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新海監督次回作考察           光と闇の「Χάος」

新海監督は自身の作品で、
悪役があまり登場しないことについて、
次のように仰っていらしたことがあります。

(NHK ワルイコあつまれ 
      2023年2月11日放送回より)


新海監督

『この人、一人だけが悪いから、
いろんなことが上手くいかないんだってことって、実は実際はなくて、

皆んなが少しずつ責任を負っていて、
結果的に悪くなってしまうことのほうが多いから、わかりやすい悪人て、出しにくいなって思います。

でもその分、
災害っていうのは、人ではないけど
“僕たちにとっては巨大な敵なので”、
映画の中では、敵として、描いている。』





新海監督は、ある講演会で、

こうも仰っていました。

天気の子 Blu-ray BOX ディスク3 「天気の子−物語の起点」より
天気の子 Blu-ray BOX ディスク3 「天気の子−物語の起点」より
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以下は、新海監督の制作日誌より抜粋したもの。

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2016/11/12 

香港に向かうキャセイパシフィック機内。

機内がざわめいたように、一瞬思えた。

マジかー。マジなのかー。世界はどうなっていくのだろう。



たぶんますます

【ケイオティク】

に、世界は変わっていく、





ケイオティク(Chaotic)
とは、「混沌とした」の意味









新海監督が、この世界を織り成す
“光と闇”に言及し、


そして、

「ケイオティック」
Chaotic(混沌とした)

という言葉を、
新海監督が、
あのとき使われたのであれば、



やはり新海監督が描く次なる“厄災”は………、

新海監督の次回作で、私達の
“敵となるべき存在”
は、

やはり、
私達の世界を破滅に導く、
【光と闇の「Χάος」】
なのでしょう。






以下は2025年?、あるいは2026年?に公開されるであろう、新海監督の次回作の考察です。

ご覧頂けたら幸いです。







新海監督は過去三作において、
【厄災】を描いてきました。

『君の名は。』。
『天気の子』。
『すずめの戸締まり』。

厄災を描いた三つの作品の後、
新海監督は新たな映画で、何を描くのか?



以下は新海監督が
“次回作について”
話されているインタビュー動画です。
(※2023年3月10日you tubeにアップされたもの)


以下の画像をタッチすると、ちょうど新海監督が次回作について話されている場面から、動画が始まります!




どうか、新海監督の次回作に関する話を、
直接、見て、聞いてください!!



新海監督の次回作を考察する上で、
絶対に欠かせないんです!!
極めて重要な映像なんです!!


どうかお願いします!!!!



下の画像にタッチすると、新海監督が次回作について話している重要な部分から、
ちょうど動画がスタートするよう設定致しました!!


2分20秒、この動画は続きます!!


2分20秒だけ、皆様の時間を下さい!!


この動画を見て下さい!!!
お願いします!!!!!!


※少し音量が小さめです。ボリュームをアップしてみて下さい。
そして、今すぐ下の画像のタッチしてください!!
動画が始まります!!

以下の動画は、
ラストまで見切って下さい!!






(※見終わりましたら、どうぞボリュームを下げてください。このあとも動画紹介が度々あるのですが、以降の動画は、普通の音量で聞けます。)



以下は、上のインタビュー動画を文字に起こしたものです。

岩本乃蒼アナウンサー

新海監督は、『君の名は。』ではいん石、『天気の子』では水害、『すずめの戸締まり』 では地震をテーマにするなど、3作連続で災害を描き続けてきました。

この後っていうのは、今どう思われてますか?


新海監督

『どうなんでしょうね。
1本作り終えると、毎回僕はもうそれで白紙になってしまって、自分の中に何も残っていないという状態になってしまうので、
今は次の作品のことはまだ全然想像できていないんですね。

ここ3本災害が続いたので、予想されないようなものを出さなければいけないなということはいつも思ってるんですね。

それで言うと、

次はメインで扱うものは、
災害じゃないんじゃないか、
という風には思います。

でも分かんないんですよね。

僕自身の映画のテーマは2011年をきっかけにして、

もしも自分があなただったら”
ということが、
もう何て言うか、
そこから逃れられないような考え方になってしまったんだと思うんですよね。

自分が次に作品を作るんだとしても、

“もしも私があなただったら”
という要素が、
きっと中央に入った映画というものは、
多分この先も作っていくんだろうなというふうには思います。

ただ一つ思うのは、
2011年の時に強烈に思ったのは、
もしも、自分があの場所にいたら
ということだったんです。

「もしも自分があなただったら」

ということを繰り返し考えた。

10代の観客に話を聞くと、
震災のことはよく分からないという方もたくさんいらっしゃるし、
そもそも 覚えていないとか、
震災後に生まれましたという人もたくさんいるわけです。

この映画がうまく作られているのであれば、
観客も、同じような体験をしてくれると思ったんです。

震災を知らないような10代の子たちも、
鈴芽になることができたかもしれない。

楽しんでほしいと思ってアニメーションを作っているわけですけども、

でも楽しみの中に、
12年前に大きく揺さぶられたいろんな人の感情を込めることができれば、それはエンタメにしかできないような一つの役割なんじゃないかと。

楽しい映画だと見てくれた1000万人の人の中の、
本当にごく一部であっても、

“自分があの場所にいたらどうだっただろう”

そういうことを想像してくれるような人がいれば、それはエンタメにしかできない仕事だと少しだけ胸を張れるんじゃないか。

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新海監督の次回作はどうなるのか?

一言で、皆様に具体的な内容をお伝えするのは、
私にとって、やはり難しい。

ただ、ひとつ確かなことを今すぐ、
私が言えるとするならば…………、

新海監督がインタビューで仰っていた通り、
次回作も、
【もしも私があなただったら】
あるいは
【もしも自分があの場所にいたら】
ということが、これまで通り
“中央に入った映画”
には、なる。


この、新海監督が仰っていらした、
【もし私があなただったら】
を、より具体的に掘り下げるのであれば、
それは次のような思いなのでしょう。

以下は新海監督ご自身が書かれた       すずめの戸締まりの、            小説のあとがきからの抜粋です。



どうか新海監督の思いを聞いて下さい。

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(以下、小説「すずめの戸締まり」あとがきより抜粋)

僕にとっては三十八歳の時に、
東日本で震災が起きた。
自分が直接被災したわけではなく、
しかしそれは四十代を通じての通奏低音となった。


アニメーションを作りながら、
小説を書きながら、
子供を育てながら、
ずっと頭にあったのは
あの時感じた思いだった。

なぜ。
どうしてなぜこの人が。
なぜ自分ではなく。
このままですむのか。
このまま逃げ切れるのか。
知らないふりをし続けていたのか。
どうすれば。
どうしていれば。

そんなことを際限なく
考え続けてしまうことと、
アニメーション映画を作ることが、
いつの間にかほとんど同じ作業になっていた。

あの後も

【世界が書き換わってしまうような瞬間】

を何度か目にしてきたけれど、

自分の底に流れる音は、
二〇一一年に固着してしまった
ような気がしている。


その音を今も聞きながら、僕はこの物語を書いた。


そしてたぶんこれからも、
ぐるぐると同じようなことを考えながら、

あまり代わり映えのしない話を
(代わり映えさせようと努力はしているんですが)

今度こそもうすこし上手く語ろうと、

次こそはもっと観客や読者に楽しんでもらえるようにと、

作り続けていくのだと思う。

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新海監督は、「すずめの戸締まり」公開後、次のようにも仰っていました。

2023年5月10日放映
ワールドビジネスサテライト未公開インタビューより


新海監督

日常のディティールをどこまでも拡大して描くということに、僕はだんだん意味を見出しにくくなってきて。
最近作っている物語ですと、
“日常が途切れてから話が始まる”
というか、そういうものに、だんだんなってきてる気はしますね。』

田中瞳アナウンサー

『たしかに君の名は。だと彗星の落下ですとか、現実にはあり得ないかもしれない、大きな出来事から始まりますよね。』

新海監督

『そうですね、僕が以前に作っていた物語は、そういった大きな出来事が起こらない世界を描いていた気がします。

「言の葉の庭」は、公園で男女が語らうだけの物語だったりしましたし。

ああいうものが、かつては僕自身は作ることはできていたけど、今はなんとなくこう、

“逆に作れなくなってしまったなと。”

大きな出来事を、
“世界が変わるような出来事”
を映画の中で一旦描いて、
その中でキャラクターを描いてみたいし、

それをやりたいという気持ちは強いです。』

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このワールドビジネスサテライトという番組は、
【2023年5月10 日】
に放映されました。

以下は、その6日後、
【2023年5月16日】
にyou tubeにアップされた、
日経新聞社のインタビュー動画です。 

新海監督は次回作について、
次のように仰っていました。

新海監督

『いくつか考えたことはあるんですけど、
まだ言えないですね。
何もかも話すわけにはいきませんので。』



どうか、
新海監督の声のトーン、
新海監督の仕草、
これらを是非、動画で見て下さい!!
きっとニュアンスが伝わると思います!!

※以下の画像をタッチすると、
動画がスタートします!
皆様の時間を30秒だけ下さい!




上の動画における新海監督の話しぶりからすれば、
この日経新聞社の動画がyou tubeに上がった
【2023年5月16日】
の時点で、
【次回作の構想】
で、いくつか決まったことはあったはず。


そうであればこの6日前の、
【2023年5月10日】
に放送されたワールドビジネスサテライトという番組で、新海監督が
『それをやりたいという気持ちは強いです。』
と仰っていらした

【世界が変わるような出来事】
は、次回作でも、やはり描かれるのではないか?


新海監督は、
先のワールドビジネスサテライトという番組で、
日常が淡々と続く「言の葉の庭」のような映画は、
『作れなくなってしまった』
と表現されていました。

新海監督がインタビュー等で
繰り返し仰っていらした、
【世界が変わるような出来事】
【日常が途切れる】
【もしも私があなただったら】
【もしも自分があの場所にいたら】

という言葉も鑑みれば………、

そして、新海監督が「すずめの戸締まり」の小説のあとがきで仰っていた、

『【あまり代わり映えのしない話】を
      次こそは上手く作る』

『自分の底に流れる音は、東日本大震災がおきた2011年に固着してしまった』

という言葉も踏まえるならば……………、





やはり、私達の【日常】を断ち切るような、


何らかの【厄災】は、
次回作でも描かれるのではないか?


ただ、皆様方に対し、
すぐさま、この【厄災】をキーワードにして、
『新海監督の次回作ではこんなことが起こる!!』
みたいな結論を、いきなり話し始める事は、やはり妥当ではないなと、私は感じます。

“単なる憶測”や“印象論”を皆様に強弁するようで、
非常に好ましくないと、感じます。




【新海監督は次回作で何をやろうとしているか?】

私は、新海監督のインタビューなどもご紹介しながら、“明確な根拠”にもとづき、この問いに迫りたい。

そうして、新海監督の次回作はどのようなものであるかについて、
『段階を踏みながら、
 皆様が納得できるような形で説明したい』
そんな思いがあります。



この考察記事の題名、

「光と闇のΧάος」

の意味も、
きちんと明らかにしたい。





今しばらくお付き合い下さい。



新海監督は次回作で何をやろうとしているか?


結論に至る根拠を一つ一つ積み上げる、
その最初の一歩には、
やはり次にご紹介するインタビュー動画がふさわしいでしょう。

次に紹介するのは、今から6年前の新海監督のインタビュー動画です。

君の名は。が公開された翌年の2017年3月7日に新海監督が受けられたインタビューの動画です。

この動画はかなり昔の動画ですが………、

ただ、やはり新海監督の次回作を考察する上で、避けては通れないものだと思います。


以下の動画をタッチすると、ちょうど大事な場面から映像が始まります!

今すぐ下の画像をタッチ!!

この動画は、
15秒くらい見て下さい!!






膳場アナウンサー

『最後の質問なんですが、新海さんは、
その時代の空気”
その時代の皆が考えていること”
をすくい取って作品にしてこられることが、とても多かったと思うんですが、次はどんな作品を作っていかれますか?』

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【その時代の空気】
【その時代の皆んなが考えていること】

が、新海監督の作品には映り込んでいる。

膳場アナウンサーのこの指摘は、
私は正しかったと思います。
動画で確認いただけるかと思いますが、新海監督はこれを頷くようなかたちで、肯定されていました。


私は、実は、この動画の新海監督の受け答えに関連して、新海監督に質問をする機会に恵まれました。

(※ちょうど「すずめの戸締まり」のヒロイン、鈴芽役が原菜乃華さんに決まったとき、公式アカウントが新海監督への質問を募集していたのです。)

そうなんです!!
幸運にも新海監督は私の質問に
答えてくださったんです(^^)!!

この膳場アナウンサーのインタビューから
時は流れ5年後、

2022年7月13日のことでした。

すずめの戸締まりが公開される4ヶ月程前のことです。

上の動画における新海監督の発言を踏まえ、私はTwitterのスペース上で、新海監督に対し、ある質問をしました。

↓↓↓↓↓↓↓↓




質問を司会のTOHO宣伝プロデューサー、
弭間(はずま)さんに取り上げて頂いたとき、
私は、こんな感じでテンパってました(汗)……、

私がこのとき慌てふためき、そして新海監督が、私の問いに答えにくそうにしていたのには、実は理由があります。

私が新海監督の
“作品づくり”について、
全く誤った理解をして
質問していたからです。

新海監督、当時はすみませんでした。


新海監督は私の問いに、
次のように答えてくださいました。

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新海監督

『時代や社会の雰囲気を、映画に意図的に反映させているわけではない。

その時代や社会の雰囲気は、映画を作るときに自分自身から自然と、にじみ出るもの。』

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


私は、新海監督の思いは、皆様にやはり直接聞いて欲しいという願いがあります。

以下の動画を是非ご覧下さい!!
下の画像をタッチすると、動画が始まります!!

この動画は45秒くらい見て下さい!!!!


新海監督

『毎回映画を作る時に、
よし、災害を描こうと思っているわけではなくて、今の時代の物語を描こうと思うと、

“どうしても災害が入ってきてしまう”、

そういうのが自分の実感に近いんです。

ですので、「すずめの戸締まり」も最初は鈴芽という少女の成長を描こうと思ったんですけれども、
でも、現代の日本でどのように旅をして、どのように成長していくかということを考えたときに、
災害のことを考えざるをえなかった。

“災害が映画の中に入って来ざるをえなかった”、

そんな実感ですね。』

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私は新海監督の映画作りの過程を、      全く誤解をしていました。

新海監督が作り上げた映画の端々には、
その時々の時代の空気や社会の雰囲気が映り込む。

しかし、それは新海監督が意図したものではなかった。

それら、映画に映り込む時代の空気、社会の雰囲気は、
新海監督ご自身の心の内へ
“自然と入り込み”
そうして意図せずして、映画より
“にじみ出てきたもの”であった。



2025年?か2026年?に公開される
新海監督の次回作でも、
もしそうなのであれば…、

今、新海監督の心の内に

“入り込んでしまうようなもの”
あるいは、
新海監督から
“にじみ出ている思い”

こういったものを、
もし見つけることがてきたなら、
それは新海監督の次回作のヒントに
もしかしたらなるかもしれない。

新海監督は映画のプロモーションのため、舞台挨拶やインタビューを数多くこなされてきました。

新海監督が数多くこなされてきた、
舞台挨拶やインタビューから、

“新海監督に入り込んでしまうようなもの”
“新海監督からにじみ出る思い”


これらを見つけだすことはできないか?
そこに新海監督の次回作の手がかりはないか?


新海監督は、今、何を感じてらっしゃるのか?

新海監督の心の内に
“入り込んでしまうようなもの”
は何か?

“新海監督からにじみ出る思い”

は何か?

新海監督が次回作で描くものは何か?



実は、すずめの戸締まりの公開後から新海監督の発言でずっと気になっている点が、一点あります。

以下は、新海監督がすずめの戸締まりの
試写会の際に仰られていたことです。


以下の記事を注意深く、


一語一語、目を凝らしてお読み下さい。


一言一句、逃さずお読み下さい。



どうか指で文字を、一つ一つ
なぞりながら見て下さい。

どうかお願い致します。


皆様は“ある言葉“に、きっとお気づき頂けると思います。

【引用元URL】https://www.cinematoday.jp/news/N0133132

これは新海監督が、2022年10月25日にすずめの戸締まりの完成報告会(試写会)でお話されていたことです。
(※このとき、実はメディア向け、あるいは抽選に当たった人向けに「すずめの戸締まり」の試写会が行われていました。)

新海監督は、この「すずめの戸締まり」の完成報告会見の際に、
『その後の戦争もそうですが』
と、上のインタビューで、ほんの一言ですが言及されていました。

この、
“戦争”
という言葉だけ、皆様、なにか唐突な印象を受けませんか?

新海監督が昨年、世に送り出したすずめの戸締まりは『災害』を描いたものです。

新海監督はすずめの戸締まりの制作中に様々な報道に接する中で、やはり戦争に関する報道にも、何かしらの影響はきっと受けられたのだとは思います。

ただ、やはりすずめの戸締まりは、
“『戦争』を主題とした映画ではけっしてない”
と、私は理解しています。

上の記事中の新海監督の発言にある
【コロナ禍】
【緊急事態宣言】
は良いのです。

すずめの戸締まりの劇中、登場人物のセリフで
『急な発熱者』
『疫病』
といった言葉があり、
映画ときちんと関連するからです。

でも、
“戦争”
という単語は、すずめの戸締まりの劇中、
ただの一度も出てこなかった。

すずめの戸締まりには、
“戦争”の比喩や暗喩も、
全く存在していなかったと私は理解しています。

皆様、新海監督が仰られた、この
“戦争”
という言葉だけ、
何か少し浮いている感じがしませんか?

すずめの戸締まりの、
他ならぬその完成報告会で、
完成披露試写会があった場で、
新海監督は最新作と直接的にはあまり関連性が無いことを仰られた………、


ただ、だからといって、
【新海監督の次回作が戦争を扱ったものになる】
というのは、さすがに強引で単純な結論の導き方だと思います。

現時点で
【新海監督の次回作の主題は戦争である】
という結論を下すのは、

根拠が極めて薄弱な、単なる憶測、
あるいは印象論にすぎないと、
私自身思います。



………、でも、皆様、何か妙に気になりませんか?

皆様は、この新海監督の
“戦争”
という言葉をどう思われますか?



以下は、新海監督がウクライナ戦争について、ほんの少しだけ触れられていたインタビューです。
一応ご紹介しておきます。

新海監督は静かな語り口ながら、やはりウクライナ情勢に懸念を有していらっしゃるのが、下の動画をご覧頂くとわかると思います。



※音量が小さいので、少しボリュームアップしていたただけると、新海監督の声が聞き取りやすいと思います(^^)


この動画は15秒くらい見て下さい。

下の画像をタッチすると、動画がスタートします!

新海監督

『何よりもコロナ、
もっと言えばウクライナ戦争】
数年おきに、僕たちの生活を根本から変えてしまうようなことが、立て続けに起こり続けている。
そこから逃れられないような、考えなければいけないテーマに、それがなってしまったんだと思うんですよね。』




(※見終わりましたら、どうぞボリュームを下げてください。次の動画は、普通の音量で聞けます。)



そして次にご紹介するのは、

【引用元URL】https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_63ffec8ee4b072dc5958521a

ベルリン国際映画祭での新海監督の言葉です。

このときウクライナご出身の記者の方から新海監督に質問があり、新海監督はこの記者に対し、
『ウクライナの一日も早い平和を祈っています。』
と伝えられていました。






実は新海監督は、“戦争”について、これらのインタビューだけでなく、実は他のインタビューでも、何度も繰り返し言及されていたりします。


以下2022年11月16日公開のインタビューより

【引用元URL】https://www.cinematoday.jp/news/N0133228

人間が起こす戦争のような、この星のコントロール権は人間にあるんだ、と上書きするような行動もあり……。

人為的な災害であれ、
自然災害であれ、
こうした強大で暴力的な力と
無縁な世界を描くというのは、
僕のなかではなかなか発想できなくなっているんです」




以下2022年12月13日公開のインタビューより

【引用元URL】https://www.nhk.or.jp/sendai-blog/telemasa/477352.html

『決定的に個人の生活を変えてしまうのが災害じゃないですか。 大きな自然災害も同様だと思いますし、
“戦争もそうですよね”
そういう中で、その現実世界を舞台に物語を書こうと思うと、別に地震に限らないわけですけども、 災害的なものと無縁に物語を描くことは、僕にはできない気がして。』





以下2022年12月14日公開のインタビューより

【引用元URL】https://www.nhk.or.jp/matsuyama/insight/article/20221214-1.html

あるいはコロナ禍も巨大な災害ですし、

“戦争”も僕たちにとっては自然災害と同じような、どうしようもないものですよね。

そういうものが増えてきたし、
これから増える一方だろうと思うと、
今を舞台に物語を切り取ろうとすると、
どうしても災害が入ってきてしまう。





以下2023年5月31日公開のインタビューより

【引用元URL】https://news.yahoo.co.jp/articles/a5e44054cf975d7be46e6cae0bc70a44c4d447a3

2011年の東日本大震災が起きたときに、僕は日常というのは続かないんだ、不意に断絶することがあるんだと実感したんですけれども、そう感じることがだんだん増えてきたような気がしています。

感染症もそうですし、
戦争もそうですし。



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新海監督はメディアのインタビューだけではなく、ある舞台挨拶でも同じようなことを仰っていました。

私は直接、新海監督のティーチイン舞台挨拶に参加する機会があったのです。


私はこのとき、新海監督に以下の質問をしました。
なんと司会の方に、運良く質問を当ててもらえたのです(^^)
司会の方、あのときはありがとうございます!!



以下は、私の質問です。


『新海監督が「すずめの戸締まり」を作る上で、何か参考にした書籍はありますか?』



このとき新海監督は私の質問に対し、
ユヴァル・ノア・ハラリという人物が著した、
「21Lessons」
という書籍を紹介してくださいました。

【引用元URL】https://www.asahi.com/sp/articles/ASR2Q5DYYR2NULFA01M.html?ref=tw_asahi

新海監督はこの本を紹介された後で、

『相変わらず世界から戦争は絶えず、人間の愚かさは変わらないと感じた』

と、ほんの一言なのですが、
仰っていました。




他の舞台挨拶に参加された皆様に、
私は、どうしてもお伺いしたいです。

新海監督は他の舞台挨拶でも、
戦争について、
何か仰っていませんでしたか?



ここで記事を終りにすれば、
とても綺麗な終わり方になりますよね。

 『新海監督は、次回作において
   戦争を扱うかもしれませんね。』

などと、
もっともらしい事を最後に書いて、
文章を終える。


皆様、
長い記事に付き合って頂いて、
本当に申し訳ないのですが…………、

私にとって、ここで新海監督の次回作の考察記事を書き終えるなんてことは、
絶対に、
『あり得ない』
ことなんです。

そんなことは、絶対に許されないんです。
戦争というたった“二文字”の言葉で、
新海監督の次回作の考察を済ませるのは、
絶対にあり得ない。

それは、新海監督の映画作りに        
対する“冒涜”なんです。



以下のインタビュー記事の抜粋をご覧下さい。
新海監督は、「すずめの戸締まり」の、
【作品のメッセージ】
を問われ、次のように仰っていました。

【引用元URL】https://news.yahoo.co.jp/articles/a5e44054cf975d7be46e6cae0bc70a44c4d447a3?page=2

『「こういうふうに 感じてほしい」 と言葉で代替できてしまえば、作品づくりをしていないと思うので、できれば見てもらって、何かを感じてもらう。 それだけをやりたくてやってきています。』







そしてこれは、「天気の子」のメッセージを問われた際の、新海監督の言葉です。

【引用元URL】https://kai-you.net/article/66490

『この映画のメッセージはこれですよとインタビューのなかで一言で表すのは難しいです。言いたいことややりたいことは、今作で言えば114分の映画一本につまっているので。

なかなか上手く言葉で説明出来なくて申し訳ないです。』






次に皆様にご紹介するのは、君の名は。が公開されたときの、新海監督のインタビュー動画です。

この動画を見て頂くと、
新海監督の次回作のテーマを
【戦争】
の二文字で表現するのが、いかに不適切か、
皆様も、きっと理解していただけると思います。


以下の動画の再生を始めましたら、
新海監督の表情から、
絶対に目を離さないでください!!


新海監督を“凝視”しながら、
この動画を再生してください。

【まばたき】も、絶対にしては駄目です。


小川彩佳アナウンサーの
『ズバリ何を伝えたかったか?』
の後の、新海監督の表情を、
絶対に見逃さないで下さい!!!!
新海監督を見続けてください!!

(今すぐ、下の動画をタッチ!!)


新海監督の苦痛を、
ご理解頂けたでしょうか?


新海監督の映画の本質は、
けっして言葉では表現できないんです。

“言葉で伝えられる”なら、
新海監督は映画なんか作ってないんです。


だから、実のところ、
私が付けたこの考察記事の、
意味不明な題名、
【光と闇の「Χάος」】
は、全く妥当ではない。

私がこんな風に
考察記事を長々と書くことすらも、
実のところ、極めて不適切なんです。


新海監督が作られる映画の本質は、
本来は言葉では、けっして表現できないもの。
ましてや絶対に、
【戦争】
の二文字で収まるようなものではない。

次回作の映画の中心は、もっともっと複雑で、
きっと、言葉では表現できないものであるはず。


実は、私自身も新海監督の次回作で、
【戦争が描かれる】
と表現することについて、
“何かがおかしい”
というズレも、感じていたりします。

私は、次回作の予測を【戦争】の二文字て表現することについて、新海監督に失礼と感じるだけではなく、“何かが違う”という感覚もあるのです。


だから、
新海監督が今、何を考えていらっしゃるのか、
新海監督の心の深い部分に、
もっと光を当てなければならない…………。



そのために少し話は前後しますが、
先程ご紹介した、バルトナインで行われた新海監督のティーチイン舞台挨拶の
“裏話”
をさせて頂ければと思います。



今にして思えば、
私はこのとき新海監督の次回作の構想に、それとは知らずに、近寄ることができていたのでしょう………。


何故、私は頭が真っ白になっていたのか?



正直に白状します。(汗)
実は、私はこのとき、
新海監督が来るとは知らなかったんです(汗)

しかも、新海監督へ、直接質問する機会に恵まれるという(汗)………、


司会の人が当ててくれたのです(^^)

\(^o^)/!!
繰り返しになりますが、司会の方、あのときはありがとうございました(^^)!!

しかし、質問にも当たるとは…、
まさに予想外…。



新海監督も、ちょっとびっくりしてました。


以下は、私と新海監督とのやりとりです(汗)…、

↓↓↓↓↓↓↓

『今日、新海監督が来られてると知らなくて(汗)
その上、質問まで当たるとは思ってなかったです、ホントびっくりしました(汗)…………、』

新海監督

『え、そうなんですか(^^) (笑)』

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓



たしかに予約完了メールには、
『ティーチイン舞台挨拶』
とある(汗)
(※なんか、私は六本木あたりの大きな映画館から、舞台挨拶の中継みたいなことをやるもんだと、勝手に思い込んでましたよ。)



当時、舞台挨拶に参加された劇場の皆様からは、
『お前、新海監督来るって知らなかったんかい』
みたいな空気が、伝わって来ましたよ………(汗)。
(※仕事で疲れすぎて、意識飛ばしながら映画の予約したんです(泣)(いいわけ))


話を元に戻します。
さて、

映画館、バルト9には全国から【精鋭】が集っていて、かなり濃い質問が監督に投げかけられていたわけですが、

実は私も相当、濃い質問を新海監督にぶつけていました…、

※ちなみに新海監督は、のちのTwitterスペースで、
『濃い質問がしんどい』
と、かなり嘆いていらっしゃっいました。

新海監督、すみませんでした………、(泣)



私はこの舞台挨拶で、新海監督に対して
『新海監督が「すずめの戸締まり」を作る上で、何か参考にした書籍はありますか?』
という質問をしていたと、先程、
この考察記事で書いていたと思いますが……。




正直に白状すると、

実はもっと、“濃い”聞き方で、
新海監督に質問をしていたのです。

(新海監督、本当にすみませんでした(汗)……、)


本当は、以下のような聞き方でした。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

『新海監督は、制作発表記者会見の時、
【少子高齢化】
【過疎化】
に言及されていたと思います。

たた、劇中の描写をよくよく見ると、
すずめの戸締まりは、
文明の衰退や
【衰亡】
を扱っているようにも見えます。

それは、
もしかしたら言い過ぎなのかも知れませんが………、
そのような衰退や、【衰亡】を扱う上で、何か参考にされた書籍はありますか?』

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

実は、このとき私の頭の中には、
高坂正堯という国際政治学者が著した、
『文明が衰亡するとき』
という本があったのです。

実は、私はずっと前から、

『新海監督は、高坂正堯氏の著作に
   影響を受け作品を作られてる?』


と思うところもあったのです。


そして、
「すずめの戸締まり」においても、
高坂正堯氏の著作が、影響を与えているのでは?

と思い当たる感覚があったのです。

以下は、新海監督が「すずめの戸締まり」の制作発表記者会見で、少子高齢化に言及されたときの私のTweetです。
「すずめの戸締まり」が公開される、
そのちょうど1年程前のTweetになります。


そして以下は、
「すずめの戸締まり」の公開直前、2週間程前の
私のTweetです。
(※考察記事についてTweetしたもの)

(※私が書いた「すずめの戸締まり」の考察は、この考察記事の最後に記事のリンクを貼っておきます。もしよければ後ほどご覧下さい。)




高坂正堯氏は、
『文明の衰亡』
を同書で語りました。

私には、「すずめの戸締まり」における劇中の廃墟の描写と、高坂正堯氏が同書で述べた、文明の衰亡にかかる論考とが、リンクする感覚があったのです。


そして、すずめの母が、椅子をすずめに“作る”ときのシーンが劇中ありましたが…………、

この描写も、高坂正堯氏が同書で述べていることと、繫がる感覚が私にはあったのです。

高坂正堯氏が著した「文明が衰亡するとき」がはじめて出版されたのは、1981年のことでした。
実はこの本はかなり古い本で、日本経済がまだ繁栄を謳歌していた時代に出版されました。

遠い未来、衰退期に入るであろう日本の将来を予見しているかのような記述が、この「文明が衰亡するとき」には、何箇所もあります。


高坂正堯氏は、同書において、
ローマ帝国、中世のヴェネチア、
そして現代のアメリカにも目を向けながら、
文明の衰亡を論じました。

そして最後に
“日本の衰亡”
を高坂氏は示唆します。

高坂正堯氏は、
「文明が衰亡するとき」の最後の章、
“終章 通商国家日本の運命”
において、次のように述べます。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

『以上の考察から私は、われわれの努力次第で運命が避けられると言いたいのではない。

逆に、どの道、文明には衰亡が訪れるということで結論にするつもりもない。

問題はそれが十年後に来るのか、五十年後に来るのか、それとも百年後に来るのかということであり、

それまでにわれわれが
なにを“作る”かということなのである。』

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓



ただ、新海監督は、私が期待する
『高坂正堯の著作は、確かに読んでいますよ(^^)』
などという答えは返してくださらず…………、

やはり、読まれてなかったのか…………。




さて、先程の話に戻ります。
私はティーチイン舞台挨拶で、新海監督の話を聞いたあとで、以下のTweetをしていました。

私は、新海監督が高坂正堯氏が著した
「文明が衰亡するとき」をはたして読まれていたのか、非常に気を揉んでいました。




ただ、
『次回作が公開されたら、
     きっと新海監督に聞ける』

と実は数年間、私は待つ覚悟でした。



私は、
『次回作が公開される三年後か四年後に、
     新海監督に直接お伺いしよう』

と、心に決めていたのです。


年単位の大変に長い期間になります。

でも、私は完全に腹をくくっていました。
数年間、待つ気でいたのです。

新海監督の次回作が公開されたときに、私は、
『新海監督は、高坂正堯氏の著作を
 ご覧になられたことはありますか?』

と新海監督に直接、質問をする気でいました。

何故、私はここまで高坂正堯の著作を新海監督が読んでいるかどうかにこだわるのか?

この記事は、
“新海監督の次回作の考察”
なのに、
何故、高坂正堯という国際政治学者に、
そんなにこだわるのか?
いったいなんなのか?
そんなに大事なことなのか?


あまりに唐突で、脈絡がないではないか?


この記事を読んでいる人間は、
まったくの置いてけぼりではないか?

新海監督の次回作に
  大いに関連するんです。



きっと、ご理解頂けると思います。
そして、新海誠監督が次回作で、一体何をやろうとしているのかを、どうか皆様に知って欲しいのです。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

私が

『もしかしたら?』

と気づいた発端は、
今から6年も前に遡ります。



2017年11月に開催された、新海誠展がすべてのきっかけでした。


以下は、新海誠展を見に行った後で、
私が新海監督に送ったTweetです。


新海誠展の展示に、
「言の葉の庭の趣意書(企画書)」
がありました。

この、「言の葉の庭の趣意書(企画書)」
で、新海監督は次のように仰っていました。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

『地質学的に日本列島が【地政学的】に日本国が、
インフラとしての自分たちの社会や学校が、
いかに
【不安定】【特殊】【孤独】であるか。』





実は高坂正堯氏も
その著書、「海洋国家日本の構想」において、
日本の【地政学的】
不安定性】、【特殊性】そして【孤独さ】
について述べていました。
これが新海監督と高坂正堯氏の繋がりに気づいた、最初のきっかけだったんです。


高坂正堯氏は、現代の日本は海外との貿易によって生きる国であるがため、
国際情勢に影響を受けやすく、
それ故に日本人の生き方そのものも、
容易に【不安定】となりうることを論じました。



また、高坂正堯氏は、日本は古来より強大で先進的な中華文明から影響を受けつつも、海洋に隔てられているがため、──すなわち地理が与える政治的な影響、【地政学的】な力が働いたがため──中華文明に吸収はされず、幸運にもその独自性を失わなかったのだと同書で述べます。

しかし高坂正堯氏は、
日本は明治維新以後、歴史的な経緯からヨーロッパ文明、アメリカ文明から強い影響を受け、現代は【極東の国】ではなくて、むしろ【極西の国】として発展していると、同書において述べます。

高坂正堯氏は、現代の日本は、
その【地政学】的な影響から、
【特殊性】とともに【孤独さ】
をも有するに至ったのだと、同書で論じました。


これが私が新海監督と高坂正堯の関係に思い当たった、最初のきっかけだったんです。

でも、このときは確信はなかった………。


※何故そう思ったかのさらに詳細な説明については、
私の書いた【新海監督と高坂正堯氏の関係性】についての考察記事が既にあります。
私が4年前に書いたものです。
この考察記事の最後にリンクを貼っておきます。


私が確信できたのは、新海監督の過去作、「天気の子」でした。

以下は私が今から4年前、
2019年に新海監督に宛てたTweetです。


当時の私は、「天気の子」の物語が、
高坂正堯氏が著した
「国際政治−恐怖と希望」
という本を元に、構成されていると考えたのです。



でも、新海監督から
『高坂正堯の著した、
 「国際政治−恐怖と希望」は読んでますよ』
などという回答を頂けたわけでは当然なかった……、



何故、天気の子が、高坂正堯氏の著作
「国際政治−恐怖と希望」
と関連するのか?

最後に全部説明します。



新海監督は、天気の子の公開時点で、
「国際政治−恐怖と希望」
を読んでいると、仰っていたわけではありませんでした。

それを示唆したことすら、ありませんでした。

だから、新海監督が、
【高坂正堯の著書を読まれている】
というのは、この段階ではあくまで私個人の憶測だったんです。


何故、私はこんなことを「天気の子」の公開時にTweetしていたのか?
なぜ、それが2026年?に公開されるかもしれない、新海監督の次回作に関係するのか?

あとで全部説明します。

きっと、ご理解頂けると思います。

新海監督がこれからやろうとすることについて、
必ずわかるように皆様に説明します。
ですから、どうか最後までお付き合い下さい。



事前に断りを入れます。


私は、
別に自慢話をしたいわけでも、
何でもないのです。

もはや私の、こんな考察記事など、
本当に、もう、どうでもいいのです!!

皆様も、きっと同意頂けるはず!!
もはや、こんな考察記事など、どうでもいいと、思ってくださるはず!!

こんな考察記事は、新海監督が、
【次回作で、“すること”】
を考えれば、もはやどうでもいいものなんです!!

でも、新海監督が、
【次回作で、“すること”】
については、どうか皆様に知って欲しいのです!!

どうか最後までお願いいたします!!!!





新海監督の近年の映画作りに関して言えば、
【映画公開後の半年後】
に、次回作の大まかな方向性が固まりだす傾向があります。

「天気の子」について言えば……、
「君の名は。」の公開は2016年8月26日

「天気の子」の企画書の提出は、2017年2月28日
(※前作の封切りから、約6ヶ月後


「すずめの戸締まり」について言えば、
「天気の子」の公開は、2019年7月19日

すずめの戸締まりのプロットは2020年1月に完成。(※前作の封切りからやはり、約6ヶ月後


「すずめの戸締まり」の公開は、
2022年11月11日】です。
そこから6ヶ月後であれば、
【2023年5月】。

繰り返しになりますが、
やはり新海監督が、

『いくつか考えたことはあるんですけど、
まだ言えないですね。
何もかも話すわけにはいきませんので』

と答えられた、この動画が上がった、
【2023年5月16日】
の少し前に、
次回作の大まかな構想は、
決まっていたはずなんです。


新海監督が高坂正堯を読まれていたかの答えは、本当に唐突にやってきました。

以下は、新海監督のTweetです。
2023年、
【5月3日】
になされたものです。

このTweetは、2022年11月11日に、すずめの戸締まりが公開されてから、ちょうど
【6ヶ月ほど経った時期】
になされたものです。

画像を拡大します。

【高坂正堯】という人物名を本の背表紙にご確認を頂けると思います。


私は「天気の子」の公開時に、
高坂正堯氏が著した
「国際政治−恐怖と希望」
について、新海監督にTwitterでリプライを返しています。

新海監督が私の高坂正堯のTweetを気にされて、
答えて下さったかは、やはりわからない………、

でも、本の名前は?
新海監督がアップされたTweetでは、
ぬいぐるみで本の題名が途切れていて見れない。

書名は『る』、で終わるので、当然、
「国際政治−恐怖と希望」ではない。



「文明が衰亡するとき」でもない…。



「海洋国家 日本の構想」でもない。



でも、
私は高坂正堯氏が著した書籍は、
全て所有しているんです。
だから、新海監督がTweetされた『る』で終わる書名の本は、絞り込めてしまったんです。

高坂正堯氏が著した、
題名が『る』で終わる書籍は、
以下の三冊に限定されます。

本の厚さは監督の上げた画像と一致する。
けれども、
高坂正堯の名前が印字されている部分は、赤色。

背表紙の色が違う………。

だから、
普通に考えれば、やはり絞り込めない。

著者名の背景の赤い色は、
“本の帯”の可能性は?



やはり、色が一致しない。

上の高坂正堯の書籍の題名は、
皆様、やはりわからないですよね。

だから、どう知恵を絞っても、
やはり書名は絞り込めないはずなんです。



話は少し変わりますが、
このぬいぐるみの置き方、
わざとらしくないですか?

新海監督は、おそらくわざと隠したのでしょう。

以下は、「天気の子」の上映が落ち着き、
「すずめの戸締まり」の制作に入られているときの新海監督のTweetです。



新海監督は、新作映画の制作が始まると、
隠しながらも、制作過程を少しだけ見せる”
といったことをよくされます。

今年の「すずめの戸締まり」の終映後も、
監督は同じようなことをされていました。


・【制作日誌202305-】
・【NewFilm 2】
の文字が確認頂けると思います。




一方で、新海監督は本を紹介するときは、隠すようなことはせず、普通に私達に紹介するんです。


何故、新海監督は書名を隠したのか?


【イメージ案(暫定)】
の文字は、皆様、以下の画像でご確認いただけますでしょうか?
この言葉から連想するに、やはり次回作と何か関連があるのでしょう。


新海監督の次回作に関連する以上、
高坂正堯氏の著した赤い背表紙の、
さらに上にある2冊の本が、一体何の本かも、
突き止めなければならない…………。




まずは青い本から。



『松雪先生は空を飛んだ』

【引用元URL】https://amzn.asia/d/8KoarAg




一番上の、
“必のマ”は?
なかなか骨が折れましたが、これも特定できました。


『未必のマクベス』


【引用元URL】https://amzn.asia/d/9geButg


問題は、赤い背表紙の本が、
高坂正堯氏のどの著作なのかです。



先程お話したとおり、私は高坂正堯氏の著作は全て持っています。
だから、この新海監督がアップされた画像にある書籍も持っているんです。


でも、普通なら絶対に絞り込めないはず………。
わからないはずなんです。






実は、私はこの本の再刊から間もない時期に、
この本を買いました。

新海監督もきっとそうなのでしょう。


画像にある、本の赤い部分は、やはり
【本の帯】
なんです。


でも、今は赤色ではなく、
別の色の帯がついています。


画像にある赤い帯は、新潮選書の50周年を記念して、この本が再刊された時につけられた、特別な帯なんです。

この赤い帯は、高坂正堯氏の著作では、
唯一、この本にだけしか、つけられていない。

しかも、この本が再刊されたときに、
ほんの一時期、付けられていただけ。
この帯が付いた状態では、
この本は、
もう二度と手に入れることはできない……。

だから、普通ならこの本はやはり特定できない。




でも、私はこの本を、
画像にある【赤い帯】が付いたままで、
所有しているんです。







私は、新海監督にお伺いしたいです。

何故、私なんですか?
あなたの次回作に触れる、
その資格が、私にはあるのですか?

あなたが、
【これからやろうとすること】
を、読み解く資格が、私にあるのですか?





でも今は………、

私以外の誰にも、この件に触れさせたくない。
新海監督をたいして愛してもいない人間に、
新海監督が次回作でいったい何をやるか、
絶対に悟らせてはならない。

新海監督が何を次回作でやるか、
中途半端な形では、
絶対に、世に知られてはならない。






この本の初版は、1968年。実はこの本は、半世紀以上前に出版されたんです。

そして2016年に再刊されました。

新潮選書は1967年5月創刊されました。
そして、この赤い帯は、
2016年に新潮選書の創刊50周年を記念し、
つけられた…………。




以下は、
新海監督がTweetで挙げられた画像と、
私の自宅にある、その書籍とを比較したものです。

新海監督がTweetした画像にあるこの書物の名は、
『世界地図の中で考える』
と言います。

皆様、全くピンと来ないと思います。



この、
世界地図の中で考える」
という書名は、やはり適切ではないんです。

この書名は、出版社が考えたと言われています。

以下、この本の評者である藻谷浩介氏が
述べるように、
「世界地図の中で考える」
という書名は、

『高坂正堯氏が、
 この本に込めた主旨を汲み損ねたもの』

なのです。





評者の藻谷浩介氏は、次のように語ります。

【引用元URL】https://www.shinchosha.co.jp/book/603789/






ようやく、
この意味不明な考察記事の題名、

『光と闇のΧάος』
(Chaos、ケイオス、混沌)
が回収できます。







コロナ禍やウクライナ戦争のような、
私達の日常を断ち切る出来事が起こった時、
私達は真剣に平和を願う。
日常が戻ることを切望する。

そうして私達は、
『何かに問題があるはず』
そして
『正しい方策が、どこかに必ずあるはず』
そう強く、
“問題の所在”や”解決方法”を、追い求める。

私達の世界が抱える問題が解決出来ないのは、
【解決方法を阻害する原因】
があるから、と。

それはもちろん、その通りなんでしょう。



あるいは、
物事ではなくて、
人や組織、国家に原因がある場合もあるでしょう。
物事を正すには、
原因の究明は、やはり不可欠なのかもしれません…。

やはり、それは事実なんでしょう。

ただ、ここ数年、
”行き過ぎ”
はなかったでしょうか?

あるいは、
果たして、
過ちを根絶すれば世界は元に戻るのか?

元の日常を取り戻すそうとすること、
平和を求めるという行為、そのものが、
争いの火種とは、なってはいまいか?

ここ数年、いわゆる
『陰謀論』
に染まった方も、少なくなかったように、
私は思います…………。



人は、平和を求めるとき、
【光と闇に二分された世界像】
を渇望する。


あるいは、
人は、平和を願うとき、
【平和を壊す“邪悪な存在”】
と、
【世界に光をもたらす“正しき存在”】

を狂信する。




新海監督はご自身の作品で、悪役が出ないことについて、次のように仰っていらしたことがあります。

新海監督

『この人、一人だけが悪いから、
いろんなことが上手くいかないんだってことって
実は実際はなくて、

皆んなが少しずつ責任を負っていて、
結果的に悪くなってしまうことのほうが多いから、わかりやすい悪人て出しにくいなって思います。

でもその分、災害っていうのは、
人ではないけど

僕たちにとっては巨大な敵なので、

映画の中では敵として描いてる。』






新海監督は、ある講演会で、

こうも仰っていました。

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天気の子 Blu-ray BOX ディスク3 「天気の子−物語の起点」より
天気の子 Blu-ray BOX ディスク3 「天気の子−物語の起点」より
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以下は新海監督の制作日誌より抜粋したもの。




2016/11/12

・アメリカ合衆国大統領選挙一般投票でトランプ勝利

香港に向かうキャセイパシフィック機内。

窓の外は快晴で、日本上空では見事は富士山が見えた。機長からのアナウンスが、ランチを終えたタイミングであった。

「トランプ大統領が誕生しました」。

機内がざわめいたように、一瞬思えた。
マジかー。マジなのかー。世界はどうなっていくのだろう。

たぶんますます
「ケイオティク」
に、世界は変わっていく。

理知的な態度や発言が、陳腐で非力に感じられてしまうような時代にすぐになっていくのかもしれない−













そうであれば、
新海監督が描く、次なる“厄災”は………、

私達の
“敵となるべき存在”

は、やはり、私達の世界を破滅に導く、
【光と闇の「Χάος」(混沌)】
なのでしょう。




どうか皆様、
コロナ禍や
ウクライナ戦争の最中になされた、
あるいは、現になされている、

メディアの解説、
あるいは噂話、
“流言飛語”を思い出しながら、以下の高坂正堯氏の論考をご覧下さい。


これは、高坂正堯氏が
「世界地図の中で考える」において
論じていたものです。


後に紹介する「国際政治-恐怖と希望」もそうですが………、
帯にあるとおり、この
「世界地図の中で考える」
という書物には、
【未来を予言している】
としか思えない箇所があるのです。


以下の一節は、この、
「世界地図の中から考える」
という書物の、終章、並びに“あとがき”から私が引用しました。

高坂正堯氏は、
【世界が光と闇に二分されているという明快な世界観を持つことの”危険性”】
について、次のように警鐘を鳴らしました。

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↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

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(以下、世界地図の中で考えるより抜粋)

強力な教義を信ずることによって人々は混沌とした世界像の代りに、光と闇に二分された明快な世界像を持つことができる。

それ故、(人々は)暗黒の勢力を打倒するという目標を持ち、そのために努力することができる。

世界に光をもたらす勢力に属し、
そのために貢献しているのだという
帰属感を持つことができる。

たとえ、その教義が現在の世界において実行することができなくても、

それは人々がその教義を試みて失敗するまで判らないのだから、
人々は教義を狂信するという道を歩むかも知れないのである。

昔から、人間はさまざまな時期に、さまざまな形で教義を狂信し、

それによって自己を傷つけて来た。



実際には、文明そのものが光の面と闇の面を持っている。
そしてその二つ(※光と闇)は離れ難く結びついているのである。


さらに言えば、
どれが光の面で、どれが闇の面かを
一概に言うことさえできないであろう。

ひとつの場所と、ある状況で善いものが、
別の場所と異なった状況では悪となる。

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高坂正堯氏は「世界地図の中で考える」において、次のように語り、同書を締めくくります。


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『狂信の逆の側には、混沌に圧倒されてしまった結果である※懐疑主義が待っている。

果してわれわれは愚かな狂信と暗い懐疑主義の中間に踏みとどまることができるであろうか。』

(※懐疑主義とは自由、正義、あるいは生命の尊重など、時と場所を問わず価値があるとされるものについて、その価値を“疑う”立場のこと。
高坂正堯氏は同書において、ある特定の価値を狂信することに強い警鐘を鳴らしているが、一方で私達が大切にすべき自由や正義、生命の尊重について、それらの価値が社会において“重さ”を失うこと、懐疑主義が広まることに対しても、強い危機感を表明している。)

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高坂正堯氏は、私が先に「天気の子」の考察記事の関連で少し触れた、
「国際政治−恐怖と希望」
という著作においては、
次のように語っていました。




↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


(※以下、高坂正堯著、
       「国際政治−恐怖と希望」より抜粋)


昔から、困難な状況に直面したときの人間の態度は、いつも判で押したように同じであった。

そんなとき人間は、
いつも非難すべき悪い人間や悪いものを見出して、それを血祭りにあげてきたのである。

悪役を除去する必要が、
人間の闘争心を駆りたて
人間を行動的に勤勉にさせた。

しばしば、悪玉と善玉のあいだに
闘争がおこなわれた。

そして、
闘争というものは人間を酔わせるものである。
闘争のあとで人間は、
問題が解決されたと思うことができる。

それに闘争は、社会をゆさぶることによって、
じじつ少しは問題を解決するのである。

この行動様式は、
人間が戦争の危険という困難な状況に直面し、
平和を求めたときに、
つねに現われてきた。

十八世紀には
王と貴族が悪役に仕立てられた。


ドイツの皇帝カイザーとその軍国主義体制、
ヒットラーとファシズム、
資本主義、共産主義の新帝国主義
などが悪玉にされ、
それと戦うものが善玉を自認した。

そしてこの場合、
二十世紀の悪玉と善玉の戦いは、
それがある特定の国と結びつけられたことによって、それまでのものよりも具体的で血なまぐさいものになった。

こうしてつぎつぎに悪玉が作られ、
それを打ち破った善玉がつぎつぎに期待を裏切ったことは、善玉・悪玉的な考え方をゆさぶってきた。

しかしそれは、
人間性のなかに奥深く根ざす考え方であるために、漠然たる形で、平和の問題に対する人びとの態度に影響を与えつづけているのである。

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『考えすぎでは?』

この考察記事をご覧の皆様の中には、
そう思う方もいらっしゃるでしょう。

当然だと思います。


そして、

『だから?
新海監督は次回作で何やるの?』


このように疑問に思われている方も、
今、大勢いらっしゃると思います。


きちんと皆様に説明致します。



新海監督の次回作を考察することが、
巨大なジグゾーパズルの欠片を
組み合わせていくことなのだとすれば、
最後の欠片は、私は遥か昔、
4年前の2019年の時点で、もう手にしていた………、

皆様、以下の記事をご覧下さい。
以下は、私が4年前に書いた「天気の子」の考察記事です。

以下の記事をご覧頂けたのなら、新海監督が次回作でやろうとしていることを、
きっとご理解頂けると思います。



以下の「天気の子」の記事と、
この記事の残りの部分を入れて、
全てを読み切るのに30分くらいかかります。

続けざまに通しで読んで頂いてもよいのですが、
以下の考察記事は内容がとても重いです。
少し休憩を入れてから、続きを読んで頂いても
良いかもしれません。





以下のTweetの中のnoteのURLをタッチすると、
「天気の子」の考察記事に飛べます。

「天気の子」の考察記事をご覧頂けたら、
この記事に戻って頂き、
この記事の続きをお読み頂ければと思います。

(※以下は、上の「天気の子」の考察記事をご覧頂いた上で読んでください。そうでないと、意味がわからないと思います。)


新海監督は、
次回作で何をするのか?


私は『ここから先』を書くべきなのか?


政治的に厄介で、面倒な話を、
はたして私はこの場ですべきなのか?

そういった話を、
不愉快と思う方もいらっしゃるはず。

人を無闇に不安にさせるような話をすることは、
私は、やはり避けるべきなのではないか?




でも、この話を避けては、
『新海監督が、次回作で何をするのか?』
の説明がどうしても出来ない……………。




「すずめの戸締まり」の公開以降、
新海監督が度々インタビューで、
“戦争に言及されていた”
ことを考えれば………。



そして、新海監督が、「天気の子」で隠しながらも
あのようなことを語っていたことを考えれば………、

そして、新海監督の心の内に、

その時代の空気”
“その時代の皆んなが考えていること”

が入り込み、

“映画に、にじみ出る”

のであれば、

やはり、そういうことなのでしょう。





皆様、以下の画像に
「中国人イラストレーターに依頼」
の文字が、僅かに見えると思います。




新海監督は次回作について、
次のように仰っていました。

以下の動画で、
新海監督の表情や声のトーンを、
どうか、いま一度ご確認下さい。


新海監督が次回作で、“何をするか”
どうか知って下さい。



(※以下の動画は、15秒くらい見て下さい。
 画像をタッチすると、動画がスタートします。)


『海外の観客、海外の配給にとっても意味のあることをやりたいなという気持ちもありますから。

物語そのものはローカルに向けたとしても、見せ方とか作り方は色んな可能性があるな、というのは思います。』




新海監督は中国のファンに向け、
次のようにも仰っていました。

新海監督

『中国での二度の上映延長も、映画を愛してくださった皆さんのおかげです。
次回作でまたお会いできるのを楽しみにしていますね。』






新海監督が所属する会社、
コミックス・ウェーブ・フィルムの川口社長は、
「すずめの戸締まり」の公開後、
次のように仰っていました。

どうか、
川口社長の“覚悟”を、直接聞いて下さい。

(※以下の画像をタッチすると、動画がスタートします。15秒くらい見て下さい。)

川口社長
『僕は社長として、スタジオの社長として、配給も手掛ける者として、新海誠は世界を平和にすると思って、この仕事をしておるんです。今は。』




新海監督は、「すずめの戸締まり」公開後、
【戦争】
に、頻繁に言及されていました。

【引用元URL】https://www.nhk.or.jp/matsuyama/insight/article/20221214-1.html

新海監督

『“戦争”も僕たちにとっては自然災害と同じような、どうしようもないものですよね。

そういうものが増えてきたし、
これから増える一方だろうと思うと、
今を舞台に物語を切り取ろうとすると、
どうしても、災害が

“入ってきてしまう。”』

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2022年12月16日に
「防衛三文書」によって、
日本は防衛費を倍増することを決定し、
現在、
【戦時体制】
に移行しつつあります。

【引用元URL】https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA146QM0U2A211C2000000/


軍事学を研究されている武内和人氏は、
この防衛三文書について、
次のように言及しています。

『今回の文書は日本が真剣に
【戦時体制】
の準備に着手することを内外に示すものです。』








国際政治学の大家である高坂正堯氏の著作を
ご覧になっている新海監督であれば、

『トゥキュディデスの罠』

もご存知のはず。

【引用元URL】https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%87%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%BD%A0


新興国が覇権国家へ挑戦する状況において、
過去500年間で、そのような16の事例を振り返れば、うち12が全面的な武力衝突に到っている。

この経験則に従うのであれば、
米国と中国の間の武力衝突の可能性は、
75パーセント。







【中国人イラストレーターに依頼】

新海監督のXのポストより引用







新海監督

『毎回映画を作る時に、
よし、災害を描こうと思っているわけではなくて、今の時代の物語を描こうと思うと、
“どうしても災害が入ってきてしまう”







新海監督の心の内に、
その時代の空気が入り込むのであれば……、

新海監督の脳裏には、
アメリカと中国の直接的な大規模な武力衝突、
すなわち、
日本の周辺で近い将来必ず起こるであろう、

【台湾海峡有事】

が、やはりあるはず。






そして、新海監督がウクライナ情勢にも懸念を持たれていたことを改めて、
思い起こすのであれば…………、

新海監督

『ウクライナの一日も早い平和を祈っています。』







新海監督

『何よりもコロナ、

もっと言えば“ウクライナ戦争”

数年おきに、僕たちの生活を根本から変えてしまうようなことが、立て続けに起こり続けている。

そこから逃れられないような、考えなければいけないテーマに、それがなってしまったんだと思うんですよね。』






新海監督の作品を、「君の名は。」以後、ずっと支えて下さっていた野田洋次郎さんも、ウクライナ情勢に懸念を持たれていたことも踏まえれば………、



ウクライナで、
核兵器使用の可能性が、払拭できない現状も、
考慮に入れるのであれば………。

【引用元URL】https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB2373A0T20C23A6000000/



新海監督や野田洋次郎さんが、
隠しながらも「天気の子」で、
私達に突き付けられた、
“あの脅威”
を描いたことを考慮するならば………、





78年前に広島と長崎を焼き尽くし、
そして、今も、私達が向き合わざるをえない、
【核の問題】
を新海監督は次回作で扱うのでしょう。

【引用元URL】https://www.instagram.com/p/BSq7miMj-9t/?igshid=MzRlODBiNWFlZA==



【引用元URL】https://www.instagram.com/p/BTRS3qLjn4B/?igshid=MzRlODBiNWFlZA==


私達にとって、「戦争」も、「世界の滅亡」も、
その“足音”は遥か遠くより聞こえているのかもしれない……、

でも、やはりそれはけっして身近なものではない。

だからこそ、
身近で無い事柄であるからこそ、
新海監督は自身の次回作を、
遠い、「別の世界の絵空事」には、けっしてしない。

新海監督は自身の次回作を、
私達の世界と
“地続きの物語”
にするはず。




でも一方で新海監督は、 

『今から“戦争”や “世界の破滅”
   の話をしますから聞いて下さい』

と言って、観客が映画を見に来るとは、絶対に思っていないはず。


新海監督は、
【「すずめの戸締まり」の作劇上の工夫】
について、
次のように仰っていらしたことがあります。

【引用元URL】https://www.yomiuri.co.jp/column/henshu/20230322-OYT8T50001/4/

だからこそ、新海監督は次回作を、
何よりも、エンターテインメントとして、
楽しい映画にする。

10代の若い方達が、
【この世界】で
『もう少し生きていたい』
と思えるような作品を、次回も、必ず作る。

【引用元URL】https://www.cinematoday.jp/news/N0111091




新海監督は、
『世界が“良くなれば”』
と強く強く願いながら、映画を作られる。
以下は、君の名は。が公開されたときの動画です。

以下の画像をタッチすると、
動画がスタートします。

新海監督の“願い”が、
きっと皆様にも伝わると思います。

以下の動画は15秒くらい見て下さい。

新海監督
『僕はこれ(君の名は。)を作っている2年間、この作品(「君の名は。」)によって、
“世界が少しでも良くなればいい”と、
本気で願いながら2年間作ってきた。
だから、よかったら見てもらえないかな。』






私は、何故こんな長い記事を書いたのか?

私は、
新海監督であれば、
“なし得ることができるはず”と、
“奇跡を起こせるはず”と………、
やはり私は、
新海監督を信じているのだと思います。






「天気の子」の公開時に起こった事を……、
新海監督があのとき成し遂げた事を、
私は今でも何故あれが起こり得るのかが、
やはりわからない。

東京では、「天気の子」の子の公開時、日照時間は、平年比のたった1割だったんです。

日中に影すら出来ない日が一ヶ月以上も続けば、やはり誰もが晴天を待ち望む。

それは、私達の遺伝子に刻まれている生物としての本能のはず。

【引用元URL】https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2019/07/19/5303.html





でも、「天気の子」の公開時、多くの人が映画を見て、あのように感じた。



https://twitter.com/tenkinoko_macki/status/1194566911935123457?t=j-SR5fBltZp6QKMHjJOrfw&s=19



新海監督はやはりあのとき、
この世界の理(ことわり)を、
捻じ曲げたのでしょう。







あるいは、
今回の「すずめの戸締まり」についても……、

まだ、あの厄災から12年しか経っていないのに、

あの場所では人間の社会が一時期、
完全に消え去ったのに。

傷跡もまだ消えない場所なのに。

何故、これが起こり得るのか。





でも、新海監督ご自身は、
常に、必ずしも、自信を持てていたわけでは、
きっとなかった………。



でも、今、新海監督は、
アニメーションの持つ力を、
誰よりも、何よりも、きっと強く信じているはず。

【引用元URL】https://www.toho.co.jp/movie/news/suzume-tojimari-movie_230527

新海監督

「すずめの戸締まり」という作品は、日本だけに限らず全世界でここまで4000万人以上の方が観てくださいました。」

(中略)

「4000万人ってどういう数字だろうと思うと、ちょっとしたサイズの国ぐらいの人口になるわけですよね。
それだけたくさんの人の心や身体を動かす力が映画にはあるんだということを、ほっくんや菜乃ちゃん、周りの素晴らしいスタッフや、皆さんお一人お一人から教えていただくことができました。」





「すずめの戸締まり」がベルリン国際映画祭のコンペティション部門でノミネートされたことを鑑みれば、

【引用元URL】https://eiga.com/news/20230123/12/





そしてもし、アメリカのアカデミー賞に
「すずめの戸締まり」が届くのであれば、

【引用元URL】https://eiga.com/news/20230715/6/


もしかしたら新海監督の次回作は、全世界で、
億単位の人々が見て下さるかも知れない。







ようやく私は、
“中国のファンの方達も含めた皆様”
に、新海監督が次回作で何をするかを
お伝えできます。

新海監督は次回作で、
“この世界を破滅から救う。”


だから、新海監督の次回作が世界中で公開されるまで、私達は絶対に、今のまま、

“持ちこたえなければならない。”

ウクライナで起きた惨劇を、東アジアで絶対に起こしてはならない。


lalaさんへ。
あなたのTweetを、この記事に掲載することを、許して頂いたこと、
そして、この長い記事を読んで感想を寄せて頂いたこと、
本当に感謝します。
ありがとう。



“未来を変えること”は、きっとできるはず。

これが、新海監督の作品を愛する全ての人に、私が今、伝えたいことです。






以下は、新海監督と高坂正堯氏と宮崎駿監督の関連性について考察した記事です。




以下は、
前作の「すずめの戸締まり」の考察記事です。




念の為

私の新海監督作品の考察記事には、新海監督の作品の画像、および台詞、監督のインタビューなどが多数あります。
しかし、それらは全て著作権法第32条に定める研究その他の目的として行われる引用であり、著作権は言うまでもなく、新海誠監督、コミックスウェーブフィルはじめ、元の権利者に帰属します。

本考察記事を記述した者(私)が、なんら権利を有するものではありません。

なので、この記事、有料化は未来永劫ないです!!

ずっと無料でお読み頂けますよ(^^)

この記事が、新海監督の作品が世に広まる一助となれば、
そうして新海監督の作品で救われる人が、この世界で一人でも増えるのであれば、

私としてはこれに勝る喜びはありません(^^)

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