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短編小説1(中編) 流血のディエップ~怠惰終焉~

【これより前の文は前編をご覧ください】
※グロテスク表現あります。苦手な方はご注意下さい。

斜面から顔を出すと、悪夢のような光景が広がっていた。
ブリーフィングのなかで元々は園芸果樹園だったという話が出ていたが、その先の市街まではまっさらな草地が広がるばかり。
そこには機関銃座やコンクリート製のトーチカはもちろん、最悪な事に鹵獲したフランス戦車の砲塔を利用した野戦砲台まで見える。
攻略対象の防御拠点の中で厄介なのがまさにこのタイプのものだ。
全面が装甲化されているため、機関銃はおろか手榴弾ですらも破壊は困難。
対戦車砲を引っ張って来ようにも、胸壁を乗り越えるのは無理だ。
風の噂では携帯用の対戦車兵器がイギリスで開発途中らしいが、今は無い物ねだりをしても仕方がない。
頼むぜチャーチル歩兵戦車、上手くやってくれよ。
機関銃弾に撃たれ、敵の対戦車砲にその身を揺らしながらも、MkⅢの6ポンド砲が砲火を開くと、面倒なフランス生まれの転用品は煙を上げる。
そしてチャーチルMkⅢはついでとばかりに目についたコンクリート製のトーチカにも榴弾を叩き込む。
轟々と土煙が上がるのを見止めた大尉は、それが合図であったかのように、突撃の号令を下した。
その瞬間、オレは任務云々より、可能な限り自分が生き残る事に腐心するとのかねてよりの決意をさらに固くした。
目の前の敵を殺さないと、自分が死ぬ。
生き延びる為に命を賭けて、敵の命をとらなくてはならない。
そのために今できる事が、部隊の皆と協力し、戦車の前進を助け、敵を排除する事なのだ。
中隊のブレン軽機関銃が火を吹くと、兵士達は分隊毎にアローヘッド隊形をとりながら突進した。
ある分隊が敵に伏射で制圧射撃を食らわすと、別の分隊が敵に側面から突っ込む。      
こうして歩を進めるにつれて、まるでモグラのようにドイツ兵どもが地面から顔を出しはじめた。案の定、そこらじゅうに1人用や2人用の掩体が掘られてやがる。防御側が採る行動としては定石だ。
「ウジ虫どもを叩き出すぞ!」
オレも伏射の態勢を取ると、リー・エンフィールドの照門に照星を合わせて息を止め、引き金を絞る。
次の瞬間、1人用掩体に居座るMK38ヘルメットが崩れ落ちた。
「手榴弾に注意しろ!」
弾倉を交換しつつ仲間に警戒を促したその時、敵掩体郡より少し離れた左手に、偽装されたPaK38対戦車砲が目に止まる。
チャーチルMkⅢを狙うつもりだ。
掩体からの射撃はもちろん厄介だが、敵の対戦車砲も放ってはおけない。
あれは榴弾も撃てるように作られている。それがこっちに向けばひとたまりもない。
「10時に50mmだ。潰せ!」
命令を受けた兵長がステン短機関銃を乱射する。
しかし、敵の砲兵達も防盾で防ぎつつチャーチルに狙いを定める。
次の瞬間、徹甲弾がチャーチルMkⅢの前面装甲を一撃した。
鈍い音が弾ける。
バカが、アイツにそんな豆鉄砲が効くかよ。
だが慢心とは裏腹にチャーチルはふらふらと酔っぱらいの千鳥足のように走りだすと、やがて先ほど自分が吹き飛ばしたコンクリート製トーチカの入り口に嵌まりこんでしまった。
どういう事だ?前面装甲最大100mm以上のチャーチルが、たかだか50mm程度の豆鉄砲を遠距離から食らったくらいでやられるなんてあり得ない。
まさか、操縦手用のペリスコープを直撃したってのか?
おいおい冗談だろ?オレ達の攻撃を防盾で凌ぎつつ、それだけの事をやってのけたってのか?
厄介な奴らだ。今のうちに殺しておかないと、今度はオレらがミンチにされちまう。
ステン短機関銃を持つ兵長に繰り返し射撃を命ずると、リー・エンフィールドを構えなおす。
しかし、いくら撃っても防盾に弾かれてしまう。
そうこうしているうちに敵砲兵は近くの退避用の掩体に隠れてしまった。
まるで台所のネズミみてぇにすばしっこい連中だ。
対戦車砲兵の掃討を一旦諦め、再び対峙している掩体郡への攻撃に加わる。
しばらくすると、擱座したチャーチルMkⅢの中から戦車兵達が出て来た。
それに反応した左前方の2人用掩体に隠るドイツ兵が、退避するカナダの戦車兵を撃とうと銃口を向ける。
バカどもが。背を向ける奴に狙いつけてもしゃあねぇだろが。
オレは、ここぞとばかりに味方の戦車兵を撃とうとする敵を喰いにかかった。
戦車兵の命どうこうよりも、今のうちに少しでも敵の数を減らしたい。それで味方が助かるなら御の字だろう。
ボルトを手早く後方に引き排莢を済ませると再び前方に押し出し次弾を装填する。
この距離なら外しゃしねぇぞ!
照星と照門を合わせ呼吸を止め、引き金を絞ると敵兵は掩体の後壁に向かって仰け反るように倒れた。
驚いたもう一人の敵がこちらに気づく素振りを見せた瞬間には、既に次弾の装填を済ませていた。
おせぇんだよ!
2発目の反動が肩に返ると同時にもう1人が首から血を飛ばしながら倒れる。                        この銃は余所と比べてボルトの前後のストロークが短い分、再装填を手早く済ませる事が出来る。お陰で同じボルトアクションならばこちらの方がより早く撃てるという訳だ。
そんな銃の性能も手伝って、瞬く間に2人の敵兵を倒したという事実に僅かな高揚感が湧く。
目が良いってのは、こういう時に役立つもんだ。それに、この銃もボルトアクションにしちゃあ中々の速射性だ。
上陸初頭で仲間達のむごたらしい亡骸をまじまじと見た時とは一転、銃の性能と自分の目のよさに感謝する。
自分でも都合の良い野郎だと思う…。
この非常時だと言うのに、一瞬よそ事を考えた時、後方から胸壁を越えて進出して来たもう1輛のチャーチルが、動けなくなった味方のMkⅢを通り過ぎ、敵陣に迫って行くのが見えた。
今度のは2ポンド砲装備のMkⅡかよ。頼りねぇが、無いよりかはマシだ。次はアイツを援護しよう。
チャーチルMkⅡはまずオレ達が対峙している掩体郡に向かってベサ機関銃を放つ。
すると、先ほどの対戦車砲兵が狙いを定めようと這い出して来た。
ヤツらは急いで50mm砲に取りつこうとする。
しかし、気づいたMkⅡはそっちに砲搭を回す。
無数のベサ機関銃弾が防盾を厚紙同然に切り裂き、敵砲兵の肉が爆ぜていく。
すげぇ、エンフィールドやステンでも貫通しなかったのに。
今やチャーチルの前進とともに、部隊の展開も進みつつあった。
眼前の掩体に籠る敵も、相当に数を減らしている。
それらに味方の小隊が突撃をかけ始めた。
ドイツ軍の巧みな反撃に初動から足元をすくわれたカナダ軍だったが、どうやら数的優位を用いて徐々に浸透を図りつつあるようだ。
「援護するぞ!」
仲間に当たらないように銃弾を放ちつつ、友軍の兵士達の奮闘を見守る。
カナダ兵が手榴弾を放りつつ掩体に接近して飛び込むと所々血飛沫が空中へ舞い上がる。
しばらくするとカナダ兵は掩体の後壁から這い出し市街への突入を開始した。
「よし今だ!あのカジノに取り付くぞ!」
号令を送ると部下が続く。
あの大尉の判断は正しかった。
起伏がない開けた場所では、匍匐で進んでも頭や肩を撃ち抜かれる可能性がある。
どのみち先の砂利浜以上に隠れる所がないこの地理条件では、カジノを初めとした建造物から丸見えで撃たれ放題だ。
なら数的優位を生かしつつ交互援護で前進し、草地を攻略して市街に突入した方が、損害をいたずらに増やす可能性は下がる。
オレ達は発煙弾の煙に紛れて、カジノ前を横に走る大通りをつっきった。
「よし、手榴弾」
一等兵に命じ眼前の窓に手榴弾を放り込ませる。
乾いた炸裂音の後に一等兵が顔を覗かせ、中を確する。どうやら窓の周辺に敵はいないようだ。
「行け」
一等兵を先行させるとオレも窓から飛びこみ、壁を背に沿うようにして左側に進む。
続いて1人2人と部下が続く。
だが、突き当たりに差し掛かると、奥の曲がり角から2名のドイツ兵が飛び出して来て撃ち合いになった。とっさに応戦する。
先行した一等兵がMP40によって討ち取られた。
オレは銃弾を放ち一人のドイツ兵を倒すと、排莢を済ませ、もう一方の敵に銃口を向ける。
しかし、弾は発射されない。
くそっ!なんで突入前に弾倉の交換を済ませておかなかったんだ。
体中から血の気がすべて引いていく。
終わりだ。戦闘にかまけて、確認を怠ったオレのミスだ。ざまぁねぇよ。
胸の中に諦めが広がる。
しかし、残ったドイツ兵の挙動がおかしい。
弾詰まりか?バカが!
その瞬間、ドイツ兵の両手が隣の死骸に伸びる。
テメェの仲間の死体から武器を奪うつもりだ。
させるかよ!
「うおおおおっ!」
とっさに床を蹴り進み、『豚突き棒』と揶揄される銃剣を取り付けたリー・エンフィールドを、ドイツ兵の右胸部に突き立てる。
つづいて叫び狂う敵兵の胴体に前蹴りを食らわし、そのまま引き抜いた。
「伍長!」
声をかけた仲間に命令で返す。
「コイツはオレが抑える。前方に展開しろ!どうした!さっさと行け!」
でないとオレが別の敵から撃たれるだろうが。
言葉を飲み込みつつ、のたうつ敵の右胸を踵で蹴り潰す。
「テメェは黙ってろ!」
金切り声を上げる敵に対し、豚つき棒を突き降ろし、その顔面を砕きにかかった。
クソッタレが!殺してやる!家畜の方がマシってくらいにな!
左の眼窩に銃剣が突き刺さり、視神経と筋肉に繋がれた眼球が飛び出るのにも構わず、今度はそれを口に突き入れ、喉を突き破るついでに、歯でこそぎ落とした。
愉悦も快楽もない。
ただ必要だから殺す。徹底的に。
胴体を突き刺しただけではダメだ。
半狂乱になった敵から思わぬ反撃に遭いかねない。
そうなるのが怖かった。恐ろしかった。
だから敵の顔面を破壊しようと瞬時に思い至ったのだ。
クソが。こんだけやりゃあ、いくらなんでもくたばっただろ。
味方の骸にはオルダーショットの兵舎で食べた糧食を吐き戻す手前までいったのに、目の前の敵兵の液状化した顔面には何も感じない自分に奇妙な違和感を覚えつつ、荒い息を整える。
「伍長、そいつはもう死んでます」
後から続いて入って来た兵長が怯えたように呟く。
「あ?ああ…」
疲労のあまり淡白に返した後に、今度はきっちりと弾倉を交換しつつ、ただ一言命じた。
「続け」

【後編へ続く】

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