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染め物にハマる① 紅花染め


染め物はとっても化学

 染め物って楽しいですよね。高校で有機化学に入ると、ほどなくしてオレンジ色の人工染料であるアゾ化合物を学びます。-N=N-の部分構造をアゾ基と呼びますが、この構造をもつ有機化合物はオレンジ色を呈するのです。それはそれで面白いのですが、実は実は、その後ろにちょろっと出てくる「天然染料」のコラムが実に奥深く美しいのですよ。動植物が生まれながらに持つ色(色素)が有機化合物であり、固有の構造をもつことに深く感動しきりの今日この頃です。いつか教科書のコラムだけで一年間授業してみたい。
 人より遅くに教員になると、周りができることができないという屈辱と苦労も多い反面、おお、実はあの話はこのことなのか!の感動も人生後半遅めに来ます。しみじみ味わえます。気が付かなかっただけで、染め物はとっても化学だったのです。有機化学に苦労している高校生たちにも、実はこんなに楽しい美しいことを伝えたい。
 と、先日思いつきで科学部生徒を相手に紅花染体験会をやりました。参加したのは中学生がほとんど。紅花染めは、酸と塩基をうまくつかって花の色素を取り出し染めるのだという原理説明はしましたが、中1中2がどこまで分かっているのか…中3は分かってほしいな。でも生徒たち楽しそうにきゃっきゃと持参した布を黄色やピンクに染めておりました。いずれ有機化学を勉強したときに、この時の楽しさを少しでも思い出してくれたら。というわけで今回は、紅花染めについて紹介。何でもない綿の布が鮮やかなショッキングピンクに染まる様子は、うっとり感動します。材料も比較的安全で、小一時間で家でできます。とにかく染め方だけ知りたい!という方は、下の「やってみよう」までスクロールして下さい。


紅花染め 

 紅花は、もともとはエジプトや西アジアが原産と言われています。それがシルクロードを渡り、その特殊な(酸と塩基を駆使する)染めの技法とともに3世紀ごろに日本に渡ってきたようです。はじめは近畿地方そして全国へ、やがて山形県の特産になりました。種を絞って紅花油、花弁を煮出して紅花茶(べにばなちゃ)としても使うことはご存知ですね。

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サフロールイエロー と カルタミン

 このように昔から用途の広い紅花ですが、染色という視点でみると非常に面白く、サフロールイエロー(黄色色素)、カルタミン(赤色色素)という2つの色素を持ちます。この2つの色素は次のように、異なる性質を持ちます。

染めの原理

 この「水(中性)に溶けるか溶けないか」「絹(タンパク質)にだけ染色可能か、それとも綿(セルロース)も絹もいけるのか」という違いを上手に使うと、紅花という花一つで、黄色にも、オレンジにも、ピンクにも染めることができてしまうのです。
 したがって、紅花染めは、まず水に溶けやすい黄色色素サフロールイエローを先にもみ出し黄色染めに使用(絹のみ染色可能)。次に黄色色素が抜けた花弁を、今度は塩基性の水溶液中に浸し、水に溶けにくい赤色色素カルタミンを、塩(えん)の形でどうにか溶け出させる。この溶け出た「カルタミンの塩」の水溶液に、クエン酸を加え、弱酸の遊離反応により一時的に「カルタミン」を水溶液中に遊離させます。この「カルタミン」が遊離したタイミングで、すかさず生地を投入、遊離している「カルタミン」を繊維に付着させる。すると、鮮やかなショッキングピンクに染まる。という流れになります。ぼ~っとしていると、そもそも水に溶けにくいカルタミンが沈殿してきますので、手早くです。ここで、最初の黄色色素が残ってしまっていると、両方の色素に染まる絹は、若干オレンジに寄った色味に染まります。本来の紅花染めは、この黄色色素をいかにとりのぞき、赤色色素のみを取り出すか、に終始するのですが、個人的には黄色が残っていてうっかりオレンジ色に染まるのもとても美しいと思います。

赤色色素カルタミンで染めた生地たち
手前左が、黄色色素の除去が不十分で黄色色素と赤色色素両方をひろってオレンジ色にそまった絹。これはこれでアリ。
左奥:絹 右奥:麻 右手前:綿
綿(や麻などのセルロース)は、黄色色素をひろわないので、
見事にショッキングピンクに染まる。

 このように、紅花染めは、酸性、塩基性を駆使した染めの技法なのです。

グルコースの面影

 有機化学的な視点で見ると、2つの色素の構造式で、何か気づいたことはありますか。サフロールイエローもカルタミンも、いずれの分子内にもグルコースの構造が残っていますよね。これは、光合成により合成されたグルコースから、サフロールイエローが合成され、さらに2つのサフロールイエローからカルタミンが合成されるからです。紅花が、グルコースからコツコツコツコツつくった色素なんだな~ということがしみじみ感じられます。
 ちなみに、藍染めに使うタデアイからとれるインディゴという色素も、配糖体(グルコースと何かがくっついたもの)であるインディカンから合成されるので、やっぱり光合成でできるグルコースって植物の基本なのね、と2度目のしみじみ。考えてみれば当たり前かもしれませんが、これら色素だけでなく、グルコースからでんぷん(α-グルコースの高分子)や植物の体をつくる細胞壁(セルロース:β-グルコースの高分子)も作られるのだから、グルコースって植物にとって超大事なんだな、と思えますね。
 生物は苦手な私にもそれがよく分かりました。

やってみよう

 という知識を知って染め物をすると感動深まる…のですが、うんちくはほどほどに(ほどほどではなかったですが)まずは染めてみましょう。あちこち調べて、私が自宅でためしたときの、ざっくりレシピです。ざっくりでもきれいにそまりますよ。

乾燥紅花、炭酸ナトリウムは、インターネットで購入可能。クエン酸は100円ショップのお掃除用でも可。色止めとして、ミョウバンを使用する場合はそちらも少量準備。

手順

<染色可能な色素と繊維>
綿…赤色色素のみ(黄色色素には染まらない)→ショッキングピンクに染まる
・麻…綿と同じ
・絹…黄色色素、赤色色素、両方可能。
黄色色素なら黄色に、赤色色素ならショッキングピンクに。またはうっかりオレンジ(ここは黄色色素をどれくらい取り除けたかによる)
 ではレッツトライ!

<黄色染め
①紅花花弁を、2重にしたガーゼに包み輪ゴムでしっかりしばる。
②100mLの水のはいったトレー内に①を入れ、指のはらでよく押しながら、黄色色素であるサフロールイエローをもみだす。ある程度濃い黄色色素が得られたら、鍋(布が浸る深さがほしいので小さめがよい)に移す。同様にあと2回、トレーの中で黄色色素を取り出し、鍋に移す(合計300mL)
③鍋に絹を入れ、黄色色素の溶液中でぐつぐつ1時間煮る。徐々に黄色に染まる。

上段 ②水に溶けだした黄色色素 ③鍋で煮る
中段 ④流水で黄色色素をよく抜いたもの ⑤炭酸ナトリウム水溶液に溶けだしたカルタミン(けっこう黄色が強いですね…)
下段 ⑥クエン酸をいれてシュワ―&綿を入れるとピンクに

<紅色染め>

④②でしぼったあとの①を、5分間ほど水道水を流しっぱなしにしながら、流水でもみ、さらに黄色色素を取り除く。最後にしっかり絞る。ここでしっかり黄色を除くほど、次の紅染めで鮮やかなショッキングピンクに染めることができる。反対に、黄色色素をほどよくのこすと、オレンジ色に染めることができる。⑤水300mLに炭酸ナトリウム10gを溶かし、pH10程度にする(pHは測らなくてもよい)。この水溶液を先ほどとは別のトレーに入れ、ここに④で絞ったガーゼをいれ、手袋をしてもむと(塩基性で手が荒れるので手袋をする)、さきほどより赤みがかった黄褐色の色素がててくる。この時点ではピンク色ではないのであしからず。カルタミンの分子中のフェノール性ヒドロキシ基は、弱酸性である。このため、塩基性の炭酸ナトリウムと反応し、ONaの塩になり水に溶けやすくなる。⑥⑤で得られたカルタミンの塩の水溶液に、クエン酸を加えると、弱酸の遊離反応により本来水に溶けにくいカルタミンが、水中に遊離する。遊離していることは、しゅわ〜っと反応がおきている(炭酸)うちに、布を投入!絹でも綿でもOK。しゅわ〜が終わってしばらけすると、元々水に溶けにくいカルタミンが沈殿してきてしまうのでうまく染まらない。しゅわ〜の最中に布投入して、繊維にカルタミンを絡めるのである。

染め上がった布たち
右2枚:絹(黄色染め) 花弁量をケチったせいか、少々薄め…
左から3枚分:絹(赤色染め)
左から4枚目:綿(赤色染め)、5枚目:麻(赤色染め)
 

感動の出来

 何回やっても美しい楽しい…適当にやってもこの色に染まるのは本当に嬉しいの一言です。植物からいただいた色たち、この布で何作ろうかワクワクします。
 そうそう、布は、手芸品店だと結構高いので、メルカリで端切れを安く購入しました。絹は着物の端切れなど、出品されていました。長じゅばんの端切れだったと思われる模様が入った生地もきれいです(左から3番目)。ただし、「正絹」と出品欄に書いてあっても、染まり具合から正絹じゃないな~という怪しいものもあった面倒ので、よくご確認を。
 赤色染め(ピンクに染まった)の布は、カルタミンが熱に弱いのでアイロン不可、塩基性で色が落ちてしまうので、セッケンで洗うのもバツです。扱いづらい儚さもまた良いですね。黄色染めは、今回は割と薄めだったので、花弁量を増やしてみたいと思います。個人的にはタマネギ染めなどの方が黄色が濃く染まっていいなと思いました。

長くなりました。いつも最後まで読んでいただきありがとうございます♪

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