短編小説「オッキー」

第1章


「人はなぜ生きるのか。」
 そんな青臭いことを、築35年のアパートのこたつの中で、俺は考えていた。時間は有り余っているが金は無い、一介の大学生である。特に打ち込むことも見つからず、無為に日々を過ごしている。今は気まぐれに、生きる意味について考えてみている。

 まず、人は60兆個の細胞から構成されているという。その細胞はDNA(デオキシリボ核酸)という物質を持っており、その中に含まれる情報を元に臓器などが作られて体が形成されているらしい。DNAは生物の設計図と言われているが、逆に生物はDNAの乗り物に過ぎないという説もあるようだ。DNAが歩きたくなったから俺が代わりに歩き、DNAが休みたくなったから俺が代わりに休むというのである。そんなバカげたことがあるのだろうか?考えるのも癪だろう。受け入れ難い話である。ナントカ酸というたかだか酸っぱそうなだけの物質に支配されて生きていると考えると、憤りを感じざるを得ない。俺は自分で考え、自分の意志で行動しているはずだ。俺の思考は何ら制限を受けておらず、自由なはずである。......だが考えてみると、食欲など自分の意志では抗い難い欲求があるというのも事実だ。食事を摂らなければ飢え、やがて死に至る。俺がそれを回避したいと思うのはDNAの仕業なのだろうか。だとすると、どういう形であれ根本思考は支配されているというのは間違いではないかもしれない...

 さて大した答えも出ないまま、食欲が湧いてきた。この欲求を満たさなければ理性的な思考は得られないだろう。こたつからのっそりと這い出し、お湯を沸かしてインスタントラーメンを茹で始める。一人暮らしの大学生が作る、腹を満たすためだけの料理だ。目的がはっきりしていて実に清々しい。麺が茹で上がったところでスープの素を入れ、鍋から麺を口へと直接運び、一気に啜っていく。味噌ラーメンだ。ふぅ。豊富な炭水化物と塩分、油分を摂取して食欲は満たされた。本来なら先ほどの高尚な思考に戻るところである。しかし、どうしよう。小難しいことを考えるのも面倒になってきたぞ。そして、ゲームという娯楽に耽りたくなってきたぞ。そうだ俺はこのために生きているのだ。ゲームを楽しむために生きているのだ!と無理やり結論づけたところでPCからゲームを起動する。ダメ人間である。

 起動したのはMMO(大規模人数多人数型オンライン)ゲーム、いわゆるネトゲである。俺は息抜きにネトゲをするのが最近の通例となっていた。
「お、木島がログインしているな」

 木島とは同じ大学の友人である。ゲーム好きであるので、ボイスチャットをしながら一緒にゲームをすることが多い。いつもと同じようにヘッドセットを付け、木島をボイスチャットに誘う。数秒後、木島がチャットグループに入ってきた。
「おっす、桜井」
 桜井とは俺の名前だ。
「おう、今から前言ってたダンジョンに行こうと思うんだけどどうだ?」
「いいね〜、面白そうじゃん。準備するわ〜」
「相変わらず暇なんだな」
「うわ、お前には言われたくないわ〜」
「いや、俺は暇だからゲームしてるんじゃないんだよ。明確な目的をもってゲームに取り組んでいるんだ。」
「へ~。どんな目的?」
「それはだな、今後の活動のための英気を養うことだ」
「はいはい、そうですか~」

 などと雑談を交わしながらゲームを進める。木島はちゃらけてはいるが、ひねくれた俺にまともに対応してくれる、気のいい奴だ。コミュニケーション能力が高いので将来出世するタイプだろう。一方で、かなりのオタク趣味でありその界隈には俺より数段詳しい。そして質の悪いことに、その手の話で一度スイッチが入ると際限なく喋り出し、手に負えなくなるという特徴を持っている。大学に入学したてで知り合った頃、講義終わりに何気なくアニメの話を振ったら盛り上がってしまい止まらなくなり、果てには俺のアパートまで付いてきて徹夜で話をされたのには参った。俺は早く寝たいのである。よくもまあそんなに喋ることができるなと思ったが、ある意味才能だ。それほど情熱を向けられる対象があるのは素晴らしいことである。しかしあれ以来、実害を避けるため、木島とアニメの話をするときには程々に盛り上がらないようにかなり気を遣っている。ただし、ボイスチャットであれば余計な気を遣わなくてOKだ。なぜなら、眠たくなったらポチっと通信をオフにすれば、雑音を遮断してすぐさま眠りにつくことが出来る。素晴らしい。

「それでな~、ガッターロボGの12話でも初代ガッターと同じ変形演出があるんだぜ~。エリゴノミクス粒子が飛ぶんだ!!雷鳥のように!!!このシーンは作画監督の気合が手に取るように伝わってきて俺的に殿堂入りなんだがな~、これに並ぶシーンとしてはだな~」
 おっと、木島がいつの間にか勝手に盛り上がってるじゃないか。なんだかんだで4時間ほどゲームをプレイしている。そろそろ眠くなってきた。
 その時、
「・・・・・」
 ん?なんだろう?嫌な雰囲気を感じる。ヘッドホンからか?そう思った後すぐに、何やら気分が悪くなってきた。
「うっ...」
「お~い、どうかしたか~?」
 木島が心配して問いかけてくる。
「いや、よく分からんが、気分が悪くなってきた...そろそろ寝るよ」
「そうか~、おっけ~」
「すまんな、じゃ」
 そう言って通信を切る。しばらくすると、気分は回復してきた。何だったのだろう。念のため体温を計ってみたが、熱は無い。
「...まさか木島の話があまりにもつまらな過ぎて体調に影響が...?」
 声に出してみて、自分で可笑しくなってきた。多分疲れていただけだろう。そう思って、すぐに寝ることにした。

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