干潟について 4

2005年に書いた解説なので、現状とは異なります。
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d. 干潟の造成技術


1973年以降に37例、900 haの干潟が整備されたと報告されている(エコポート(海域)技術WG 1998)。 細川(2000)は前浜干潟と潟湖干潟に分けて紹介している。造成に際しては、造成の目的、対象地の選定、現況の把握、整備目標、ゾーニングなどの準備が必要とされる。

 

(1)干潟造成の目的

生物の生息、水質浄化、生物生産、親水の諸機能の実現があり、それぞれの目的に応じた計画と造成が必要である。

(2) 立地の検討

(a ) 地形: 干潟を維持するためには、土砂や栄養の供給が必要で、あるとともに、波や流れによる侵食についても考慮する必要がある。鳥類は、地形の関係で干出時刻の異なる干潟を移動して利用することが多く、干潟のネットワークの考え方も重要である。

(b) 潮位: 干潟は潮位の変化によって成立するため、潮位の変化の少ない場所では、大規模な干潟を造成することはできない。

(c ) 代償措置など。 広島県五日市地区人工干潟は、埋立によって失われる自然干潟の代償処置として造成された(図4)。


図4 五日市人工干潟

(3) 造成

(a) 面積: ベントスの種数は干潟面積10ha以下で、は面積の増加に伴って増加するが、100haを超えるとほぼ頭打ちになる。シギ、チドリの飛来数は地理的な影響も受けるが、飛来数の多い順に、藤前干潟(89ha)、諌早干潟、汐川干潟(280 ha)、三番瀬(1,600ha)、 谷津干潟(40ha)である。それらと比べて、人工干潟は30ha未満である。

(b) 地形: 多くの自然干潟では、傾斜は1/100未満である。人工の前浜干潟では、1/30 (横浜市海の公園)や1/20 (広島県五日市)で設計されている。一方、潟湖干潟ではそれより緩い傾斜1/100 (東京港野鳥公園)が可能である。干潟には微地形があり、 それによって生物の分布が影響を受ける。こうした微地形は、地盤の沈下や波や流れによる侵食、堆積によって変化するため、造成の時点で完成させることはできないが、 ある程度の意図のもとに設計し、粘性土や防水シートで止水してタイドプールをつくり、 自然な地形の変化との組合せによる微地形の形成を考えることが多い。その他、イソガニなどの生息場所となる石積みや転石、カモメ類のとまり場としての杭、 コチドリやコアジサシの営巣場所として砂利敷きの平面などの設置が考えられる。

(c ) 底質: 底生動物の分布はシル卜の含有量に強い影響を受けている。自然干潟の底質の粒径は多様であるが、中央粒径は0.5mm未満であるものが多い。粒径が小さいほど傾斜を小さくしなければならない。人工前浜干潟では、 0.25mm (横浜市海の公園)や0.4mm(広島県五日市)などの例がある。多くの底生動物が地下0.7m以内に生息し、特に0.3m以内に多いことから、約1mの土壌厚を確保すればよい。

(d) 安定性: 前浜子潟と河口干潟は波浪に対する安定性を考慮する必要がある。中央粒径0.2mm程度の砂質前浜干潟では、通常のビーチの造成と同様に考えられるが、泥質前浜干潟では、勾配をより緩やかにして、干潟前縁までの距離を十分長くするとともに、波浪の影響を受ける前縁を砂質とするなど安定化のための設計が必要'である。

(e ) 水収支: 潟湖干潟の場合には、水路や導水管によって水が出入りするが、塩分濃度や水質、底質の粒径などが流量や流速の影響を受ける。

(f) 干潟の植物: ヨシはオオヨシキリ、パンなどの営巣場所、アシハラガニ、ベンケイガニなどの生息場所として、また、水質浄化の場として重要で、ある。しかし、人工潟湖干潟では、その安定性が原因となってヨシ原面積が増加して、干潟面積を減少させる傾向がある。これを防ぐには、 ヨシ原境界に板を打設することや深い水路を掘ることによって、地下茎の伸長をおさえる工夫が必要である。シチメンソウなどの塩生植物についても生育させることが望ましい。

e. 干潟の発達と管理


ベントスの多くは幼生期に浮遊性で海流とともに移動するうえ、誕生から成熟までのライフサイクルが短い。そのため、干潟の造成後、比較的短期間で各種ベントスが定着する。二枚貝や甲殻類、多毛類のほとんどがプランクトンとして幼生期をすごす。これらの幼生は水中で浮遊生活を送った後に干潟に定着する。メソコスム実験では、自然海水のかけ流しをはじめて9カ月からl年ほどで、初期の加入が進んだ6) 鳥類の場合には、干潟の面積や餌となるべントスの種類や量が影響すると考えられる。 しかし、渡りの経路によって、良好な干潟であってもシギ、チドリの飛来が少ない場所も存在する。

また、地形の安定には、①波浪による侵食や継積など短時間で外力にみあう形状になる現象と、②粘土、シルトなどが自重で締め固まってゆく圧密沈下など長時間かけて安定する現象とがある。これらは立地条件によって異なり、予測も困難なため、造成後、数年から十数年経過した時点で、モニタリング結果をふまえた修正が必要で、ある。 1990年に完成した広島県五日市地区人工干潟では、地盤沈下や侵食が進み、完成当時の半分程度にまで縮小し、水鳥の飛来数も減少したため、 10年後の2000年に改修のための調査が開始された。以下に干潟の管理の事例を示す。

 

(1) 大阪南港野鳥園 大阪南港は、シギ、チドリの飛来地を守ろうとする市民運動により、1983年に埋立地内に完成した。野鳥園は12.8haの池・干潟部と、 6.5 haの植栽部からなる。三つある池のうち、西池と北池に海水が流れ込み干潟化する計画であったが、地盤の沈下速度が予想、より遅<、西池だけが外海とつながり、北池と南池は悶水のたまった淡水池である状態が1995年まで続いた。野鳥園を支える市民グループなどの要望もあり、 シギ、チドリの生息場所を拡大するために、これまで淡水であった北池に導水管を敷設して干潟化する工事が1995年11月に実施された(図5)。南港野鳥園は、人工であれ干潟ができれば、干潟の生物が生息することを実証した。大阪南港の埋め立てが再開される以前の1951年から1956年の聞や、埋め立て後、開固までの8年間と比較して、飛来数や種数はほぼ同じ程度である。 しかし、オオソリハシシギやチュウシャクシギなど大形のシギは1950年代と比べて減少した。大形のシギの減少は、また、カニ類や貝類など、大形の底生動物がきわめて貧弱で、あることにもよっている。これは、現状では、海水の交換速度や淡水の供給、造成時の粒径などが理想的とはいえないことが原因と考えられる9) また、干潟化後にアオサ類の大発生がみられ、ボランティアによる除去作業がなされている。


大阪南港野鳥園。黒塗りは干潟

(2 ) 東京港野鳥公園 東京港野鳥公園は1960年代に造成された埋立地に1989年に完成し潮入りの池のうち3。0haが干潟とされた。2カ所の水門から海水が出入りし、勾配1/100 - 1/70、最大水深0.2 - l.2mである。建設当初の土質はシルト以下の割合が10%以下であったが、2000年の調査では、シルト以下の割合が80 - 90%にも達する地点があるなど変化し、干潟面積も2.66 haに減少していた(中瀬・林 2002)。しかし、ベントスの種数は増加している。カニ類は1992年には放流した8種のうち7種を含む11種が確認されたのが、1994年には7種に減少していた。しかし、 1995年以後は増加し、 1999年には14種が確認されている。また、多毛類の密度も1990年から1999年までの10年間に5倍以上に増加した。 2000年には人力による湾筋の造成も行われ、 トビハゼなどが利用している。

 

(3 ) 谷津干潟 もともとは前浜干潟であったものが、周囲の埋立によって、2本の水路で、外海とつながる潟湖干潟に変化した。周囲をマンション群や高速道路に取り固まれているにもかかわらず、鳥類の飛来数は多<、ラムサール条約の登録湿地でもある。干潟保護を求めた市民の運動と、都市計画のなかで干潟保存を位置づけた習志野市の先見性の賜物である。しかし、近年の問題として、アオサ類の発生(1991年頃から)、水路の流速が大きいために底質の砂質化が進んでいる、東京湾からのごみの流入などが指摘されている(谷津干潟自然観察センター)。

 

文献

1) 機部雅彦:日本の海岸の現状と問題点。海岸の環境創造(磯部雅彦編), pp 1-8 朝倉書店,1994

2) エコポート(海域)技術WG:港湾における干潟との共生7 ニュアル,財団法人港湾空間高度化センター港湾・海域環境研究所, 1998

3) 中瀬浩太,林英子:埋立地に造成した人工干潟の環境変化と環境管理,東京港野鳥公園の事例,海洋開発論文集, 18, 31-36, 2002

4) 大阪市自然史博物館:干潟の自然史,大阪市立自然史博物館, 2000

小野勇一:干潟のカニの自然詩,平凡社, 1995

5) 土屋誠:生活様式からみた環境.河口・沿岸の生態学とエコテクノロジー(栗原康編著),pp 43-54,東海大学出版会, 1988

6) 細川恭史:干潟生態系の保全と修復。環境修復のための生態工学(須藤隆一編), pp 191-224, 講談社,2000

7) 細川恭史,桑江朝比呂,三好英一, 室善一郎,木古英治:干潟実験施設を用いた物質収支観測, 1996

8) 和田英太郎:化学環境。河口・沿岸の生態学とエコよクノロジー(栗原康編著),pp26-31,東海大学出版会, 1988

9) 夏原由博,北野雅昭,後藤薫,土永恒粥:大阪港の人工干潟拡大による生物相の変化。国際景観生態学会日本支部会報4,46-49, 1998

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