チケットとビールの幸福な関係

 ドイツのサッカーリーグ、ブンデスリーガのチケットは、その試合当日には、ある特定のエリアの公共交通の無料チケットにもなる。エリアの広さとしては、東京なら23区プラス周辺の市域、神奈川なら横浜市プラス川崎市くらいだろうか。前売りチケットを持っていれば、エリア内では帰りだけでは無く、行きの交通費も無料になる。特急券の必要の無い鉄道、地下鉄、路面電車、バスが全て無料で利用できる。こうなると誰もが、割安でもある前売りチケットを入手しようとするので、スタジアムは常に満員か、それに近い観客動員となる。自家用車の利用が激減するので、試合会場周辺の交通渋滞や事故が発生しない。自動車利用が無ければ、当然、それに伴いCO2の抑制に繋がり、環境への負荷が減少する。そして、運転手という存在が必要無いので、誰もが行き、試合前、試合中、試合後、帰り、いつでもアルコールを楽しむことができる。もっと直接的な表現をすれば、いつでもビールを飲むことができる、という訳である。

 ドイツでは、公共交通の利用時でも、特にサッカーの試合当日ならなおさら、他人に「多大な」迷惑をかけない限り、幾らでもビールを飲むことができる。そして、このビールのお陰で、あの独特のスタジアムの雰囲気も醸成される。彼の地では、いかにビールを飲むかがシステム化されている、とも言える。

 スタジアムの規模は各会場でそれぞれだが、3部くらいまでのカテゴリーに所属するチームであれば、2万人から8万人くらいまで集客出来る。その数の観客が、常にビールを消費する訳で、地元を初めとした飲食店、酒の小売店、売店等への経済効果は、極めて大きいものがある。ドイツでは、5部くらいのカテゴリーまでは、地元のチーム、自分の贔屓のチームを熱狂的に応援するので、どこも同じような光景になる。1週間の間に、全てのカテゴリーを合わせ、どれだけの試合が開催されているのかを考えると、そのビールの消費量も凄まじい数字になることは容易に想像できる。そして、チケットが公共交通のチケットとしても利用できるのは、サッカーだけではなく、例えば演劇の公演やクラシックのコンサート等でも見られる。もちろん、スポーツが最もビールと親和性が高い。酔っ払いがクラシックのコンサートに乗り込むことは無い。ロックのライブだと、飲んでいるファンはいるが。

 こういう実例を日本人が聞くと、「本当に素晴らしいシステム」とか「流石にドイツは違う」という感想になる。そして、そこで思考停止になってしまう。そこから先には進まない。

 が、私は強く思うのだ。ドイツのこういったシステムを単に賞賛するだけでは無く、「ドイツの酒飲みに出来るのだから、日本の酒飲みにも出来るはずだ」と考えないといけない、と。運営母体が異なることが多い日本の公共交通ではあるものの、その気になりさえすれば、実現可能な地域もあるのではないだろうか。

 サッカーのワールドカップで、日本はドイツに勝利することが出来た。日本も必ず出来るはずだ。きっとマナー良く、ビールも飲まれるに違いない。

 いよいよ我々酒飲みの出番なのではないだろうか。いや、出番であるに違いない。私は、そう思うのだ。

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