どうしていろんなカエルが田んぼで暮らすか 3
3.山のカエルと里のカエル
ここまでは,水田で繁殖するカエルの季節による時間的な違いを見てきたが,ここからは空間的な違いに目を転じることにする.山地と平地では,水田で繁殖するカエルの種が異なる。それは主には変態後の生息場所が異なるためである.成体の生息場所は,水辺とその周辺,林床や林縁,樹上に分けられる(図2).カエルにとっては,こうした複数の環境の組み合わせ(ランドスケープ)が重要なのである.
水辺近くにとどまるのは,ナゴヤダルマガエル,トウキョウダルマガエル,トノサマガエル,ツチガエル,ヌマガエルである.ナゴヤダルマガエルは水辺を離れず,成体は同じ水田にとどまる傾向が強い(Naito 2012).一方,トノサマガエルは,草地を採餌場所や隠れ場所とする傾向が強い.そのため前者は湿潤な平地に多く,後者は水田に草の生えたのり面が付随する台地から丘陵地で個体数が多い.愛知県の平地では,ナゴヤダルマガエルがふつうに見られるのに対して,トノサマガエルは稀である(島田ら2015).
ヌマガエルは暖かい場所を好み,近畿地方では平地を中心に分布している.大阪府では最も普通に見られるカエルだが,滋賀県では南部にわすかに生息するだけである.1990年代にこれまで分布していなかった関東地方に分布を拡げ,国立環境研究所の侵入生物データベースに加えられている.本種は,繁殖期が長く,高温に強いことやわずかな水で生存可能なことなどから,おたまじゃくしは中干後の水田にも多い.アマガエルと並んでかく乱依存型の種と考えられる.
ツチガエルも,変態後も水辺から離れることはない.繁殖期が長く,後半に生まれた卵は幼生で越冬することから,年中水の絶えない場所に分布が限られる.承水路(江)を好んで産卵しているという報告もある(芦澤ら2013).山地で見られることが多いが,平地に生息しないということではなく,愛知県西三河の特定地域では低地水田でも多く見られる(島田・坂部 2014).本種の分布には用排水システムの影響が大きいものと考えられる.
林床や林縁を生息場所とするカエルには,ニホンアカガエル,ヤマアカガエル,ニホンヒキガエルがある.アカガエル類2種のうち,ヤマアカガエルは山地に分布が限られ,ニホンアカガエルは丘陵地に多く分布する.大阪府では,ヤマアカガエルは北摂のみに生息し,ニホンアカガエルは北摂には分布せず,東部と南部の丘陵地を中心に分布している.ミクロな生息場所利用も異なっている.非繁殖期にニホンアカガエルは畦草地や林縁を利用するが,ヤマアカガエルはほとんど林縁を利用せず,林内に限られている(大澤・勝野 2001; 水野・橋本2013).両種とも繁殖場所から少なくとも数百メートル移動しているが,ヤマアカガエルの方が移動距離が長い(長谷川1995;Osawa and Katsuno 2001).
アズマヒキガエルとニホンヒキガエルも林床に生息するが,人家の庭や都市緑地にも幅広く生息する.水のたまった水田,湿地,ため池や水泳プールなどにも産卵する.著者の観察地では,ニホンアカガエルと同じ谷で産卵しているが,開けた湿田や湿地で産卵するアカガエル類に対して,谷津の最奥部など水温が低めの場所に産卵していて,すみわけているように感じる.近年都市では激減しており,名古屋市内を対象としたアンケート調査では,過去にアズマヒキガエルの記録のある152地点のうち、直近5年以内に確認されたのは38地点であった(浅香ほか2017).過去の25%程度に減少したと推定される.
樹上のカエルには,モリアオガエル,シュレーゲルアオガエル,ニホンアマガエルがある.シュレーゲルアオガエルが広い範囲で見られるのに対して,モリアオガエルは低地には稀で,滋賀県では丘陵地から山地に(金井ほか2014),愛知県では山地に限られている(大竹・島田 2016). ニホンアマガエルも樹上性だが,森林を必要とせず,都市緑地や住宅地にも生息している.
たくさんの種類がいると思われた水田のカエルも,季節とランドスケープによって区分すると,同時に同じ場所で繁殖する種数は多くないことがわかる.餌やその他の生活要求が共通している2種は同じ場所に共存できないというガウゼの競争排除則が頭をよぎる.日本列島におけるカエルの歴史の中で,選択された結果かも知れない.
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