チーム開発をして感じたこととか、いろいろ振り返る

 初めまして、紅十字です(@crossofscarlet)。基本的に色々と創作活動をしています。これからはゲーム制作がメインになります。今回は個人制作に集中するに至った経緯について自分自身の振り返りを書いていきたいと思います。

 これまでの経緯

 10月31日をもって、一年半ほど開発に携わらせていただいた「すこやかメテオ」での活動を休止させていただくことになりました。
 すこやかメテオでは「喰人記」というノベルゲームを開発しています。
 私はその中の、演出等で関わらせていただきました。

 去年の6月くらいだったと思います。
 私はとあるイベントに参加しました。
 あまり詳しい内容は覚えていないのですが、ゲームを作ってみたい、という方々が集まるようなイベントだったと思います。

 そこで、現在のすこやかメテオのメンバーと出会いました。
 そのイベントでは、各々作りたいゲームのアイデアを出し合い、賛同した人とチームを組むみたいな感じだったと思います。
 当時の私はまだゲームを作ったことがなく、仲間もいませんでした。
 大学から決して近い場所ではなかったのですが、(学校にもポスターが貼ってあったため)それでも一人や二人くらいなら、学校で見たことがある人は来るのではないかと思っていました。
 そういう人と仲良くなって、わいわい楽しくゲームが作れたらいいなあと。チームになって、友達になって、学校でもゲームについてあーだこーだと語り合いながら、長く続けていきたい。そんなことをぼんやりと思っていました。

 まあ、でも……。そんな都合のいいことは起こらないわけですよ。
 いざ参加してみれば、知らない人の方が多いわけです。
 20代の方と3〜40代の方が半々といったぐらいだったと思います。
 合計で30人くらいだったと思います。六つぐらいのテーブルに分かれて、各々自己紹介をしたのち、アイデア出しが始まりました。

 喰人記の原型はここで生まれました。
 私の何気ないアイデアの一つ「人を喰うことで感情を得るバケモノが、人間性を得て苦悩する」というものを現在のディレクターである 谷津ユウイチロウさんが面白そう、と言ってくださり、これをゲームにしようよと、提案してくださったことが始まりだったと記憶しています。
 そこから、喰人記のノベルゲームとしての開発が始まりました。
 開発当初は「年内にリリース」を目標にしていましたが、結果から言えば上手くいきませんでした。

 チーム制作を振り返って

 すこやかメテオのメンバーは現在5人います。途中でメンバーの入れ替わりなどがあったものの、長い間開発を続けられています。

 ディレクター兼プランナーでありながら背景加工やUI、アイテム等を作成。それからシナリオ全般を担当してくださった、 谷津ユウイチロウさん。
 プログラマーとしてゲームシステムの全てを担ってくださった森影さん。
 グラフィックの全てを一人で手がける水酸化物いおんさん。
 上がってきたシナリオを実際にゲームに組み込んでいく、演出の私とkonataさん。(森影さんや 谷津さんも手伝ってくれました)


 夏休みに入り、8月はバイトを頑張っていたと思います。これから先、ノートPCでは限界があると思い、バイト代で20万ほどのデスクトップPCを買いました。
 9月に入り、時間に余裕ができたので、喰人記の開発を進める傍ら、私も自分でゲームが作りたいと思い、unityを使い個人開発も始めました。
 恐らく、これがダメだったのでしょう。

 私は天才でもなければ秀才でもありません。大学に入学してからPCを手に入れた凡人です。
 何のスキルも持っていない人間が、いきなりいくつも手を出せばどうなるか、分かると思います。
 (ゲーム開発意外にも小説やDTMなどもしていました)

 結果としてチーム全体に迷惑をかけ、当初掲げた年内リリースに間に合わなくなってしまいました。
 言い訳にしかならないですが、学校は忙しく、バイトもあるとなると、中々開発に割く時間はありませんでした。
 人間、欲張りはいけません。あれもこれもと手を出せば、それだけ一つのことに割ける時間は少なくなります。

 毎週一度は通話で進捗報告会を開いていたのですが、自分だけ進捗がないことに負い目を感じることも少なくありません。
 みんな忙しくて、それでも頑張っている。しっかりと進捗を出している。
 それなのに、私一人のせいで開発がどんどんと遅れていきます。
 今考えると信じられませんが、一時期、一ヶ月ほど顔を出さないこともありました。報連相なしです。社会人としてやってはいけないことですね。

 それでも、久々に顔を出したときには、来てくれて良かったと、快く迎えてくれました。
 嬉しい反面、非常に申し訳なさがこみ上げました。

 そうこうしているうちに、今年の2月になっていました。
 二年生の春休みです。三年からは就職に向けて忙しくなるのかなあと、ぼんやり考えていたと思います。
 なんとなく、大阪で開かれていたゲーム会社がいくつか集まる会社説明会に行きました。
 そこには本当に多くの会社が来ていて、私が知っているような大手から、聞いたことのないような企業まで様々でした。
 そこで私は、ゲーム会社がパブリッシャーとデベロッパー。
 大きく二つに分かれていることを知りました。
 この辺からゲーム会社(デベロッパー)に入りたいと考えるようになりました。
 今自分が持っているスキルは何だろう? 私が戦える領域は?
 考えても考えても、当時の私に武器はありませんでした。

 3月にUnity1weekが開始されているのを見て、始めて参加してみようと思いました。
 お題は「つながる」。トラブルなどがあり、データが消えたため。3日で急いで完成させたのを覚えています。
 滅茶苦茶大変だったけど、ものすごく面白かった。
 完成させた時には、思わず一人で笑みを浮かべたものです。
 それまでにいくつかゲームを作っていたものの、公開までしたのはこれが初めてです。
 このとき、プログラマーとしてゲーム会社に入りたいと思うようになりました。


 それから学校の方が始まりました。
 正直これまでとは比べものにならないくらい、忙しかったです。
 実験のレポートがかなりヤバかったです。週に二日は睡眠を取ることができませんでした。
 週四でバイトをしていたせいもありますが(そうしないと生活が成り立たなかったため)、人間性を失いかけました。
 今はだいぶましになりました。親にお願いしてバイトを半分にし、その分のお金を奨学金から使ってよいと、了承を得ました。

 実験レポート以外にも当然課題は山のようにあります。
 朝は学校、夜はバイト。バイトから帰ってきてから学校の課題。そのまま学校。
 大体こんな流れです。
 何のために生きているのか、分からなくなることもありました。
 だいぶ心が病んでいたと思います。
 アンパンマンの曲を聴いて泣くとは、夢にも思いませんでした。

 それでも少しずつ開発は進めました。
 そうこうしていると、気づけば夏休みが近づいていたのです。
 単位は人間性とともに、いくつか落としました……。


 インターンはゲーム会社だけに絞っていました。
 5、6個は書類を送ったのですが、受かったインターンは一つだけ。
 そこで、自分の実力が全く企業の要求するレベルに到達していないことを悟りました。受かったのは奇跡のようでしたが、インターン先でも当然強い人たちがいます。もう、つよつよです
 情報系の人や、専門学校でプログラムを学んでいる人たちです。
 自信を失いました。私は何もやってこなかったんだなと、痛感しました。
 しかし、それは大きな収穫でした。

 また、とあるハッカソンで最優秀賞をとった副賞として、東京ゲームショウに参加させてもらえることになりました。
 インターンで東京へ行った一週間後、再び東京に行きました。
 一ヶ月間のバイト代は交通費だけでお亡くなりに……。
 それでも、それ以上に得るものがありました。
 ゲーム会社で働いている方々が、本当に多くいることを実感したのです。
 そして、多くの方が関わることで、ゲームができていることも、改めて認識しました。
 あの会場の雰囲気や、人々が作り上げていた熱気に、不思議と高揚したのを覚えています。会場へ実際に足を運び、あの空気に肌で触れて……。
 私はゲームを作る方々の一員として関わりたいんだなと、本当に強く思いました。
 ここで私の進路はゲーム会社になりました。

 それと同時に、すこやかメテオでの活動は十月までにしようと、決意したのです。(すこやかメテオでは、私の伸ばしたいスキルが向上しないため
 すこやかメテオの方々は本当にいい人ばかりです。
 初めた会った人々が、一年半もの間、空中分解せずにここまでくることなど、滅多にないのではないでしょうか?
 ギリギリまで辞めることを黙っていた私の人生相談にも、乗ってくださいました。
 またそれぞれが皆、素晴らしい技術を持っています。そのおかげか、商業作品と比べても遜色のないものが出来上がりつつあります。
 自分以外は素晴らしい技術を持っている。その事実に、私は非常に焦っていました。
 
 やめないといけませんでした。どうしても……。
 みなさん、その道で食べていくだけの力を持っていました。単純に私にはそれがコンプレックスでした。
 今の私には技術がない。食べていく術がないから。

 だからその力をつけるために、自分の担当部分を全うし、休止させていただくことにしました。
 学校で進路相談しても前例がないから、一人で頑張ってくれと、言われました。その一言で、学校の事を信用しなくて良くなったので、心が落ち着きました。

 相談に乗ってもらうのは、やはりその道に詳しい人でしょう。
 チームでの開発やイベントを通して、色々な方とお話をする機会がありました。中にはプロの方も多くいます。
 奇跡的に多くの、すごい方たちとお話をすることができました。
 進路相談もしたし、業界のこれからなど詳しく教えていただきました。 
 ゲーム業界が人生をかけるに値するものだと知って、ようやく覚悟ができました。
 今まではプロとしてやっていくための覚悟が足りなかったんだと思います。どこか学生気分で、だらだらと続けていた……。
 そんな人間に価値はありません。

 だから、私はこれからプログラマーになっていく上で必要のないものは、いったん捨てます。小説も音楽もイラストも、人間性も……プログラマーになるには不要です。
 上記の創作活動は私が今やるべき事ではありません

 いったんそれらの創作活動からは身を退き、ゲーム制作にだけ注力していきたいと思います。
 現在、進行中の作品に関しては世に出たところで、休止させていただきます。

 小説「一騎当千の災害殺し」も、しばらくは更新しないでしょう。
 読んでくださるファンの皆さん、本当にすみません。
 今まで読んでくださり、ありがとうございました。
 あなた方のおかげで二年半近く、更新は遅いながらも、続けることができました。(文庫本、三冊ほどでしょうか?)
 本当に感謝しています。

 
関係者の皆様に謝辞を。

 谷津ユウイチロウさん@yazoo_ya
 谷津さんがゲームを作ろうと提案してくれなければ、喰人記もすこやかメテオも存在していなかったでしょう。多くのことを教えていただきました。色々と意見や感じ方に差異もありましたが、楽しく活動を続けることができました。
 人生相談にも多く乗っていただきました。これからも色々と聞くことがあるかもしれません。そのときはよろしくお願いします。
 東京での生活、頑張ってください!

 森影さん@koya_bot2
 森影さんがいなかったら、このチームは確実に途中で空中分解していたと思います。チームになくてはならない存在です。プログラマーとして多く学ぶ事ができたと思います。作ってくださったツールのおかげで、快適に高速に開発に集中できました。
 書記や近況報告など、チームをまとめるのも、森影さんがしてくれていました本当にありがとうございます。
 またコードレビューなどをお願いするかもしれません。そのときはよろしくお願いします。

 水酸化物いおんさん@suisankabutuion
 喰人記のイラスト全てを高速にかつ品質良く描く、その腕は本当に素晴らしい思います。私が発注する表情差分にも的確に答えてくださるので、演出として非常に良いものができました。キャラクターの数、表情差分数は商業作品と比べても、ものすごく多いと思います。
 個人制作のほうでイラスト素材が欲しくなったときには依頼させていただくかもしれません。

 konataさん
 演出班として参加してくださり、ありがとうございます。konataさんは私と違って、素で面白いものを表現できる何かを持っていると思います。これからも演出頑張ってください。

 kyouheyheyさん@1060yehyehoyk
 広報担当として色々と動いてくださりありがとうございました。とても助かりました。ありがとうございました。
 
 NAMBOさん@neet_184
 素晴らしい曲をありがとうございます。そのうえ私に作詞までさせていただき、良い経験ができたと思います。

 Banboo明神さん@Banboomyozin
 演出班として一時期手伝ってもらいました。ありがとうございます。
 iOS版をリリースする際にはBamboo明神さんの力が必要になると思います。そのときは協力してくださると幸いです。

 白崎さん@shirosaki_kio
 私が無理矢理連れてきて、しばらく表情差分を描いていただきました。
 ありがとうございます。これからの活躍にも期待しています。

 つくるUOZUプロジェクトのみなさん@uozugame
 イベントを開いてくださり、ありがとうございました。おかげで素晴らしい仲間と出会うことができました。感謝しても仕切れないほどの恩があります。

 いたのくまんぼうさん@Kumanbow
 演出などで多くのアドバイスをいただきました。
 プロからのアドバイスをいただける機会など滅多にないので非常に勉強になりました。人生相談にも乗ってくださり、ありがとうございました。

 終わりに

 最後になりましたが、「喰人記」が世に出ることを、心から望んでいます。基本的に自信のない私ですが、喰人記で関わらせていただいた演出等に関しては、最高の出来だと、自負しております。
 正真正銘の商業作品クオリティ。それをチームで作り上げてきました。
 どうか、彼、彼女らの物語が、多くの人々の胸に届くように――。
 そしていつの日か、もう一度すこやかメテオとしてゲームを世に届けられたらと、思っています。
 あわよくば、この記事が言質になるとともに、数年後に見たときに、自分を許せる免罪符になっていることを祈って終わりにしたいと思います。

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・すこやかメテオ公式Twitter(@sukoyaka_meteor

喰人記PV

・体験版(ブラウザ上)(Win/Mac版はこちら


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