクブクロを欲しがる奴なんて、こいつ以外にいるもんか。

 そいつは俺を握りしめると、例のシャウトと共に凄まじい勢いで跳び上がって、ネオサイタマに立ち並ぶビルやら何やらを飛び渡り始めた。とんでもない速度で後ろに流れていく景色、あんなにうっとうしかったネオンの光が流星めいて綺麗だった。フクブクロなんぞには刺激的すぎる、凄まじい体験だったよ。

 最終的にそいつが行き付いたのは、ネオサイタマの中でも有数の高所、マルノウチ・スゴイタカイ・ビルの屋上だった。遥か眼下に、猥雑に灯るネオンサインが見える。吹きすさぶビル風が冷たかった。

 赤黒のニンジャは俺の中から一つずつニンジャの生首を取り出すと、屋上から四方の張り出したシャチホコ・ガーゴイルの口に、その生首を詰め込んでいったんだ。やっぱりこいつは狂ってやがる。何をやってるのか、さっぱりわからない。

 だが、一つだけわかったことがある。この狂ったニンジャは、元々はきっと真面目で誠実な男だったんだろうってことだ。何故かって? そいつは、その後俺のことを労わるように丁寧に畳んで、きちんとネオサイタマのゴミの分別方法に従って俺を処分してくれたのさ。

 人間の命すらも簡単にその辺に投げ捨てられるこの街じゃ、俺達みたいな物なんてもっとひどい扱いだ。暗黒メガコーポに大量生産されるだけされて、使われもせずに捨てられるなんてチャメシ・インシデントさ。まして年に一度のフクブクロ、他に使い道もありゃしない。中身が買ったやつの気に入らなければ、腹いせにビリビリに破かれたり、道端に放り棄てられるなんて当たり前だ。

 それでなくとも、ゴミの分別なんて最低限出来れば上出来ってくらいに消費の激しいこの街でだぜ。それでようやく、俺は感謝しようって気になったよ。ブッダも寝過ごすこの世の中で、俺を買った哀れな男の仇を討ってくれて、クソどもにこれから襲われるはずだった人々とフクブクロたちを助けてくれた。俺の短い生涯に、来世でも忘れられそうにない鮮烈な体験を刻んでくれた。

 立ち去っていくそのニンジャに、届くはずもない礼の言葉をかけたよ。その時、あいつが一度振り向いたのはきっと気のせいじゃないね。俺はそう決めた。

 あの赤黒い狂ったニンジャが、これからどんな人生歩んでいくのか、俺なんかにはわからないけど。出来れば、幸せになってくれればいいな。そう思いながら、俺は静かに意識を手放した。

【モノローグ・オブ・ア・フクブクロ】終

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?