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プライマル・ヘルス3 テラン

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今回は、メルマガ17号(2021.8.10)の配信内容です。

テラン

テランとはフランス語で「基本的な健康状態とか病気への対応力」という意味だそうです。

さて、医師はいつも病気の原因とその治療法を探求してきました。例えばタバコによる肺がん、 動物性脂肪の取り過ぎによる心血管病変、 エプスタイン・バーウイルスによる伝染性単核球症/リンパ肉腫、HIVウイルスによるエイズ。HPVウイルスによる子宮頸癌…、数えたらきりがありません。

しかし一方で、ヘビースモーカーであっても肺ガンにならない人は沢山います。エスキモーは西洋人と同じ食事をしてもなおエスキモーの飽和脂肪酸のレベルは低いと言われます。

西洋諸国の成人の90%は伝染性単核球症を発症していないのにエプスタイン・バーウイルスの抗体を持っている(つまりウイルスにかかっても発症しない人がたくさんいる。HIVに感染してもエイズを発症する人は少数である。HPVウイルスに感染してもたいていウイルスは排除され自然治癒する)。その他、14世紀にペストが大流行しましたが 2/3の人はベストにかからないで済んでいます、なぜでしょうか?

さらに医療介入なしで5~6時間で出産できる初産婦がいます。アルジェリア戦争でオダン自身が経験したことですが、ヨーロッパ人に比べてベルベル人は腹部の外傷や炎症に対して信じられないほどの回復力を持つそうで、「ベルベル人は腹に鉄板を入れている」だとか。

以上のような事実は、「病気に対する基本的な能力」(すなわちテラン) とか「健康の起源」という概念を用いないと説明が上手くできません。

現代社会では、病気がそれ単独で起こるかのように、病気1つ1つと戦う方向が優先されていますが、原因に触れても何でもない人の方が遥かに多いのです。それはテランのように病気への対応力が異なるからです。

テランは赤ん坊が母親に依存している期間に(プライマル・ピリオド)にセットされた初期健康状態(プライマル・ヘルス)の別の表現といえます。

遺伝子の役割に重きを置かないのは心理学者、精神分析学者です。彼らは外界や親子関係などの環境を重視します。逆に遺伝子を強調したがるのは、数値化が好きな医者集団です。

確かにDNAを理解することなく生物学を語ることは、無謀です。しかし遺伝子決定論の強調は環境因子の無視に繋がります。そして生理的過程は人工的なものに置き換え可能という攻撃的な医学につながります。それは「自然なお産」のような、生理的過程を妨げることなく基本的要求を満たそうとする医療を排除することになります。

人の健康は、DNA決定論でも環境決定論でもなく、それらの影響の基礎として、「プライマル・ヘルス」が大きな意味を持ちます。このことへの共通理解が広まれば、健康を守るためには病気の起源の追求だけでは不十分で健康の起源への追求が高まることでしょう。

なお、少し似た見解の、精神心理学的な健康生成論があります。以前私がある会誌に寄稿した文章ですが、参考までに紹介させて下さい。

現代の医療は疾病生成論によって進められてきました。つまり、どうして病気になるのかの原因を探り、その原因をなくすことに主眼が置かれてきたわけです。これに対しアントノフスキーが、健康生成論すなわち、あんなことがあったのにどうして健康でいられるのか?という健康の成因(彼はこれを汎抵抗資源と呼んだ)を探り、それを強めることを提唱しました。これがSense of coherence(SOC)で、ストレスへの対処能力の高さが健康への鍵だと言ったのです。

SOCは1979年、ユダヤ系米国人の医療社会学者アントノフスキーが提唱したもので、”首尾一貫感覚”と訳されます。

彼は、アウシュビッツ収容所の過酷な環境から生還した人たちを綿密に調査したところ、その多くは短命であったけれど、一部の人たちは心身ともに良好な状態で天寿を全うしたことを発見しました。

そこで、健康であった人々の性格特性を概念化したものがSOCだそうです。その「首尾一貫の感覚」とは、「人生はストレスそのものだが、自分の生活は首尾一貫していて納得できる」という感覚です。

SOCは次の3つの感覚が中心で、ストレスの強い状況下でも、これらが保たれるかどうかが健康保持の鍵だそうです。

それは、

  1. 全体把握感
    周囲や将来を見渡し、全体の見通しがつくという感覚

  2. 処理可能感
    大変な状況になっても、自分や人の力を借りて何とか切り抜けられる、何とかなるという感覚

  3. 有意味感
    やりたくなくても、いつか何かの糧になる。人生全て歓迎すべき挑戦、と思える感覚。

実際にNASAアメリカ航空宇宙局では宇宙飛行士の訓練にこの理論を用いています。

宇宙飛行士は長期間狭い空間に閉じ込められ、孤独と死の恐怖の究極の状況でミッションを果たします。アメリカ航空宇宙局(NASA)には、彼らのストレス耐性の訓練を指導する精神科医・心理学者の専門チームがあるそうです。訓練の中心は上記3つの感覚の保持・増強です。
NASAのチームは、同じ究極の状況にあったチリの炭鉱落盤事故(2010年8月5日)の救出もサポートしました。

  1. NASAのチームが情報を出し渋るチリ政府を説得して、地下の労働者に情報を伝えた。救出は「建国記念日(9月18日)には間に合わないがクリスマス(12月25日)には間に合う」と。このことで閉じ込められた人々に希望の光がともった。見通しがたった。

  2. 幾度も落盤事故を経験した現場監督のリーダー、ルイス・ウルスワ氏が、「必ず助けは来る」と皆を諭し安心させた。次に彼は

  3. 作業班を3班に分け、8時間ごとに労働、休息、睡眠のサイクルを課し、救出の日のためにトンネル内の土を移動させた。無駄に見える作業が有意義と思えるように導いた。

33名の奇跡の生還は、SOCを維持することで達成されたと言えるようです。

さてここで一つ問題です。オダン氏の言うテランと、アントノフスキーのSOC(首尾一貫感覚=汎抵抗資源)はどのような関係にあるのでしょうか?

テランはプライマル・ヘルスに従い胎児期または乳児期に設定されてしまうという決定論的なニュアンスがあります。対して、ひどい拷問や虐待をうけてもなお健康を取り戻せるというアントノフスキーの健康生成論は、やり直しの効くレジリエンス(復元力)の象徴ともとれます。

私の考えはその両者が必要と言うものです。50年前のチリのお産事情は、自宅分娩が多く帝王切開のできる機会は少なく、人工乳も少ない、素朴なものであったと思われます。

その次代に生まれたチリの男たちのプライマル・ヘルスが良好だったからこそ、後の危機に遭遇してもSOCが有効に機能したものと考えます。

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