幽霊に憑かれた古典主義のオタク(2019.03.30)

画家はいつの時代もエゴイストである。

昔の宗教画だって、結局宗教を大義名分にして、自分の描きたいものを描いていただけだった。

ミケランジェロは光り輝く肉体を、ラファエロは美しく理想の女性像を、そして、レオナルド・ダ・ヴィンチは“人間„という存在を。

古典主義だの、日本の油画の歴史だのと能書きを重ねるぼくも、ただ、彼女たちを描きたかっただけなのかもしれない。

ぼくは西洋古典主義のオタクであり、彼女たちの姿を“絵画„という古典的手法で記録する、古典主義のオタクでもあるのだろう。

 2019年3月24日。東京キネマ倶楽部において、・・・・・・・・・(以下、ドッツと表記)の9thワンマン「Tokyo in Natural Machine」が開催された。同じく東京キネマ倶楽部で、2018年の2月19日に開催されたドッツ5thワンマン「Tokyo in Picture」に引き続き、6階で絵画の展示が行われていた。絵の作者の名前は、笹田晋平という。ネットから拾ってきたプロフィールを引用しておくと、「1984年大阪府出身。神戸大学発達科学部を卒業し、独学で油彩画を学ぶ。日本の土着性を保持しながら洋画の伝統を汲みつつ、西洋と東洋、近代と現代の区分を超えた自身のスタイルを築き上げてきた」らしい。9thワンマン後にTwitterでの情報発信を解禁し、今やすっかりただのドッツオタクの観を呈している笹田であるが、彼がこのようなかたちでドッツと密接に関わり合うようになったことの必然性について、いくらか書いてみたい。キーワードは、幽霊。

 ところで、冒頭に掲げておいたのは、9thワンマンの絵画展示スペースに絵画と共に展示されていた、恐らくは笹田自身の手によって書かれた文章だ。まずはこの文章の含意を確認するところから始めたい。この文章で表明されていること、それは笹田が「西洋古典主義のオタク」であると同時に「古典主義のオタク」でもあるということに他ならない。「西洋古典主義のオタク」、それは笹田が、絵画における西洋古典主義というスタイルのオタクであることを意味する(後述するが、彼は西洋古典主義の特徴である壮大な構図を自らの作品に取り入れている)。「古典主義のオタク」、それは笹田が、古典主義という手法を用いて、アイドルを、推しを、・ちゃんを描くというオタ芸を行う、アイドルオタクであることを意味する。

 笹田は「Tokyo in Picture」以降、西洋古典主義における壮大な構図を採用するスタイルはそのままに、絵のモチーフとしてアイドルを選択するようになった。こうした事実はまさに、笹田が「西洋古典主義のオタク」でしかなかった状態から、「古典主義の(アイドル)オタク」でもあるという状態へと移行していったことを示している。しかしこの移行はなぜ生じたのか。もちろんドッツ運営が笹田に絵を描くことを依頼し、ドッツに関わるようになったからだろう。とはいえ仕事で関わったからといって、誰もがすぐさまオタクになるわけでもあるまい。ドッツが、・ちゃんが、これほどまでに笹田を惹きつけたのはなぜか。先に結論だけ示しておけば、笹田は「都市の幽霊」と出会う前から、すでにして幽霊に憑かれた作家であったからだ、となる。

 では、笹田が幽霊に憑かれた作家であるとはどういうことなのか。これを説明するには、彼のこれまでの仕事を少し振り返っておく必要がある。幸いなことに、わりと最近のインタヴューがある。面白いのでよかったら読んでみてほしい。

笹田の仕事の主眼は、「日本の油画を再考する」ことにある。日本に油絵が本格的に取り入れられるようになったのは、明治になってからであるが、笹田によればその時期は、「西洋の油画の王道が崩れ始めた時期」だった。それゆえ、「西洋的油彩画を取り入れた日本人画家たちは、その写実性や筆触を忠実に身につけながらも、ダヴィッドによる大画面の歴史画に代表されるような劇的な主題や壮大な画面構成は日本には定着しなかった」。そしてここで言われている、「劇的な主題や壮大な画面構成」を特徴とするのが、先ほどから言及してきた西洋古典主義なのである。

 こうした歴史認識を前提として笹田は、日本においては定着しなかった壮大な画面構成を用いながら、東洋的、日本的な対象を描くといった作品を発表してきた。例えば、2018年の「シャケ涅槃図 No.4」。これは「釈迦涅槃図」のパロディーになっていて、その中心には「釈迦」のかわりに「シャケ」が描き込まれ、その周りを弟子が取り囲んでいる(この鮭は、日本の油絵の出発点ともいえる高橋由一の有名な「鮭」からの引用にもなっている)。

 こうした作品を描くことで、結局のところ笹田は何を目論んでいるのか。これについてもインタヴュー記事で的確な解説がなされているので引用する。すなわち、「笹田さんの挑戦は、もし日本に輸入された洋画が日本画と断絶されずに正常に発展していたら、という仮定の世界における、日本画と洋画の区別のない日本油画のあり方を探るという、野心的な取り組みなのである」。この一文から、笹田が幽霊に憑かれていることがはっきりと見て取れる。西洋の油絵の王道が日本においても継承され定着している、ありえたかもしれない別の世界という幽霊に。

 翻ってドッツはどうか。よく知られているように、そのコンセプトは「都市の幽霊」である。幽霊という語の意味するところは様々であろうが、さしあたり幽霊とは、「他でもありえたかもしれないという可能性への想像力を喚起するもの」として定義できるだろう。例として、女の子としての・ちゃんについて考えてみる。コンセプトに愚直に従うならば、彼女たちは一人につき東京の女の子10万人の個性が重ね書きされた存在であり、それゆえに目元にサングラスのようなものをつけた外見をしている、とされる。それゆえに、女の子のかたちをとった・ちゃんの背後には常に、別の女の子たちという無数の幽霊がただよっている。つまり・ちゃんは、別の女の子の形をとることもありえたのだという別の可能性を想像することを、絶えず私たちに促している((少し補足。今述べたような・ちゃんの性質は、・ちゃんの「代替可能性」として、時には悪い意味で、議論の対象となってきた。つまり、かけがえのないメンバーが代替可能であるとは何事だ、というわけだ。これに対し、代替可能でもあるにもかかわらず、というかそうであるからこそ、・ちゃんたちが特定の一人の女の子の形をとっていることの偶然性が、もっといえばかけがえのなさが際立つ、といった応答はありうるし、なされてもきた。ただ、こうした・ちゃんの特性が、東浩紀によるデリダの議論に由来していることを考えれば、一人の人間が、時には誰とでも代替可能な存在でしかないと同時に、またある時にはやはり代替不可能な存在、固有名を持った存在であるという、こうした両義性を、どちらか一方を切り捨てることなしにあくまで保持し続けること、これこそが「都市の幽霊」とのコンセプト的には最適な付き合い方なのかもしれない。))。

 以上のような意味に加えて、ドッツはさらに別の意味でも幽霊であると言える。それはつまり、アイドルというジャンルにおいて、アイドルがみんなのものであるという王道性を、かつてとは別の仕方で取り戻しているというような、これまたありえたはずの別の世界を想像させる、という意味において。だからこそドッツは、「王道なのにへんてこ」なグループと称している。どんなに変なことをやっていても、「女の子が全力でパフォーマンスをすることは尊い」という価値観がその根底にはあるし、そして何よりも様々な先鋭的な取り組みは、アイドルをみんなのところへ返すという、王道性への志向に貫かれている。そして再び笹田の作品について考えてみれば、彼の仕事もやはり、「王道なのにへんてこ」という軸に貫かれていることが分かる。

 笹田晋平の作品は王道だ。なぜなら彼は、西洋の油絵の王道、西洋古典主義における「劇的な主題や壮大な画面構成」を、自身の作品の中に取り入れているからだ。他方で、笹田晋平の作品はへんてこだ。釈迦の代わりにシャケを描くことで、「日本美術史に遺すべき駄洒落」を作品にしてしまうからだ。先ほどのインタヴューから再び言葉を借りれば、「笹田晋平さんの描く絵画は、人の心をざわつかせる圧倒的な違和感に満ちている。日本画的要素と西洋絵画的要素が画面の上で混在しているそのさまは、一見既視感があるように見えて、何か心理的な居心地の悪さを感じさせる」。幽霊に憑かれた彼の作品は、それを見る者に「不気味さ」を引き起こさずにはいられない。

 以上から、笹田が幽霊に憑かれた作家であるということの意味は、おおよそ明らかだろう。そんな彼は、2018年以降、新たな幽霊に憑かれた。ひとが・ちゃんと呼ぶ都市の幽霊に。冒頭の文章で示されていた「西洋古典主義のオタク」から「古典主義のオタク」への移行は、こうした新たな幽霊と出会い/出会い損ねる過程を意味していたのだと言える。

 

 

 

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