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古橋、旗手らSPFL勢はなぜ評価されないのか?スコットランド代表選出から考察

はじめに

3月15日、日本代表メンバー発表会見にて森保監督がスコティッシュ・プレミアシップ(以下SPFL)のリーグレベルについて言及し、議論を呼んでいる。個人としては、彼の発言は総合的判断の根拠の一例に過ぎないもので、決してSPFLを軽視する意図があったとは考えていない。下記に会見の議論になっている部分を引用した。

記者:セルティックで活躍している古橋選手、旗手選手、CL含め欧州で結果を残していると思う。クラブで出場機会が無い選手も選出されているが、どのような理由で選出外となったのか。

森保:セルティックの試合は全て見ている。コーチ陣と映像による視察やCLの視察も行なった。結果を出している所、チーム内での存在感が上がっていることも把握している。その中で、招集はこれという絶対的な判断基準があるというわけではない。総合的に判断していることを理解してもらいたい。リーグのレベルや置かれている状況がそれぞれ各国違うという所など、色々なことを考えて招集した。今回カタールW杯での人選をベースに複数人加えて活動していく中で考えた。あとはこの一回だけが代表活動では無いということも理解してもらいたい。2026年に向けて最強のチーム作りを行なっていく中で、人選を限定せず、幅を広げながらチーム力を上げていく。彼ら(古橋と旗手)は今回選ばれてもチームの戦力として問題なく活動、活躍してくれると思う。が、違う選手を見たい、試したいという理由で招集外になった所もある。複合的に色々なことを考えてです。すみません、よろしくお願いします。
https://www.youtube.com/live/EfOxs5X20cc?feature=share 40:35付近から引用。
文字起こしの過程で読み易さに考慮し、
語尾などを改変した部分があります。

古橋亨梧、旗手怜央の2名がまたしても落選した事に対して巻き起こった今回の騒動。実はスコットランド代表が似たような状況を抱えているのをご存知だろうか。

今回はそれらを踏まえ、SPFLはプロの世界でどう評価されているのか、スコットランド代表の選出状況を題材に考えたい。

SPFLの実情

出典:SPFL公式Twitter

前提として、SPFLの現在地を確認する。

まず、リーグの相対的な立ち位置である。これに関しては以下に引用したOpta Analystに基づくベン・メイブリー氏のツイートが分かりやすいだろう。セルティック、レンジャーズを除き、J1と同格かそれ以下という結果になっている。データが全てでは無いとはいえ、私個人としても、この結果は観戦して感じるSPFLのレベル感とかけ離れたものでは無いと感じた。

また、SPFLはリーグ内格差の大きなリーグである事を強調しておきたい。現在のSPFLはセルティック、レンジャースの2強リーグというに相応しい。添付のリーグテーブルをご覧頂けば分かるように、2チームは他のチームから勝ち点のみならず、得失点差でも大きく水を開けている。言葉を選ばなければ、上位2チームにとって"ぬるま湯"とも言えてしまう環境だろう。

出典:Futmob

SPFLから選出されない代表メンバー

出典:ロバートソン公式Twitter

まず、件の日本代表発表と同タイミングで公開されたスコットランド代表の面々を確認したい。

SPFLからの選出は僅か4人である。GKのクラーク、ケリーの2人を除けばFPは2人。セルティック、レンジャーズから1人づつの選出に留まった。他の選手の多くはプレミアリーグを初めとした欧州5大リーグでプレーしており、話題のリーグレベルに照らし合わせても違和感はないだろう。

一方、イングランド2部チャンピオンシップ(以下EFLC)から6人が選出されていることに注目したい。勿論、所属人数等の議論が必要ではあるが、直観的に考えればEFLCがSPFLより評価されている、と解釈できる。

そこでEFLCとSPFLのレベルをOpta Analystを用いて比較したのが以下だ。セルティック、レンジャーズがやはり飛び抜けており、以下はEFLCのクラブがほぼ優勢という結果になった。この結果は前提部分で示したJとSPFLの比較に似ている。

同じようにJとEFLCを比較したデータが以下だ。こちらは1位からJクラブとEFLCクラブがほぼ均等に分散しており、データの上ではリーグレベルが拮抗していると考えられる。

筆者はこの結果からリーグレベルにおいて、Jリーグ≒ EFLCであると考える。そしてこれを前提に、SPFLの母国スコットランド代表選考においてさえ、日本代表選考と同じようにSPFLでの活躍は評価されていないのでは無いかという仮説を立てた。

以下ではこの仮説を補強すべく、SPFLの選手が評価されていない具体的なポジションとTwitter上での現地スコットランド代表サポーターのリアクションを示していく。

評価されないSPFLでの活躍

CF編

出典:アダムス公式Twitter

今回の代表にはCF起用され得るアタッカーとして
チェ・アダムス(サウサンプトン)
レンドン・ダイクス(QPR)
ジェイコブ・ブラウン(ストーク・シティ)
の3名が名を連ねている。 

アダムス選出についてはプレミアリーグでプレーしているので議論しない。今回議題にしたいのはダイクスとブラウンの2名だ。彼らは共にEFLCでプレー。今季の成績はダイクスが6G2A/31M、ブラウンは5G1A/33Mとコンスタントな出場は果たしているものの、今ひとつ振るわないスタッツである。

この選出に対してスコットランドサポーターからは以下のような意見が挙がっている。

"シャンクランドが居ない"
"ニスベットやハーディを差し置いてブラウンが選ばれたのは信じられない。彼のチャンピオンシップのスタッツは悲惨だよ。"
"ブラウンは代表入りに相応しいのか?確実にニスベットの方が良いオプションじゃないか?"

今回の議論に有用かつ、いいねによる同意が多い意見を抜粋した。ツイートで名前が挙がった選手はSPFLで好成績を収めている。(2つ目のツイートで紹介されたイングランド3部のライアン・ハーディ、また掲載しなかったものの多くの待望論があったオリバー・マクバーニーはSPFL所属では無く、今回の議論では不要なので紹介を省きます)

それではサポーターらが名前を挙げた、SPFLからの候補者を簡単に紹介する。

ローレンス・シャンクランド(ハーツ)

出典:ハーツ公式Twitter
今季17G4A/28M。27歳、ハーツの攻撃の要。ハーツは今季49G、約1/3が彼の得点だ。圧倒的な活躍と言って差し支えないだろう。

ケビン・ニスベット(ハイバーニアン)

出典:ハイバーニアン公式Twitter
8G1A/10Mの成績。昨季末に負った十字靭帯の断裂から見事に復活し、早々にハットトリック、ブレイスを連続して記録した。26歳。

彼らは少なくともスタッツ上はダイクスやブラウンを上回っている。特にシャンクランドはそれこそ古橋のように、チーム内得点王として圧倒的な成績を収めており、待望論が出るのも頷けるだろう。それでもなお協会がJリーグと同レベルと考えられるEFLCの選手を優先するのは、まさにSPFLで出場、活躍することが母国協会でさえ評価されていないことの表れでは無いだろうか。

SB編

出典:ロバートソン公式Twitter

スコットランドはSB大国である。今回の代表にもアンドリュー・ロバートソンを初め名手が数多く選出された。スコットランドサポーターの中には、そんな世界的選手が揃うポジションの選考にもSPFLの選手を加味するべきでは無いかという意見があるようだ。

"グレッグテイラーが居ない😭 (セルティックの事を考えたら)正直言って、代表のスカッドにセルティックのプレイヤーは少ない方が良いけど。"
"この画像にグレッグ・テイラーが表示されてないだけだよね?"

これ以外のTwitterの言論を見ても、グレッグ・テイラーを代表に推すツイートはかなり多くの良いねを集めている。

それでは彼について簡単に紹介する。

グレッグ・テイラー(セルティック)

出典:セルティック公式Twitter
今季、3G2A/24Mの成績。LSBが主戦場だが、LSHやボランチでプレーした記録もある。25歳とこれからがまだまだ楽しみな選手。目力が強い。

テイラー選出を支持する人々は恐らく、ロバートソン、キーラン・ティアニーという同じくLSBを主戦場とする選手とテイラーを入れ換えろと言っているわけでは無い。というのも、今回のナショナルウィーク、スコットランドはキプロス、スペインと対戦する。この場合、格下のキプロスに対して主力を温存するオプションとしてテイラーが有用だと考えられる。
また、スコットランド代表は豊富なSB人材を生かすべく3-4-3を主軸のフォーメーションとしている。この場合、ティアニーはHV(LCB)を務め、ロバートソンはLSHとしてプレーをする。そうなれば他のCB陣もテイラーの選出に関わってくることになるだろう。CBには、EFLCのワトフォードでプレーするライアン・ポルテオス、ベルギーのクラブ・ブルッヘ所属、ジャック・ヘンドリー、EFLCのノリッジで活躍するグラント・ハンリーといったメンバーが選出。彼らとテイラーの間に実力差があるのかは個人によって判断が分かれる所だ。
これらを考慮すれば、テイラー選出は議論の余地があるだろう。

このケースから考察できるのは、ファンと監督らプロの間でのSPFLで活躍することに対する評価の差である。グレッグ・テイラーは確かにセルティックで際立ったプレーを見せているが、前提でも述べたように実力差のある相手と対峙しているに過ぎないと見做されている可能性は否定できない。

実際にスコットランド指揮官、スティーブ・クラークは次のような発言を残している。

スコットランド指揮官スティーブ・クラークはグレッグ・テイラーが最新の代表メンバーから落選したことについて次のように述べた。

"それについては1.2個の小さな問題がある。私が言うことではない。セルティックの問題だ。"

SPFLに所属する選手が受ける評価

出典:前田大然公式Twitter

ここまでスコットランド代表から惜しくも漏れたSPFL所属選手、そして彼らの成績やライバルとなり選出された選手を紹介してきた。選ばれなかった彼らに共通するのは、SPFLで残した目を見張るようなスタッツが、EFLC含む他リーグで平凡なプレーに終始することと同等かそれ以下しか評価されなかったということ。この状況はセルティックで20G2Aを記録しながら落選した古橋、ハイパフォーマンスで高い評価を得ながら選考から漏れる旗手にも通ずるものがある。

SPFLでの成績が正当に評価されていないように見えるのは、やはりリーグレベル、そしてリーグ内格差の影響が大きいのではないだろうか。素晴らしいスタッツを残しているように見えて、その実チームパワーに差のある相手に活躍しているだけだ、と評価される可能性は十分にある。Optaの指標に従うならば、セルティックやレンジャーズに所属しSPFLで凄まじい活躍を見せることは、J1で圧倒的な戦力をもつチームで、J2相手に無双することと何ら変わりない。

これらを踏まえて考えれば、森保監督の発言も決してSPFLを軽視していた訳ではなく、正当に評価し、正直に見解を述べただけではないだろうか。世界の何処よりもSPFLを熟知し、評価しているはずのスコットランド代表選考がこの状況であることは、この意見の正当性を何よりも補強してくれる。

そもそも、選手の実力とは別にそれぞれ監督との相性というものも存在する。この適性を欠くばかりに出場機会を得られないというのは、代表のみならずクラブでもよく見られる事象だ。その中で生き残っていくには、戦術適性を補う程の実力を認めさせるしかない。その為にはやはり5大リーグのような高いレベルに身を置き、素晴らしい成績を収めるほかないだろう。

出典:ティアニー公式Twitter
現在では代表で確固たる地位を築くティアニーも代表選出当初はセルティック所属。アーセナルに移籍し、高いレベルに身を置いたことでその立場を確立した。

スコットランド代表には上記のティアニーを始め、多くの実例がある。EURO2020ではSPFLから7人の選出があったスコットランド代表。当時セルティック所属のライアン・クリスティーはその後ボーンマスへ移籍。イングランドの厳しい環境で研鑽を積み、代表での地位を固めた。その一方で、ユーティリティプレーヤーとして評価され、EURO開催時21歳という若さで代表に選出されたデイビッド・ターンブルはセルティックに留まり続け、代表から遠のいた。先程紹介したテイラーもこの道筋を辿った1人だ。
カラム・マクレガーのように、SPFLに在籍しながら代表に定着している選手も存在する。しかしそれは普段の活躍というよりは、むしろ監督の方針や戦術との相性によるものだろう。古橋よりも少ないゴール数ながらセルティックから日本代表に選出され続けている前田大然にも同じことが言えそうだ。

出典:セルティック公式Twitter
優勝を喜ぶロッカールームには日本人選手の姿がある。中央でトロフィーを持つのがスコットランド代表、カラム・マクレガー。クラブではキャプテンを務める。

最後に、想定される意見に答えてこの記事を締め括りたい。ここまでのより高いレベルに身を置く事が評価に繋がる旨の説明を受け、「古橋や旗手を抑えてJリーグから選ばれている選手はどうなんだ」と感じた方もいらっしゃるかもしれない。この意見に関してもやはり、「Optaの指標に従うならば、セルティックやレンジャーズに所属しSPFLで凄まじい活躍を見せることは、J1で圧倒的な戦力をもつチームで、J2相手に無双することと何ら変わりない」という部分を強調して反論する。なぜならこの基準に従えば、J1で活躍することはSPFLで同じような結果を見せるより価値が高いからだ。J1ではなくSPFLに籍を置く意義は、リーグレベルそれ自体というよりも、むしろ欧州トップリーグへの地理的な近さや、欧州コンペティションへの参加に起因するスカウトの目に留まる機会の増加である。例えば、南野拓実はSPFLと同じ様にさほど高いリーグレベルではないオーストリアで機会を待ち、CLのここぞというタイミングで活躍を見せた事でリバプールへの切符を手にした。日本代表級の選手を目指すのなら、SPFLで活躍すること自体ではなく、そこを足掛かりにステップアップすることの方に目的の主軸を置くべきなのではないだろうか。

終わりに

出典:日本代表公式Twitter

SPFLで活躍することの評価に対して巻き起こった今回の騒動。これまでの要素を総合し(Twitter上で飛び交う切り抜きや報道記事の見出しに恣意的な側面があることにも留意したい)、個人としては森保監督の判断は非難されるほど誤ったものではないと感じている。

旗手やテイラー、ターンブルを初め、SPFLには将来を嘱望される逸材が複数在籍。さらに、古橋やシャンクランドといった正にキャリア最盛期を迎えようという選手も所属している。1人の日本代表サポーター、そしてスコットランドサポーターとして、彼らが世界に旅立ち、自らの実力を代表指揮官に認めさせることを願っている。

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