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ヨーロッパ文化教養講座(「小さくされた者と共に歩む」

2023/11/04

昨日の文化の日。
街の中心地は4年ぶりに、完全実施されたお祭りで、老若男女大勢の人が集まっていた。
小生は、その中を突っ切って、ある教会へ向かった。
11月3日は、県内の日本基督教団の教会で勉強会がある日。

コロナ渦前は、昼食も弁当を一緒に食べて、朝から夕方まで開催され、著名な(と、いってもプロテスタントの世界ではという意味)学者などをお呼びして、話を聞くのが通例だった。

今年は久しぶりに、教会に集まり、時短ではあるが、午後だけ話を聞くことになった。さすがに、短い時間の話を著名な先生にしてもらうわけにもいかずに、小生に白羽の矢が立てられた。

小生は、ホームレス支援のボランティア団体の顧問をしているので、その話をすることになったのだ。

リモートも含む約60人の教会員に、活動の内容を説明することになり、タイトルを「小さくされた者と共に歩む」とした。

このタイトルは、小生が最も尊敬するホームレス支援者の1人、本多哲郎神父が2006年に書いた、「釜ケ崎と福音」という本の副題、「神は貧しく小さくされた者と共に」から取られたものだ。

この本の前書きに、挿絵として、イエス・キリストらしき人物が、ホームレスの人たちの炊き出しを待つ行列に並んでいる構図の版画がある。

この版画は、フリッツ・アイヘンバーグというナチスを逃れてアメリカへ渡ったユダヤ人の画家が書いたものだ。

本多神父は、神は支援する側ではなく、支援される側(貧しく小さくされた者)にいるということを強調される。
(小生はこれを、「下から目線の支援」といっている)

奇しくも、小生の話の前に、講壇に立った、別の教会の女性牧師も、この絵を教会員に配ってお話をされた。この女性牧師は、以前、日本三大寄場の一つ、横浜市の寿町で10年以上奉仕されていたそうだ。

この絵を、自分の机にいつも置いて、炊き出しに出かけるときに、この絵を見て、上から目線の支援にならないよう、自分を戒めたという。

小生も、この絵を戒めにして、下から目線の支援ができるように、これからも努力したいと思った。

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