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ヒゲクジラ進化の謎に迫る:ゲノム解析で巨大化と潜水能力の秘密が明らかに

海棲哺乳類であるクジラは約5000万年前に陸上から水中へと進出し、劇的な進化を遂げました。特にヒゲクジラ類は巨大な体と独特の摂食方法で知られますが、その進化のメカニズムは謎に包まれていました。最近の研究では全ゲノムデータを用いた比較解析により、ヒゲクジラ類の多様化を支えた遺伝子の変化が明らかになり、巨大化、潜水能力、そして高い死亡率を乗り越えるための適応進化の秘密が明らかになってきました。

水中生活への適応:進化の舞台は海へ

クジラは陸上動物から海棲哺乳類へと進化を遂げた過程で、形態学的、生態学的、そして行動学的に大きな変化を経験しました。現存するクジラ目は歯を持つハクジラ類と、ヒゲ板を使ってプランクトンなどを濾過摂食するヒゲクジラ類の2つの亜目に分けられます。

ゲノム解析が明らかにした進化の道筋

研究チームは8種のヒゲクジラ、7種のハクジラ、そして2種の陸上動物(カバとウシ)の高精度なゲノムデータを用いて、系統ゲノム解析を行いました。その結果、ナガスクジラ科を含むヒゲクジラ類はセミクジラ科などとは異なる単系統群を形成することが確認されました。さらに、種間の遺伝的な違いを詳細に分析することで、ナガスクジラ科の多様化を支えた遺伝子の変化を特定することに成功しました。

巨大化の謎:ペトのパラドックスへの挑戦

ヒゲクジラ類の中でもシロナガスクジラは体長30メートルを超える地球上最大の動物です。一般的に、体のサイズが大きくなるほど細胞の数も増え、がん発生のリスクも高くなると考えられます。しかし、大型動物では必ずしもがん発生率が高くないという「ペトのパラドックス」と呼ばれる現象が存在します。

ナガスクジラ科の種すべてにおいて、老化、生存、恒常性維持に関連する遺伝子群が正の選択を受けていることが明らかになりました。特にシロナガスクジラでは、成長/サイズ/体部位表現型に関連する250以上の遺伝子で正の選択が検出されました。これらの遺伝子の変化は大型化に伴うがんリスクの増加を抑え、ペトのパラドックスを克服する上で重要な役割を果たした可能性があります。

深海への適応:潜水能力と遺伝子の進化

クジラは優れた潜水能力を持っていて、長時間、深海に潜ることができます。しかし、深海での潜水は低酸素、酸化ストレス、浸透圧ストレスなどの細胞ストレスを引き起こします。クジラはこれらのストレスに耐性を持つように進化してきたと考えられます。

また、ナガスクジラ科の種において、恒常性/代謝表現型や血液恒常性に関連する遺伝子群が濃縮されていることがわかりました。これらの遺伝子は深海での潜水に伴う細胞ストレスへの耐性を高める上で重要な役割を果たしている可能性があります。

それぞれの進化:種特異的な適応

ナガスクジラ科の種はそれぞれ異なる摂食方法や生息環境に適応しています。例えば、シロナガスクジラとナガスクジラは免疫系に関連する遺伝子で正の選択を受けていることがわかりました。これは、大型化に伴う免疫システムの維持に役立っている可能性があります。また、コククジラは腎臓や泌尿器系の適応に関連する遺伝子で正の選択を受けていることがわかりました。これは、海底の堆積物に含まれる餌を食べる際に、高濃度の塩分を効率的に処理するのに役立っていると考えられます。

引用元

タイトル:Into the Blue: Exploring genetic mechanisms behind the evolution of baleen whales
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0378111924007030
出版元:Elsevier, Gene 929 (2024) 148822.
公開日:2024年8月3日
著者:Gabrielle Genty, Jonathan Sandoval-Castillo, Luciano B. Beheregaray, Luciana M. Möller


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