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色彩の再現と審美的基準の統一的理解を目指して(7/10) 色覚理論の融合 段階説①

 人間の色知覚について三色説と反対色説それぞれの捉え方を見てきました。それぞれが前提とする事実に沿って捉えれば、どちらも現実に生じる現象に対して合理的な説明を与えていると思います。
 こうなるとどちらが正しいのか?という点をはっきりさせたくなるのが人情ですね。
 長きにわたる論争の主戦場はこの点に決着をつけることにあったと言えるでしょう。その歴史の中でいまとなっては学説年表に記載されるだけの誤りがはっきりした学説も存在します。しかしそういった誤りも含めて数多くの実験と思索が積み重ねられたことによって、1つの解に辿り着きました。
 「三色説と反対色説のどちらも正しい」。2021年現在、私たちが自信を持って立つことができる地平です。単純に見えて実証方法がじつに難しい結論だと思います。被験者に色(光)を見せるだけの実験ではおそらく三色説か反対色説どちらかの結論しか導き出せません。結局は前提の据え方によって支持する結論も変わってしまうわけです。そういった論理の恣意性を排するために残された手段は、人体の観察しかありません。人体の中に何があり、何が起こっているのか。
 解剖生理学や神経生理学の発達によってそれらが解明されてきました。まさか解剖実験のために生きた人間を殺すことはできません(ありえません)。医学書を紐解いたことはないですが、ここに献体という形で数多くの貢献があったことを想像します。声なき英雄たちに最大限の感謝を送りましょう。また神経生理についても生体反応を外部から観察するための機器が同時に開発されなければ不可能です。M
RIの実用化など広い意味での科学技術が発達したことで初めて可能になりました。各種細胞などの物理的存在確認が解剖生理学の成果であり、生体反応の観察と評価が神経生理学の成果だと思います。
 網膜上に存在する桿体細胞と3種類の錐体細胞には既に触れました。網膜にはその他に神経節細胞などが確認されており、さらに神経節細胞から視神経が伸び大脳へとつながっています。神経活動や脳内部の反応は電気信号の発生や血流の多寡を捉えることによって観察されています。

 これらの成果によって三色説と反対色説のどちらも正しいとする色覚理論が認められるようになりました。
 「人間の眼球に可視光が入射すると、網膜において3種類の錐体細胞が各々の特性に則って反応しRGB(赤緑青)3色の成分に分解して捉えられる。次に錐体(と桿体)で発生した神経信号が神経節細胞を通過するまでの過程でR-G・B-Y(赤-緑・青-黄)の2対4色及び明るさ情報に変換される。最終的に情報は大脳に伝達され色感覚として知覚される。」
 これが人間の体で起こる色知覚の成り立ちです。実際に体内で起こる反応の過程はもっと細かく複雑ですが、大きな節目を描けばこのようになります。網膜から大脳まで多段階の処理を通して色知覚が生じると主張するため段階説と呼ばれています。アダムズ(Elliot Quincy Adams,1888-1971)による提案が今日的な意味での段階説につながる最初の試みとされています。
 錐体細胞において三色説が主張する反応を、神経節細胞へ至る過程において反対色説が主張する反応を示していることが見てとれます。つまりどちらの色覚理論も色知覚の過程で起こる反応の一部を正確に捉えていた、しかし、注目した箇所が異なっていたということで決着しました。両者をつなぐ細胞と生体反応が外部からは見えずとも存在したわけです。

 少しおさらいを挟みましょう。
 三色説は加法混色において赤+緑から黄の知覚が生じる実験事実を所与の条件として論理が構築され、黄は二次色(原色の混色から作られる色)とされました。以前書いたように、原因と結果でまったく異なると感じられる色が出現していますが、その理由は特に追及されません。
 反対色説は知覚的に「混じり気がない」色を重視した考察から赤-緑・青-黄の「同時に存在することがない」対関係にたどり着きました。確かに赤みの緑(緑みの赤)・青みの黄(黄みの青)を感じることはないように思います。したがって、赤緑青に加えて黄も色覚の基礎をなす原色の1つと考えられました。
 つまり両者で黄の捉え方が大きく異なっています。論争の渦中にあって主要な議論の的だったはずです。しかし三色説はこの疑問に感じそうな部分を実験事実として前提とみなし、かたや反対色説は自然派というか「混じり気がない」という見えるがままの感覚を論拠としたため、最初からボタンのかけ違いが生じてしまい折り合う地点を見出すことができませんでした。

 両者の折り合いをつける発見となったのが先ほど言及した見えざる細胞と生体反応でした。
 三色説的反応から反対色説的反応へ。具体的な仕組みを象徴的に示すのが、複合光と単色光が等色する(同じ色に感じる)事実です。おやっと感付いた方はお見事。これはまさにグラスマンの第三法則:色の等価性と加法性で紹介した具体例(等価性’と加法性’)です。皮肉と言うか当たり前と言うべきか迷うところですが、原因を追及すれば辿り着いた場所であることは間違いないけれど、当時は人体の中にまで追及の手を伸ばす環境が整っていなかったという評価が妥当なところだと思います。
 先へ進みましょう。等価性’と加法性’は次のような内容でした。

(5:10)三色説と反対色説①_グラスマン第3法則具体例

 この具体例の中に展開される光と色知覚の関係を、眼から脳へと至る一連の生体反応に帰着させて解釈することが、三色説と反対色説の融合を、すなわち段階説として整理された色知覚の巧妙さを垣間見ることにつながります。

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