その土地の「個性」を飲む

 色味が似ているというだけで「ビール」という大きな括り、名称に、単純にまとめてしまうことは、非常に勿体ないことだと思う。例えば、共に黄金色の「ヘレス」と「ピルスナー」では、それが生まれた場所も由来も異なり、当然、味わいも変わってくる。

 「ヘレス」という言葉のhellは、ドイツ語で「明るい」、「淡い」を意味し、その名称は、それまであったdunkel(黒褐色の)というビールに対する対義語として生まれた。麦芽の乾燥技術が飛躍的に改良され、温度管理ができるようになって初めて誕生した、歴史的には新しい種類のビールなのだ。同時に、それが醸造されたバイエルン州という土地の特性が非常に重要になってくる。ドイツは南部にアルプス山脈があるせいで、日本とは逆に、南へ行けば行くほど降雪量が多くなる。私が住んでいたノルトライン・ヴェストファーレン州は北部に位置していたが、積雪で困ったという記憶はない。こういった地理的要因もあり、北部諸州以上に、バイエルンの水は、非常に硬度が高くなる。また石灰分も含まれている。その水に対して従来の量のホップを使用すると「苦味」だけが強調されるビールになってしまう。その欠点を克服するために、世代を超えた猛烈な努力が続けられ、ホップの量を減らして醸造できるようになっていった。ホップは、ビールにとって重要な「苦味」をもたらすだけではなく、当時は「腐敗を防ぐ」という更に重要な意味も持っていたので、その量を減らす技術の獲得、醸造方法の確立は、文字通り苦難の連続であったという。ホップの量を減らすことで逆に「旨味」や「コク」が増すというビールが生まれた背景には、バイエルンの水との格闘、それを醸造に生かすという歴史が存在している。そして、現代の酒飲みは、その恩恵を享受していることになる。

 歴史の必然と言えるかもしれないが、今日、ミュンヘンの「オクトーバーフェスト」で供される6つの醸造所のビールも、このヘレスである。

 こういった部分を知ると、酒類の個性とは、正にその土地の個性であると改めて思う。幾ら原料を揃え、醸造方法を真似したところで、別の土地でオリジナルと同じものを作ることは決してできない。ましてや「オリジナルを越えた美味さ」などというものは、絶対にできない。オリジナルを越えるような出来映えのものがあれば、それは別のオリジナル商品として世に出るはずである。それが、商業の大原則ではないだろうか。

 ライセンス商品などではない、オリジナルを楽しむこと。これは、酒類に限らず、今後ますます意味を持つことになるのではないだろうか。紛い物が溢れる今日、私は改めて強くそう思う。

 オリジナルを楽しむ。我々酒飲みにとっては、オリジナルを飲む、ということになるだろうか。そこには間違いなく、素晴らしい時間が存在している。


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