酒飲みの「あ」の男

「飲酒哲学」と名付けてみました。世界の酒類とその背後にあるアルコール文化について、思う…

酒飲みの「あ」の男

「飲酒哲学」と名付けてみました。世界の酒類とその背後にあるアルコール文化について、思う事を少しずつ書いていきます。

最近の記事

飲食店とインバウンド

 最近ようやく、コロナ禍というものが完全に過去のものになった、という実感がある。そんな中、友人、知人と会う機会もコロナ禍以前のように増えてきた。個人的に飲食関係者と話しをすることも多いのだが、彼等との話題を非常に乱暴に要約すると、今後のインバウンドの行方、という一点に収斂されていく。そこで、外国からの視点も踏まえて、日本の飲食店の現状を考えることも、実はちょっとした意味があるのかもしれない、と考えた。  まず店舗そのものを考える時、当然だが、外国人観光客は、日本人とは全く違

    • チケットとビールの幸福な関係

       ドイツのサッカーリーグ、ブンデスリーガのチケットは、その試合当日には、ある特定のエリアの公共交通の無料チケットにもなる。エリアの広さとしては、東京なら23区プラス周辺の市域、神奈川なら横浜市プラス川崎市くらいだろうか。前売りチケットを持っていれば、エリア内では帰りだけでは無く、行きの交通費も無料になる。特急券の必要の無い鉄道、地下鉄、路面電車、バスが全て無料で利用できる。こうなると誰もが、割安でもある前売りチケットを入手しようとするので、スタジアムは常に満員か、それに近い観

      • 「ファン列車」とビール

         ドイツのサッカーリーグ、ブンデスリーガのアウェー戦に向けて「ファン列車」が運行されることがある。距離のある開催地での、試合観戦だけのために準備される列車だ。破格の安さで往復できるものの、通常、ドイツ鉄道が保有する最も古く、最も汚い客車が使われる。例えば、ケルンのチームのファンが「ファン列車」でミュンヘンに向かうとする。途中、乗客の乗降は一切できず、ありとあらゆる列車に追い抜かれ、復路も全く清掃されない同じ客車で戻ることになる。文明国とは思えない、凄まじい混沌と共に移動する。

        • 酒飲みの二元論

           ドイツのサッカースタジアムでは、その規模の大小にかかわらず、最前列の特等席は、全て車椅子専用席になっている。チケット料金が格安になっていることに加え、同伴者も同様に格安で、その席に入れるようになっている。率先して、車椅子サポーターと共に乗り込む。だから車椅子席も常に満席になる。スタジアムでは、そのホームチームをサポートするかしないか、この単純な違いしか存在しない。  ドイツの場合、車椅子サポーターは「かわいそうな人達」ではなく、例えば敵チームに対する容赦ない野次から始まり

        飲食店とインバウンド

          森鴎外の数字は真実か

           国別の「一人当たりの年間ビール消費量」という統計がある。生まれたばかりの赤ん坊から酒を好まない大人まで、その国の国民一人当たり、年間どれくらいのビールが飲まれているか、という統計だ。単純なビール「総消費量」の統計だと、当然、中国やインド等、圧倒的に人口が多い国が上位になる。「一人当たり」を見ることで、ビールがどれだけその共同体に浸透し、また食文化として重要とされているかが分かる指標となっている。  ここ30年程の期間を見ると、おおよそチェコ、ドイツ、オーストリアが上位3カ

          森鴎外の数字は真実か

          「ゴゼ」というビアスタイルから考える

           ゴゼ(Gose)というビアスタイルがある。ゴーゼと表記される場合もあるが、ここではドイツ語の原音に近いゴゼと書く。  ドイツのハルツ地方で作られ始めたと言われており、900年代の終わりには、既に記録に残っている。通常のビール原料に加え、塩やハーブ類が含まれ、乳酸菌も用いて発酵させる。これは、鉱山労働者のために醸造されたものではないかと考えられている。900年代の初めには、ハルツ地方には多数の鉱山労働者がおり、効率的に塩分、水分、栄養分を補給するために発達したらしい。当時の

          「ゴゼ」というビアスタイルから考える

          比較麦酒的考察

           ビール作りの「基準」というものがある。  ドイツでは言うまでも無く1516年の制定以降、「ビール純粋令」がその基準になっている。この法律が制定された背景には、当時、ビールの原料に混ぜ物をする等、醸造における衛生面も含めて、著しく劣化したビールが生産され、流通していたという歴史がある。一定のクオリティを担保するために、法によって原料を限定し、それを頑なに守ることを彼の地の人々、醸造所、換言すれば酒飲み達は選び、今日まで維持してきた。  世界的な「クラフトビール」ブームは、

          彼等の「定義」

           広く欧州のドイツ以外の国で、ドイツとドイツ人の悪口を言うと非常に喜ばれる。フランスでは「この国の悪いものは全て、ライン川の向こう側から来た」と言われているし、イタリアでは「この国の海で9月になっても泳いでいるのは、犬とドイツ人だけ。10月になっても泳いでいるのはドイツ人だけ」というのを耳にしたこともある。私が当時住んでいたドイツから訪れ、「ドイツは寒い」と言うと、それだけで「そうだろう、寒い国だ」とある老夫婦に喜ばれたこともある。これは、二度の世界大戦を引き起こした歴史的経

          その土地の「個性」を飲む

           色味が似ているというだけで「ビール」という大きな括り、名称に、単純にまとめてしまうことは、非常に勿体ないことだと思う。例えば、共に黄金色の「ヘレス」と「ピルスナー」では、それが生まれた場所も由来も異なり、当然、味わいも変わってくる。  「ヘレス」という言葉のhellは、ドイツ語で「明るい」、「淡い」を意味し、その名称は、それまであったdunkel(黒褐色の)というビールに対する対義語として生まれた。麦芽の乾燥技術が飛躍的に改良され、温度管理ができるようになって初めて誕生し

          その土地の「個性」を飲む

          ボジョレーの新酒

           今年もまた、フランスのボジョレー地区と日本でのみ騒ぎとなる、例の新酒の季節がやってくる。昔から、ぶどうの栽培と収穫、その後のワイン醸造は、文字通り足腰が立たなくなるほどの過酷な労働だったので、その年の仕込みが終わった後に酒神に感謝するという気持ち、もっと簡潔に言えば、その労働からの「解放感」は容易に想像できるものがある。ワインはキリスト教とも深く結びついてきた。その歴史的、文化的な部分を一気に飛び越えて、日付変更線の関係で、最も早く解禁になるというそんな理由だけで騒ぐここ極

          ある酒屋

           中部地方のある町に、その酒屋はあった。  業界では、斜陽産業の典型例として語られる一般的な「町の酒屋」だが、その店も「時代の波」に抗えず、かなり前に酒屋からコンビニへとその営業形態を変えた。当然ながら、コンビニで扱うのは酒類だけではなく、むしろ酒類以外の商品の販売が多数を占める。酒類といっても大手の、どこにでもある量産された缶ビール等が主流になる。店主と従業員は、日々消耗し、売り上げの大幅な上昇に伴い、商材としての酒への思いは薄れていった。  きっかけが何だったのか、店

          ビールを注ぐということ

           日本の飲食店では、ビールの「中生」や「大生」という呼び方がされる。しかしながら、そこには何か統一された基準がある訳ではなく、店によってその「量」は様々だ。極端な話し、これがうちの中生だ、と店側が言えば、それで終わり。恣意的に決めることができる。だから「パイント」、「ハーフパイント」等と表記されている店は、良心的な店と言える。曖昧さを無意識に許容する日本社会の有り様と言えばそれまでだが、例えばドイツ語圏では、ビールの量は必ず明示され、グラスやジョッキにもその数値が書かれている

          ビールを注ぐということ

          ビールの産地を「隠す」ということ

           ドイツのバイエルン州に、ヴァイエンシュテファン醸造所はある。古い文献に、既に1040年の時点でビール醸造が行われていたという記述があり、現在稼働している醸造所では、世界最古のそれとなっている。この醸造所は今日、ミュンヘン工科大学との関係が深く、およそ1000年に渡る伝統と最新の知見が融合したビール造りが行われている。この醸造所の一画で、日本の某有名ビールメーカーが、主に欧州内の日本食レストラン向けにビールを造っている。技術的交流やビール文化の研究等が目的であれば、大いに歓迎

          ビールの産地を「隠す」ということ

          酒類を輸入するということ

           非常に乱暴な言い方をすれば、誰でも酒類を輸入することはできる。一個人でも、異国の酒を国内に持ち込むことは容易だ。例えば旅先のイタリアで、素晴らしいワインを見つけた人間が、物理的に数本を持ち帰ることは簡単にできる。イタリアを代表するぶどう品種を使っている、或いは珍しい土着品種を使っているワイン。銘醸地と言われている産地のもの、或いは生産量の極めて少ない産地のもの。旅の途中でそういった出会いに恵まれれば、日本でも飲みたいと思うのが酒飲みだ。  しかしながら、一本のワインを物理

          酒類を輸入するということ

          日本の飲食店に奮起を促す

           人間は弱い。だから、昨日と同じやり方で商売ができるのであれば、更なる高みを目指すこともしなくなる。いや、初めから努力しようという意志など持ち合わせていないのかもしれない。  この国の飲食店のことである。客にアルコールを提供する彼等は本来、その「プロフェッショナル」でなければならないはずだが、実は全く勉強していない。酒類に興味が無いと言った方が適切かもしれない。  もちろん少数ではあるが、自分の店で出す酒類にとことん拘り、料理との相性を考え、自信と酒への愛をもって、その酒

          日本の飲食店に奮起を促す

          「プルゼニュの酒場へ」vol.2

           チェコへの入国は、東京から神奈川へ行くのと同じほどあっけないものだった。ベルリン始発の国境越えの特急列車には乗客は殆どおらず、東京のチェコ大使館発行のビザにも何ら問題は無かった。駅名表示がドイツ語からチェコ語になり、車窓から野生の鹿を頻繁に目にするようになった。  地名の響きに惹かれるのは、観光客が目指すプラハではなく、あくまでもプルゼニュだった。チェコ国内で乗り換えたローカル線には、外国人らしい乗客は全く見当たらなかった。ビールの町は、もうすぐだった。私は、チェコ語での

          「プルゼニュの酒場へ」vol.2