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新型コロナウィルスと葬儀(その1)

はじめに

 新型コロナウィルスの感染拡大により、4月7日に国によって緊急事態宣言が発令され(5月31日解除)、各自治体ではそれに応じた措置なされ、全国各地で「外出自粛要請」がなされた。また、市民同士の間でも感染拡大防止を理由に「不要不急の外出自粛」が求められる風潮になった。 
 そんな例年とは異なるイレギュラーな状況の中であっても、起こりうるのは身近な人間との死別である。死は時を選んでやってくるわけではない。
人生に1度だけの死と向き合うひと時は、果たして「不要不急」の用事と判断されてよいものなのだろうか?
 あるいは、代替手段として考えられつつある弔いの形は、故人・遺族の心に納得をもたらすものでありうるのか?


 1回目の記事は、事実として葬儀やそれに伴う会食を通して発生した新型コロナウィルス感染拡大の事例を紹介し、行政の長が「葬儀」に伴う移動に対してどのようなコメントを出したかを見てみたいと思う。
 2020年度以降、葬儀に新型コロナウィルスの感染が確認された事例は筆者が調べた限りだと5件見受けられた。

◆2020年葬儀に関連した新型コロナウィルス感染発生の事例


 (3月下旬)  
・ 愛媛県松山市 (2020年3月31日『朝日新聞』夕刊、1社会)
・ 新潟県新潟市 (2020年4月16日『朝日新聞』朝刊、新潟全県・1地方)
 (5月上旬)
・ 栃木県宇都宮市 (2020年5月16日『朝日新聞』朝刊、栃木全県・1地方)
→ 告別式に伴う会食が感染源となった疑い
 (8月上旬)
・ 福岡県北九州市 (2020年8月1日『朝日新聞』朝刊、北九・1地方)
 (8月下旬)
・ 千葉県匝瑳市・旭市 (2020年8月30日『朝日新聞』朝刊、ちば首都圏・1地方)

 以上の5件は、葬儀やそれに伴う会食によって感染が生じたとされる事例だが、どのような形式でなされたかなどの詳細なことは不明である。とはいえ、このような昨今の情勢であれば当然、少なくとも何らかの感染防止策は考えられていたはずである。
 しかし、複数人が集合し、故人を弔い、故人の思い出話などを語らいながら食事をするという過程の中で、完全な感染防止策を考えることが困難なことであることは、これら事例を見るまでもなく想像に難いことではない。また一方で、故人にとっても、また遺族や残された友人たちにとっても、「死別」は時を選ぶことができない人生に一度きりの節目の日であり、かけがえのないひと時であることもまた事実である。

 このような中、「感染拡大防止」と「葬儀」の間で悩ましい判断を迫られている状況にあるのは、行政もまた同じである。言うまでもなく、(2020年9月10日)現在の日本国内において、新型コロナの感染拡大防止を目的として市民の移動を制限することができる法例は存在しない。とはいえ、行政やその長によるコメントや規準は、市民相互の感染症に対する感覚に対し大きな影響を与えるものでもあり、安易に発言できるものでもない。
 筆者が新聞記事をもとに調べた結果、「葬儀」と「感染拡大防止」に関し、一部の自治体では以下のような見解がなされていた。

◆行政の発表

〇 埼玉県 大野知事
  「冠婚葬祭についても『人生の節目の出来事で、すべてを否定するのは難しい』としつつ、県外で葬儀で感染が広がった例が報告されていることを挙げ、食事をする場所や人数など、感染防止の工夫をするよう求めた。」(2020年3月30日『朝日新聞』朝刊、埼玉首都圏・1地方)
 
 〇 茨城県大子町
  「新型コロナウイルス感染拡大を受け、大子町は7日、同町川山の町斎場の使用について部分的な制限を設けると発表した。主な制限は四つ。火葬時の入場は10人まで▽通夜と告別式の参列者は親族のみ。一般の会葬者は屋外で焼香▽精進落としに入場できるのは親族のみ▽屋内の参列者の名簿を提出する。10日に提出される死亡届から実施する。町では『3密を避けるために、施設の規模などを考慮して制限した』と説明している。」(2020年4月8日『朝日新聞』朝刊、茨城県全県・1地方)

 〇 新潟県 花角知事
  「新型コロナウイルスへの対応を巡る国の緊急事態宣言を受け、県などが求めた首都圏などへの『不要不急』の往来自粛。どんな場合なら行ってもいいのか。県内での生活は変わるのか。影響を探った。 『両親が病気で危篤になったとか、やめろとはとても言えない。葬儀は、縁の近さなどにもよる』 花角英世知事は8日の記者会見で、宣言の対象となった首都圏や大阪、福岡など7都府県との往来で不要不急に当たらない例を問われ、そう答えた。その上で、『申し訳ないが、言葉で線を引きにくい』と付け加えた。」2020年4月9日『朝日新聞』朝刊、新潟全県・1地方)

 〇 西脇市・多可町
 「西脇市と多可町でつくる西脇多可行政事務組合は、政府の緊急事態宣言を受け、運営する斎場「やすらぎ苑」(西脇市寺内)の利用について、参列者の人数などを制限すると発表した。制限に伴い、使用料は引き下げる。主な制限は、通夜・告別式は現行1日3件まで受け入れているが、2件以内に減らす▽参列者は50人まで▽会場内は親族席のみを設営▽一般参列を避けるため、故人の地元自治会からの手伝いの自粛を求める――など。9日に提出される死亡届から実施する。併設する火葬場は通常通りに運営する。」(2020年4月10日『朝日新聞』朝刊・播磨・1地方)

 〇 今治市 菅良市長
 「新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今治市の菅良二市長は23日、市役所で臨時の記者会見を開き、『感染拡大を抑制できるかの正念場だ』と述べ、市民に対し、5月6日まで市外との行き来を自粛するよう求めた。市外在住家族の市内への帰省自粛▽市内での結婚式の延期▽通夜・葬儀は市内在住の近親者だけで行うことも求めた。」(2020年4月24日『朝日新聞』朝刊・愛媛全県・1地方)

 見ての通り、4月7日の緊急事態宣言の公示に伴い、各自治体も要請する「不要不急の外出」の目安を示さなくてはならなくなった場合がいくつかみてとれるが、その内容は自治体により多様である。ただ、「感染拡大防止」に努めながらも、故人や遺族の心情を鑑みれば一概に自粛の規準を明確にすることもできない状態なのは、どこの自治体の長も大きな違いはなく、その中で出されたそれぞれの決断だろう。新潟県の花角知事の「申し訳ないが、言葉で線を引きにくい」という言葉が、その葛藤を如実に表しているように思われる。

おわりに

 果たして、このような状況のなか、「葬儀」という人生における一つの営みはどのようになされていくべきなのだろうか? あるいはどのようになされていくのだろうか? コロナ禍の今、改めて考える必要があるのではないだろうか。

9月1日 鈴木颯太


【以下、編集より】

 今回は、「不要不急の外出自粛要請」のなかで人は死とどう向き合うべきか、コロナ禍における葬儀を題材とした第1回目の記事を掲載しました。次回以降もご期待ください。

 またこのページについて、またコロナ関係の記事や批評の紹介にあたっては、こちらの記事をご覧ください。

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