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海洋表層温暖化と台風に関する研究(Wada et al. 2022)

Wada, A., M. Hayashi, and W. Yanase, 2022: Application of Empirical Orthogonal Function Analysis to 1-km ensemble simulations and Himawari-8 observation in the Intensification Phase of Typhoon Hagibis (2019). Atmosphere,13, 1559, https://doi.org/10.3390/atmos13101559.

この論文の中身を紹介するために、これまで科研費の申請書の内容を記載してきました。もちろん気候学的な研究もしているのですが、これは水平解像度1 kmの非静力学大気波浪海洋モデルを用いた数値シミュレーション研究です。(職場のホームページにも紹介しているのですが、短文です)

・非静力学大気モデルに現実的な海面水温を与える。
・非静力学大気波浪海洋結合モデルに現実的な海洋場を与える。
・非静力学大気モデルに海面水温気候値を与える。
・非静力学大気波浪海洋結合モデルに海洋気候値を与える。

それぞれ26個の異なる大気初期値を用意します。これは気象庁の全球アンサンブルプロダクトのメンバー数(51)の約半分です。

これまで私の研究では中心気圧や地表面(10m高度)風速、台風の軸対称構造などを調べることにより、台風直下の海水温の変化が台風に与える影響を調べてきました。しかしこの論文は異なるアプローチをしました。

気象衛星ひまわり8号の輝度温度を真値として使ったのです。

数値シミュレーション結果をそのように輝度温度と比較したのでしょうか?

ここで研究協力者が活躍します。この研究のためにRTTOBという衛星シミュレーターを用意してくれました。シミュレーション結果の特定の時刻について(全て実施できるほどの時間とストレージはないので)モデルの輝度温度分布を計算しました。このモデルの輝度温度とひまわり8号の輝度温度を組み合わせて統計解析を実施したのです。主成分分析(経験的直交関数解析:EOF)です。

こうして台風域における特徴的な分布を抽出しただけでなく、固有ベクトルの組み合わせについて考察しました。数値シミュレーション結果は中心気圧や風の情報を知っているので、この情報を元にひまわり8号のデータから中心気圧や風が求まるのではないか?ということです。主要EOFのパターンについて、実は輝度温度だけでなく、風や高度、温位についても計算しました。成果としてまとめ上げられなかったのは残念です。

もう1つ残念なことですが、本研究では中心気圧の時間変化のみ、簡単な重線形回帰を用いて推測するところまで行いました。他はできませんでした。この研究をまとめ上げたところから、研究環境を縮小しないといけない状況になったため、データは凍結し、HDDに格納されることとなったのです。科研費でこのHDDを購入したのは、データを捨てなくて済んだのでよかったです。

疑問点の1つを紹介します。海洋モデルを結合すると中心気圧は上昇し、台風は弱まりますが、輝度温度分布、特に固有ベクトルとして抽出された値には大きな差がなかったのです。これは気候値の実験でも同様でした。

いや、大きな差はなかったというのは、もしかしたら語弊があるかもしれません。私が期待していたような差が出なかったというのが正しい表現かもしれません。

現在、世界の主な気象機関は衛星画像を通じて台風の強さを評価しています。私が科研費の成果としてこの論文を取り上げたかったのは、台風海洋相互作用が台風強度に与える影響を衛星データに翻訳してみた場合、それは直接物理量として出力される値と同様の結果となるのか、という新たな問いを提示したかったからです。

実際、北西太平洋では4つのセンターが台風のベストトラックデータを公表しています。それぞれに違いがあります。この話は別の機会にしたいと思います。

現在数値シミュレーションやRTTOBはリソースの関係であまり使っていないのですが、衛星データを用いた研究は継続して実施しているところです。
ちなみに本論文はFeature articleとしてオープンアクセスで公開されています。私が用いた非静力学モデルについてソース公開ができないため、こういった雑誌が私の研究に興味を持ってくれるのはありがたい話です。

この研究がきっかけとなってアンサンブルデータからいかに科学的知見を産み出すのか、ということは、私の関心の1つになりました。申請書の研究目的には明示しなかったのですが、研究方法に記載していたというのは単なる思いつきか、もっと深いことを考えていたのか、忘れました。


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