旅行記(奄美と道後)

2023.02.14

 二月頭から奄美に滞在しているパートナーに迎えられつつ空港に到着する。思ったより寒いし、めちゃくちゃ曇っている。とりあえず昼時なので車で鶏飯のお店へ。ご飯の上に何種類かの具をのせてから鶏のスープをかけて食べる。おいしくて三杯食べる。
 資料館的な施設二つに向かう。一つ目は民俗資料館的なもの。濃い緑のラパンが一台駐車場に停まっていて、中に入るとひたすら資料をスキャンしている研究員みたいな人がいる。お金を払うと「ちょっと待ってください」と言われる。そこで館内の照明が初めて点く。「いいですよ」と言われれるのをしばらく待っていたが、何も言われないので察して館内へ。
 古代から近代あたりまでのゾーンと、近代以降を中心としたゾーンの二つがある。奄美大島の古代史なんて今まで考えたこともなかった。知らないことばかりが解説されているので楽しくなる。修復された人形みたいなやつの顔の修復の仕方が面白くて、何年か前に話題になったヨーロッパのどこかの教会の絵画の修復がめちゃくちゃだった話を思い出してパートナーと盛り上がった。館内を出ていくときも、緑のラパンの人は資料のスキャンを続けていた。
 貝塚の遺跡の資料館みたいなところへ向かう。中に入ると係のお姉さんに解説が必要か確認されるのでお願いする。多分一時間弱くらいあったのではないか。縦横無尽にいろんな話を織り交ぜながらの解説で全く飽きない。解説が一段落すると、パートナーのお母さんが解説のお姉さんに「娘が今度行きます」的なメールを送っていたことがわかり、話が弾む。二日後に、ノロ(奄美の女性シャーマン)の墓を案内してもらう約束をして、資料館を後にする。
 宿泊するホテルがあるので、奄美大島で一番都会なエリアに向かう。チェックインを済ます。その日の夕飯は島の郷土料理のお店。予約していた時間に向かうと、すでに机の上にたくさん料理が用意されている。食べて進めていくと、さらにどんどん皿が置いて行かれる。19時半になる。その店名物の店主による島唄が始まる。客だと思っていた自分の右隣の男性が三味線を弾き歌い始め、それに呼応して店のおばあちゃんも歌う。島唄というと沖縄のそれしかイメージがなかったが、奄美の島唄はまた全然別物で、かなり耳に残った。最終的に太鼓を持たされてたたいたりして一通り島唄を堪能し、ホテルに戻った。

2013.02.15

 そもそも今回の旅行の目的地が奄美だったのは、パートナーが自分の妹の住んでいる奄美を題材にした作品を作ろうとしているという事情があったからだった。なのでこの旅行はリサーチを兼ねている。よってこの日は奄美大島に残る太平洋戦争関連の遺跡を見て回った。
 車で島を縦断し、かつて軍の観測所として使われていたトーチカへ。観測所なので当たり前なのだがめちゃくちゃ眺めがいい。海の向こうに徳之島も見えた。周辺の軍関連施設の遺構もついでに見に行く。が、めちゃくちゃ森のなので怖い。ビビる私を横目にパートナーはどんどん車から出て写真を撮っている。取り残されるほうが怖い気がしてきて意を決して外へ。かつての弾薬庫が不法投棄パラダイスになっていたり、また別の施設がコウモリの住処になっていたりした。徐々に小っちゃい頃に公園の草むらで遊んでたみたいな感じになってきて、いくぶん怖さは薄れていた。
 移動して、ある町の図書館に向かう。作家の島尾敏雄のコーナーが併設されているのでそれが目当て。島尾敏雄は名前なんとなく知ってる、程度だったが、特攻艇(神風特攻隊のボート版的なやつ)部隊の隊長として奄美に配備され、しかもそこで奄美の女性とめちゃくちゃ恋愛をしたらしい。出撃することなく敗戦を迎え、出撃を待っていたときの体験や妻との体験などをもとにした小説に加え、奄美や琉球などについての歴史・文化的な考察もおこなっていたようだ。
 図書館には芳名帳があり、どんな人が名前を書いているのかじっくり確認。研究者もちらほら。同じ苗字の人がいると思ったら、息子や孫らだった。あとは吉本隆明が島尾について一冊本を書いていることを知ったり、そういえば特攻艇の模型が少し前に遠足としてパートナーと友達二人と行った遊就館にあったことを思い出したり、いろいろと連想が広がる。
 またホテルがある地区に戻る。この日の夕食は旅行支援のクーポンを使い切るために、パートナーの妹含めた三人で別のホテルで食べることになっていた。その前に前日の貝塚のお姉さんに教えてもらった古本屋に行く。ここがすごかった。言ってみれば奄美の模索社といった感じで、特に奄美・琉球関連の書籍の量が半端でない。おそらく世界で一番豊富なのだろう。ていうか奄美関連の本ってこんなにあったんかい。
 後でホテルにもどってこの「あまみ庵」店主のことを調べてみると、69年に首都圏の大学に入学していて、やはり68年ムーブメント周辺の人だとわかる。暗黒舞踏団に入ってたこともあったらしい。すごいな。もっとしゃべっっておけばよかったと後悔する。また行こう。
 ホテルの夕食の後はパフェが食べられる店へ。結構夜遅かったが、おばあちゃん軍団が談笑しててほっこりする。ホテルからこのパフェに店にかけて、三人で楽しく喋れた。パートナーの妹に会うのは二回目で、一回目は緊張して全く話せなかったが、今回は普通に大丈夫だった。多分この時がこの旅行で一番うれしかったと思う。

2023.02.16

 朝ちゃんと起きる。前日は寝坊のせいで朝食のバイキングを逃したのでこの日は必死だった。ホテルを出て貝塚のお姉さんとの集合場所へ。お姉さんは原付で来た。案内が始まる。普通にその辺の畑とかに入っていく。ちょっと木々が生い茂っている場所があって、そのなかにはいると、もうノロの墓がある。壺に入った人骨が、モロに見えまくっている。こちらも大仰に人骨だ!みたいな受け止めにならず、あまりに何となくそこにあるので、何となく人骨を見つめる。この日は滞在した三日のうち唯一の晴れの日。木々のあいだから日光が差し込み、そこに何人分もの人骨。時間の感覚がバグって、なぜか少しうっとりした。
 こういう墓を五か所見て回る。どこでも人骨はただ何となく目の前にある。移動中の道端には花がたくさん咲いているし、晴れているし、海を見るとめちゃくちゃきれい。今俺、死んでるのかみたいな気分になってくる。移動中いろいろ話をしたが、お姉さんは東京出身で新左翼の某党派の一員として活動していたことを知る。何となく居ずまいが正されるような気持ちに。そうこうしているうちに案内は終わり。お姉さんはまた原付で子供たちの世話があるからと帰っていった。
 その後もいくつか場所をめぐったが、どちらかというと飛行機出発までの時間を埋めるという感じだった。空港で土産を買い、ファミレスで夕食を済ませて、パートナーに見送られながら飛行機に乗った。

2023.02.20

 朝の飛行機に乗り、羽田から松山へ。バスで羽田から道後へ。着いたらもう13時過ぎ。とりあえず昼食を食べてそのままそこで次の日の仕事の準備をする。目の前の席で、地元の大学の准教授がわりと細かめの大学への不満やゼミでの教育の苦労を友人に語っている。不満はあるがどうしようもないので来年度で退任するそうだ。気持ちはわかるけど、そんなこと割とでかい声でここで話すなよ。そうこうしているうちに、もう14時40分ごろ。目的地である道後ニューミュージックへ向かう。
 入り口で結城さんを発見。入場すると、もう人でいっぱい。かろうじて端っこの席に座れた。すると向かいの最前列の席に酔っぱらってめちゃくちゃうるせえグループがいる。何年か前のアイドル現場を思い出して開演前からテンションが上がる。
 演目スタート。メンズストリップをみるのは初めてだったのでどんな受け取りになるかと思ったが、ある程度ストリップをみた経験があるので、男性の裸それ自体だけで何かがある、ということはない。ただ演目が進むとどんどん引き込まれていく。特に演者であるチャタさんと踊り子さんの関係を踏まえた演目のほうは、涙をこらえるのが大変だった。と同時に、こんなにも素晴らしいものが、こんなにも素晴らしいのに、もうすぐ終わろうとしている。そう考えるとどんどん悲しくなってきて、ますます泣きそうになる。もちろんこの悲しみとそこで感じる充実とは、完全に両立している。
 二つ目の演目は、アイドルオタクとアイドルの関係にも重ねてみられるものだったので、自ずと自分自身の経験の振り返りも並行して行われることになった。チャタさんが裸になる。自分にとって特別な他者をめぐる喜びがそれこそ身体全体で示される。身体が大きく動く。大きな声が出る。たしかに自分もそうやって、あの現場で、それが不十分だったにせよ、いろんなものを脱ぎ捨ててきたのだった。だから今こうやってメンズストリップをみている。終わらないでくれ、とは思わなかったが、なんで終わりが来るんだという思いばかりが募った。
 結城さんの演目もあった。それこそ、かつてのアイドルの遠征のときみたいに、休みが一日しかないのに道後まで来たのは、チャタさんのストリップに加えて、急遽結城さんのジャグリングも行われることになったのが、決め手なのだった。
 まず何といってもストリップ劇場でパフォーマンスが行われているということ。そのことだけで、いつもとは見え方が違ってくるし、観客との相互作用のあり方も全然違っている。しかしそれ以上に、ある程度ストリップの型に従いながら行われるそのパフォーマンス自体が、新作だから当然ではあるのだが、これまでと違っていた。
 特に印象に残ったのは、盆で椅子に座りながら行われた一連のパフォーマンス。椅子の上で行われていること自体は、似たようなものをかつてみたことがあったのだが、それが盆の上で、椅子に座りながら、足をバタつかせつつ行われている!完全にそれはベットだった。そのとき、結城さんの両腕の間には性器が出現し、最後はそれを自分で咥えていた。むちゃくちゃだ。この間、一切服は脱いでいない。しかし、脱ぎまくっていた。
 そうこうしているうちに終演。本当に悲しかった。その後、通常の公演もみたが悲しいのと満足したのとでもういいやとなり、外に出る。結城さんから連絡が入っていたので合流して劇場の隣の居酒屋へ。まだうまく切り替えができず、何を話せばいいかわからなかったのでなぜか奄美の旅行の話などをした。そのとき飲んでいた日本酒がかなりおいしくてあっという間にふらふらになる。のでサクッと解散。ホテルに戻る。
 酔いが少しさめてから大浴場へ。せっかくなのでといつもより長く浸かったら、風呂上りに更衣室でぶっ倒れる。ちょうどフロントの人がいて水を二杯くれたりしてお世話してくれる。ありがたい。
 部屋に戻る。倒れたこともあって余計に悲しさは募る。そもそも毎年この時期はだいたい調子が良くない。最近も自分が死ぬときのことを考えて途方に暮れる、みたいなのを繰り返していたので、演目の終わりをみて、さらには奄美から続いた旅行もこれで終わりで、なんだか終わりばっかりだなと思いつつ、でもどうせ明日になればなんだかんだで普通に仕事してるんだろうなということもわかっていて、そのことに救われるようなままならないような気持ちを抱きながら、テレビで情熱大陸をみたりしたあとに寝た。


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