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色彩の再現と審美的基準の統一的理解を目指して(6/10) 2つの色覚理論 三色説と反対色説②

 三色説を支持する、あるいは異を唱える、それぞれの場合に合理的な理由があるようだということが分かっていただけたと思います。三色説の有効性は加法混色・減法混色の説明から感じていただけるようにしたつもりで、これは絶大です。現代社会経済の根幹を支える基盤の1つと評価しても言い過ぎではないでしょう。青色LEDの発明と量産化手法にノーベル物理学賞が授与されたこと、プロセスインキ(CMYK四色印刷用インク)の技術革新がいまなお続けられていることがなにより雄弁に物語っています。
 しかしまた一部の現象について説明しきれない領域があるということも読んでいただいた通りです。
 遅かれ早かれ誰かが声を上げただろうと想像するのは難しくありませんが、歴史に名を残したのはヘリング(Karl Hering,1834-1918)でした。三色説の説明不足に満足できず、人間の色知覚は別の原理に基づいているという考え方を提唱しました。その核心は鋭い観察と思考によって生み出されたもので、次のような問いに集約することができます。
 「様々な色を観察してみると、赤みがかった緑(反対に緑みがかった赤)や青みがかった黄(反対に黄みがかった青)という色は存在していないように思える。ということは、人間の色知覚にとって根本的な原色と言えるのは赤と緑・青と黄を十字対とする4色なのではないか?また、これら4色に白黒を加えることで(明暗を含む)濃淡の階調が生まれ、結果として人間が知覚するすべての色が表現できるのではないか?」
 色知覚の最小構成単位として赤-緑・青-黄・白-黒の3つのペア(対)を考えるので反対色説と呼ばれています(「三色説に反対するから」ではありません)。有彩の原色が赤緑青黄の4つということもあり、かつては四色説と呼ばれていました。三色説では赤と緑の光が合成されたものという理解に留まっていた黄を原色としています。人間が知覚できる色みの全体像を思い浮かべてみるとどうでしょうか。感覚的にはこちらがしっくりくるはずです。
 色の分類にも用いられる三属性(色相・彩度・明度)と関連させて見てみましょう。
 色相環はその名の通り色相(赤・緑などの色み)を円状に並べた説明図ですが、並び方に反対色説の特徴が顕著に見てとれます。ある色相環において赤と黄それぞれを起点に反対側へ向かって直線を引いてみます。すると、若干のズレ(注2)はありますが、赤から出た線は緑に、黄から出た線は青に繋がるはずです。そして、赤と黄の間に橙(オレンジ)があり、黄と緑の間に黄緑、緑と青の間にシアン、青と赤の間にマゼンタが配置されているでしょう。どんな色相環にも共通しているのは赤みの緑・緑みの赤・黄みの青・青みの黄という色が存在していないということ、起点となる4色(赤黄緑青)を隣同士で混ぜ合わせると各中間に配置される色が合成されること、の2点です。
 彩度と明度は色相環と白-黒ペアを絡めて考えることができます。
 まず思い浮かぶのは白-黒ペアを明暗の尺度と捉えることでしょう。色相環を白-黒ペアに沿って上下に拡張することで明度を表すことができます。白を含む割合が高いほど明るく上に、黒を含む割合が高いほど暗く下に配置します。
また彩度は鮮やかさの尺度ですが、ある色を「色みと白-黒ペアの混合結果」と捉えると、彩度=混合結果に含まれる色みの量、と考えられます。つまり「まったく白-黒ペアを含まない色」=「最も彩度の高い色」であり、白-黒ペアを含む割合が増えるに従って彩度が低くなると考えることが可能です。色みがゼロになれば無彩色(白-黒ペアのみで合成される)です。なお、白-黒ペアの量と色みの量の混合「比」によって考える都合上、両者の合計量はどの色を考える場合にも同じ(例えば白+黒+色み=100)とします。例を示すと、最も彩度が高いとき(白、黒、色み)=(0、0、100)、無彩色となるとき(白、黒、色み)=(x、y、0)※x≧0、y≧0、x+y=100、です。
 以上から次のような色彩空間が構想されます。
 有彩の四原色を起点とする色相環を考え、各色相から中心に向かって彩度を低く、外に向かって彩度が高くなるように広げていくと円形の2次元平面となります。この平面に明暗の二原色を加えて下に向かって暗く、上に向かって明るくなるように色を配置していけば3次元の円柱となるでしょう。ただし白-黒ペアの量と色みの量の合計量はどの地点でも同じ(例えば白+黒+色み=100)であるため、彩度が高くなる(色みの量が増える)に従って白-黒ペアの合計値が小さくなり、結果として中心部から外周に向かって低くすぼまっていきます。よって最終的に現れる色彩空間は円柱ではなく、2つの円錐を底面同士でくっつけた二重円錐形となります。これを色立体と呼び、オストワルト表色系やNCSでまさにこの形(注3)をとります。

 反対色説で想定される原色を基礎にして色立体の組立てまで追ってみました。人間が知覚できる色でこの色立体の範疇に含まれないものを論理的に導き出すことはおそらく難しいでしょう。黄を原色の1つと捉え、三色説で不問に付された赤+緑=黄のような一見不可思議に映る説明も生じていません。逆説的ですが、人間が知覚する色彩空間を構成する最も根元的な色を選りすぐっていくと、もうそれ以上分割できない最小単位は赤緑青黄4色と白黒2色(明暗)であるという、反対色説の主張は真実を語っているらしいと認めざるを得ないように思います。
 三色説が持つ説得力、反対色説が持つ説得力、色彩現象を説明するうえでどちらにも充分な魅力があると思います。結果として合理的な学説が2つ並存することとなり、どちらが正しいのか長きにわたる論争が続けられたことは既に触れたとおりです。
 2021年現在、私たちが採り得る立場はいかなるものでしょうか?

(注2)色相環はマンセル表色系、オストワルト表色系、PCCS(Practical Color Co-ordinate System:日本色研配色体系)、NCS(Natural Color System)などの表色系に必須の要素です。表色系は英語でColor Order Systemとも表記され、直訳すれば「色の順序体系」、つまりある規則に則った色の並べ方を意味します。厳格な規則に基づいて色が配置されていて、これを深読みすれば「その規則の採用に至った考え方」が存在することを意味します。彩度と明度を除いて色相環単体に絞って考えてみても表色系それぞれがこだわって作られています。対向位置(対面)に配置される色が表色系によって若干ズレるのはこのためです。
 ぜひ各表色系の成り立ちを紐解いていただきたいと思いますが、ここに事実だけ示しておくと、マンセル表色系は物理補色・オストワルト表色系は心理四原色・PCCSは心理補色・NCSは心理四原色を基準として色相環が構成されています。心理四原色はヘリングの反対色説で有彩の原色とされた4色(赤緑青黄)の通称です。
 また心理四原色と心理補色は別物です。見落としてしまいがちだけれど極めて重要な点なので明記しておきます。

(注3)オストワルト表色系やNCSはすべての色を均一な明暗の中で評価するため対称性を有します。しかし現実には色相によって人間が知覚する彩度と明度の高低にブレがあり、黄付近は明度の高い位置で彩度も高く、逆に紫付近は明度の低い位置で彩度が高く知覚されます。結果的に二重円錐形は崩れて、上下にコブが出る色立体が人間の色知覚を素直に写しとったものとされています。マンセル表色系やPCCSが代表例です。

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