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楽しさという名が連なる鎖の輪

最初に、最高のゲーム体験をありがとうございました。
どれほど行く手を阻まれようが、どれほど強敵を相手に心を折られようが、決して諦めることなく全てを終えることができました。

6/21に配信された『ELDEN RING SHADOW OF THE ERDTREE』である。
もはやゲーマー界隈では説明不要のフロムソフトウェアが誇るアクションRPGの金字塔。2022年2月に発売された『ELDEN RING』のDLCである。今年6/12には世界累計出荷本数が2,500万本を達成したとの公式発表もあり、もはや約束された神ゲーなのである。

私は当然のことながら事前予約しており、6/21の日付変更のタイミングでDLCをプレイ……できなかった。まさかの2周目プレイ中のデータで、血の君主モーグを倒していない(DLCに入るための前提条件)、2キャラ目のセーブデータを確認しても倒していないということが発覚。このモーグというボス、リハビリをする相手としてはかなりの荒療治(本編でも終盤のボス)であった。なんとか2キャラ目(魔術師ビルド)でDLCに突入し、遠距離から超火力の魔術をぶっ放すプレイスタイルで旅路は順調だった。

そう、こいつに出会うまでは。

串刺し公メスメル

DLCのキービジュアルにもなっているこちらのお方。
期待通りのストッパー役を果たし、「敗北を知りたい……」などとほざいていた私を、身も心もことごとくをぶち壊してくれた。開幕の突進攻撃にガード不能のつかみ技に(おじいちゃんの私の目では)見てから回避不可な連続突き。まさに圧倒された。何度「メスメスフレイム(プレイヤー死亡時にメスメルが言い放つセリフ:空耳)」を聞いたかわからない。むしろ気がついたら自ら口ずさんでいた。
ジャンルがアクションRPGだけあって、文字通りアクションゲームの最中に重厚な物語、己が何者なのかを決めるロールプレイを体験できる。なので進め方によってはこのメスメルに恨みを持つNPCが一緒に戦ってくれるといった展開もある。また遺灰というバトルシステムがあり、仲間を戦闘中に召喚することも可能。結果、3対1という有利な展開で戦闘に挑むことも可能なのだ。
こう書くと「誉れを捨てた」だの「卑怯」などと思うかもしれないが安心してほしい。全く余裕ではない。むしろ全然勝てないゲームバランスである。
ラスボス戦でも思ったのだが、「どんな手段を用いたとしても勝つことにこだわる」というゲームデザインになっているのが個人的にはたまらなく面白い点だと思う。そこには試行錯誤した時間があって、失敗から学んで、次はもっと上手いやり方があるはず、といった遊び方ができるからだ。誰かが編み出した攻略法をなぞるのも、昨今の時代においては当たり前のことであり、そこは開発側も想定しているのだろう。でも、『ELDEN RING』はプレイヤーを勝利へ導くための手段を数えきれないほどに用意している。何を装備し、どんな道具を準備して、いかなる技を駆使して戦うのか。戦術は?相手の動きは?どこに隙があるか、逃げ道はあるか、回復できるタイミングはどこか、などという考察がたまらなく楽しいのだ。
そしてその先に、このゲームの醍醐味の一つでもある「たまらない達成感」を味わうことに繋がるのである。

本編の終盤にマレニアというボスがいるのだが、プレイヤーに攻撃を当てると自ら回復していく(盾を構えていたとしても)という鬼畜っぷりだったこともあって、『ELDEN RING』というゲームは盾を装備しないで戦うゲームだとすっかり錯覚してしまっていたことにDLC終盤で気がついた。思い返せばデモンズソウル、ダークソウル1・2・3と、盾には大変お世話になったなと。ボスの攻撃を盾で受け止め、反撃の隙をうかがいながら戦うというのが基本スタイルだったなと思い出してふと懐かしくなった。ジャスト回避やらパリィやらに夢中になったのは、これまで数多くの死にゲータイトルを遊んできた影響なのかもしれない。今一度、敵の動きをよく観察し、じっくり攻めるというのも、このゲームの醍醐味の一つなのかもしれない。

プレイヤーの数だけ物語がある。RPGとは本来そういう遊び方で、こと『ELDEN RING』に関しては実況動画を観るのも大変楽しみなのである。ゲーム配信者たちはこぞって他者との差別化を図るために、ありとあらゆる趣味趣向を凝らしたプレイを楽しんでいる。そう、配信者本人が本当に楽しそうなのである。本気で楽しんで遊んでいる人を見て初めて、見ている側も楽しめるというもの。『ELDEN RING』は、そんな楽しみの連鎖を紡いでいく懐の深いゲームなのである。

DLCクリアの証拠画像

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