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2018年台風第12号の奇妙な進路と寒冷渦

今回は科学研究費補助金(基盤研究B:19H01973)「新世代衛星観測の同化がもたらす、台風と大気上層場との相互作用メカニズムの解明」(研究分担者)の成果を紹介します。この論文執筆は、「海洋表層温暖化を通じた大気環境場・台風活動変質過程の理解」の構想のきっかけとなりました。
○台風による海洋変動が大気環境場の変質を通じて、台風に影響を与えるか?
が「学術的問い」です。

以下、職場の一般向けHPから、
日本は中緯度にあり、上空には偏西風が流れます。この偏西風は東西に帯状に流れることもあれば、南北に蛇行することもあります。南北の蛇行が大きくなると、南側で渦が切離されます。この渦を切離寒冷渦と呼びます。2018年の台風第12号発生期に、この切離寒冷渦が日本の東海上を南西に進んでいました。台風第12号はこの切離寒冷渦の東側で発達し、反時計回りに移動し、東海沖を西進した後、三重県に上陸しました。この台風は上陸後も台風として西進し、九州を南下して再び太平洋で勢力を増し、東シナ海へ抜けていくと、非常に珍しい経路をとりました。

https://www.mri-jma.go.jp/Dep/typ/awada/Genesis_to_ET.html


018年台風第12号と寒冷渦のアンサンブルシミュレーション結果。左側が大気モデルの結果。右側は大気波浪海洋結合モデルの結果。Wada et al. (2022)のFig.4を改変

この論文においてもアンサンブルシミュレーションがキーワードの1つとなります。

そもそもこの事例を扱ったのは、研究分担として参加している研究が、衛星データ同化を通じて気象予報精度を向上することを目標に掲げていたためです。本来はこの実験、異なる初期時刻と海洋結合の有無に加えて、気象衛星ひまわりによる輝度温度データを雲域のみ同化する実験と、雲の有無にかかわらず同化する実験を加味する計画でした。しかしながらスケジュール通りに研究が進まなかったことから、異なる初期時刻と海洋結合の有無のみで論文を構成することになったのです。

幸いなことに、
○台風による海洋変動が大気環境場の変質を通じて、台風に影響を与えるか?
という問いに対する解として、
☆台風の移動を支配する寒冷渦が海洋結合の影響を受け、それにより特に予測時間後半において、台風の進路予測が変わる。
☆しかし、初期時刻の違いによる大気場の違いが台風進路予測にもたらす効果の方が大きい
を得ることができました。

この成果が普遍的であるかどうかについては注意が必要です。2018年と比較して、2024年7月5日(このノートを執筆している日)では大気初期値の解析技術はより高度化しています。よって初期時刻による予測のずれは、数値予報システムの変遷により変わってきます。

もう1つ、数値予報システムの違いにより、予測結果やインパクトの程度が異なってきます。たとえばアメリカやヨーロッパに領域非静力学大気波浪海洋モデルが存在し、同じような実験をした場合、結果の解釈は異なってくる可能性はあります。モデルの力学や物理の違いは予測結果に大きな影響を与えることを考慮する必要があります。

それでも海洋結合が台風の強さだけでなく、寒冷渦のふるまいにも影響を与えるということは、私にとって発見でした。「台風と寒冷渦の相互作用における台風海洋相互作用」は「台風と大気環境場の相互作用における台風海洋相互作用」として、現在の研究テーマとなっています。

この研究はまた、中緯度における台風予測の研究(例えば温帯低気圧化や亜熱帯低気圧の研究)の重要性を示唆します。共著論文がありますので、機会を見て成果を紹介したいのですが、自身の研究成果に関しては学会発表後の進捗が乏しく、研究が滞っている状況なので、時間がかかりそうです。

(参考文献)
Wada, A., W. Yanase, and K. Okamoto, 2022:Interactions between a Tropical Cyclone and Upper-Tropospheric Cold-Core Lows Simulated by an Atmosphere-Wave-Ocean Coupled Model: A Case Study of Typhoon Jongdari (2018). J. Meteor. Soc. Japan, 100, 387-414, https://doi.org/10.2151/jmsj.2022-019.

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