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マルメロの種で化粧水をつくる(O.ヘンリーの短編小説のこと)

マルメロという果物についての雑記です。漢字で書くと 榲桲。

マルメロという言葉を初めて目にしたのは、O.ヘンリーの短編小説だったかもしれません。こんな話です。

いつも固くなった古いパンだけを買っていく青年を、貧しい画家だと思いこんだパン屋の女主人(ミス・マーサという名前でした)は、いつしか彼に淡い恋心のようなものをいだくようになります。アラフォーの独身だった彼女は明るい気持ちになり、華やいだブラウスを着たり、マルメロの実で化粧水を作ったりするように。ある日、ミス・マーサは思いきった行動に出ます。かたいパンを買いに来た青年が目を離したすきに、そのパンに切れ込みを入れバターをたっぷりはさんだのです。おそらくそれは、好意というより慈善の気持ちに近いものだったかもしれません。ところが、その青年は貧しい画家ではなく設計図を描く建築家でした。古くなったパンは、設計図の下書きを消す消しゴムとして使っていたのです。バターのおかげで作品は台なしになってしまいました。そのことを知り、ミス・マーサは華やいだブラウスを脱いで元の地味な服に着替え、マルメロの実を窓から投げ捨てました...というようなお話です。

窓から投げ捨てたマルメロって、どんなものだったんだろう?果物らしいけれど、美しくなるために、とか 若返る、とか書いてあったような。

先日、初めて生のマルメロを見かけて思い出した、この短編小説。タイトルが思い出せず。調べたところ、原題は "Withches' Loaves" 直訳すると「魔女のパン」ですね。たしかに『魔女のパン』というタイトルで翻訳されたものはありますが、私の記憶にあるのは「パン屋」とか「絵描き」とかで、「魔女」というのが意外だったので、調べてみました。

『古パン』阿部知二[編] 1957 宝文館
『いじわるなパン』中山知子訳 1963.9 岩崎書店
『善女のパン』大久保康雄訳 1969.3 新潮社
『パンのあだしごと』飯島淳秀訳 1989.5 角川書店
『魔女たちのパン』大久保博訳 1990.3 旺文社
『魔女のパン』千葉茂樹訳 2007.6 理論社
『ミス・マーサのパン』芹澤恵訳 2007.10 光文社
『二つのパン』粟野真紀子簡約 2014 NPO多言語多読
『魔が差したパン』小川高義訳 2015.11 新潮社

国立国会図書館のデータベースで調べたところ、こんな感じです(古い順に並べました)「パン屋」という単語は見つからず、たぶん私の記憶にあるのは『ミス・マーサのパン』のような気がします。O.ヘンリーといえば、『最後の一葉』("The Last Leaf")とか『賢者の贈りもの』("The Gift of the Magi")とか、ほぼ決まった翻訳タイトルのある作品も多いなか、この短編は比較的有名なのに翻訳タイトルがまちまちで、「あの、パン屋が貧しい画家のパンにバターをはさむ話、なんて題だっけ?」と思う人が多いようです(ネットで検索すると、そういう質問がたくさん出てきます)

さて、マルメロですが、原文はこんなふうになっています。

"In the back room she cooked a mysterious compound of quince seeds and borax. Ever so many people use it for the complexion."

”奥の部屋で彼女は、マルメロの実とホウ砂を混ぜ合わせたあやしげなものを煮た。それは多くの人が顔の色つやのために使っているものである。”

quince seeds マルメロの種 だったんですね。なんとなく、マルメロジュースを飲む、みたいなイメージで覚えていたのですが、違いました。ホウ砂といえばスライム作りと思ってしまうけれど、掃除や洗濯に使うものみたいです。お肌つやつやにするというからには、化粧水みたいなものを作っていたのでしょうか。

気になって検索してみると、クインスシードエキス(マルメロの種から抽出されるエキス)は、ヒアルロン酸に匹敵するほど保湿力のあるゼリー状のものらしいです。マルメロの種から化粧水を作っているひともいました。なにを加えるか、レシピはいろいろありますが、基本的にはマルメロの種をホワイトリカーに漬けこんでゼリー状になったものを、希釈して使うようです。

たしかに、マルメロの種にはペクチンが多く含まれているようです。先日、ジュレを作ったとき、リンゴよりもとろみがつきやすく、冷めたあとは、ふるふるというよりはぶるぶるというくらいしっかり固まりました。

このジュレを、もっと煮詰めて固めると、マルメラーダというお菓子になります。ゼリーというよりは寒天のような、それよりも羊羹やみすず飴に近い感じのお菓子で、ポルトガルではポピュラーなものだそうです。
ちなみに、英語のmarmalede(マーマレード:柑橘類のジャム)の語源は、このマルメラーダだそう。マルメロは柑橘類ではないように思うし(香りは柑橘っぽいけれど)皮を刻んで使うわけでもないし(マルメロの皮は固い)なぜそれが、いまのマーマレードになったのか不思議な気はします。香りと色は似ているような気もしますけれどね。

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