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学生納付特例制度を追納すべきか?

1.目的

この記事は、学生納付特例制度の概要を把握し、学生納付特例制度により猶予された国民年金の保険料を追納すべきか否かを検討することを目的として作成されています。

2.学生納付特例制度の概要

「学生納付特例制度」とは、学生による在学中の国民年金の保険料の納付が猶予される制度のことをいいます。学生納付特例の承認を受けた期間は国民年金を受け取るために必要な期間として計算されますが、その承認を受けた期間分、国民年金の受給額が少なくなります(後述4.(1)①「老齢年金」の受給金額ご参照)。

3.学生納付特例制度の追納の概要

学生納付特例の承認を受けた期間は、10年以内であれば国民年金の保険料をさかのぼって納めること(追納)ができます。
日本年金機構も「将来受け取る年金額を増額するためにも、追納することをお勧めします。」(国民年金保険料の学生納付特例制度|日本年金機構 (nenkin.go.jp))と言及しています。
しかし、インターネット上において「追納」について検索してみると、一定数、追納に否定的な意見も見受けられました。
そこで、この記事では、日本年金機構の言及も一度批判的に考えてみて、追納すべきか否かを検討してみたいと思います。

4.国民年金の概要(前提として)

追納すべきか否かを検討する前に、改めて国民年金制度の概要を確認します。

(1)国民年金とは

日本に住む20歳以上60歳未満の者は、国民年金に加入することが法律で義務付けられています。なお、会社員や公務員は、厚生年金にも加入していますので、この国民年金と合わせて、2階建ての構造になります。
そして、国民年金には、以下の三つの種類があります。

①老齢年金
65歳以降から亡くなるまで受け取ることができます。
なお、厚生年金に加入していた者は「老齢厚生年金」が上乗せされます。
受給要件と受給金額は以下の通りです。
受給要件:国民年金の保険料を納付した期間が10年以上であること。
受給金額:国民年金として、年795,000円×(納付月数÷480か月)+厚生年金として、報酬比例部分。

②障害年金
病気や怪我で障害が残ったときに受け取ることができます。
なお、厚生年金に加入している者は「障害厚生年金」が上乗せされます。
受給要件は以下の通りです。
受給要件:(ア)国民年金の保険料の未納期間が3分の1未満であること。(イ)障害の程度が1級又は2級であること。

③遺族年金
家族が亡くなったときに、子供のいる配偶者又は子供が受け取ることができます。
なお、亡くなった者が厚生年金に加入していた場合は「遺族厚生年金」が上乗せされます。
受給要件は以下の通りです。
受給要件:(ア)亡くなった者の国民年金の保険料の未納期間が3分の1未満であること。(イ)亡くなった者によって生計を維持されていたこと。

(2)国民年金の保険料

国民年金の保険料は、1か月当たり16,520円(令和5年度)です。

5.追納はした方がよいのか?

国民年金制度の概要が把握できましたので、これから追納すべきか否かの具体的な検証を行っていきます。なお、以下の計算は概算です。

(1)受給額の比較

①追納した場合
国民年金の受給額は、年795,000円(満額)になります。

②追納しなかった場合
国民年金の受給額は、年795,000円×(納付月数456月÷480月)=年755,250 円になります。

①と②の差額は年39,750円になります。およそ年4万円ということです。

(2)追納額の比較

①追納した場合
396,480円(=月16,520円×12か月×2年)です。
なお、厳密には加算額が追加されますが、概算の計算であるため、省略します。

②追納しなかった場合
(当然に)0円です。

(3)所得税・住民税の軽減効果の比較

なお、その他、復興特別所得税がありますが、概算の計算であるため、省略します。

①追納した場合
追納した場合、社会保険料控除により、所得税・住民税が軽減されます。

(ア)所得税
追納額×所得税率によって計算されます。
表:所得税の税率

軽減される所得税額のイメージを持つために、ケーススタディで考えてみます。
仮に「大卒」、「年齢階層30~34歳」、「男性」の平均賃金であれば、304.9万円ですが、このときの所得税率は、上記の表から10%となります。
よって、軽減される所得税額は、396,480円×10%=39,648円となります。

(イ)住民税
追納額×住民税率(10%)により計算されます。
396,480円×10%=39,648円です。

(ア)と(イ)の合計金額は、79,296円になります。

②追納しなかった場合
(当然に)0円です。

(4)損益分岐点分析

以上の(1)から(3)で求めた金額をもとに、損益分岐点分析をしてみます。追納額から節税額を差し引いて、それを追納により増加した年間受給額で割ればよいので、

(追納額-節税額)÷年間受給額(回収額)
=(396,480円-79,296円)÷39,750円
=7.9…年
≒8年

(5)結論

以上より、8年以上国民年金(老齢年金)を受給することが見込まれる場合は追納をした方がよいということになります。換言すれば、73歳以上生き続けることが見込まれる場合は追納をした方がよいということになります。

例えば、男の平均寿命は81歳ですから、持病等の特段の事情がない限り、73 歳以上生き続けることが見込まれると考えてよいのではないでしょうか。
従って、日本年金機構が「将来受け取る年金額を増額するためにも、追納することをお勧めします。」と述べていることも正しいと考えられます。

もっとも、この計算は「追納額-節税額」を国民年金受給開始年齢の65歳まで現金のまま保有するということを前提にして行っています。これに対して、現金のまま保有するという前提ではなく、運用するという前提を置いた場合、また検討結果が変わります(→6.追納額を運用する場合)。

6.追納額を運用する場合

「追納額-節税額」である317,184円(=396,480円-79,296円)を元本として、30歳から65歳まで35年間、以下の利率で運用(複利計算)すると、税引後元利合計金額は以下の通りとなります。
①3%で運用→税引後元利合計は724,820円
これを年39,750円で取り崩していくとすると約18年。
②5%で運用→税引後元利合計は1,244,650円
これを年39,750円で取り崩していくとすると約31年。
③8%で運用→税引後元利合計は 2,757,878円
これを年39,750円で取り崩していくとすると約69年。

少し分かりにくいので、ケーススタディとして、男性の平均寿命である81歳まで生きる場合を考え、別の角度から計算をしてみます。
①3%で運用→税引後元利合計は724,820円
これを16年間(=81年-65年)取り崩すので、年45,301円(>年39,750 円)。
②5%で運用→税引後元利合計は1,244,650円
これを16年間(=81年-65年)取り崩すので、年77,790円(>年39,750 円)。
③8%で運用→税引後元利合計は2,757,878円
これを16年間(=81年-65年)取り崩すので、年172,367円(>年39,750 円)。
いずれも、追納による受給額の増加分である「年39,750円」よりも大きくなっていることが分かります。

このように、追納相当額を自ら運用し、追納した場合以上のパフォーマンスを出すことができると見込まれるのであれば、「追納はしない」という選択を取ることも考えられます。是非ご自身の投資戦略を踏まえて、追納の要否をご検討ください。

7.不確定要素

以上、追納すべきか否かを検討してきましたが、この検討には以下のような不確定要素が含まれています。これらの要素に変更があった場合には、検討結果が変わってきますので、ご注意いただきますようお願いいたします。
①国民年金の受給開始年齢が今のままの65歳か? (受給開始年齢が伸びれば、その分損益分岐点も伸びます。)
②株式に係る税率は今のまま20%か? (税率が上がれば、追納額を運用した場合の計算結果に影響があります。)

8.参考文献

知っておきたい年金のはなし(0000000011_0000028374.pdf (nenkin.go.jp)

9.免責文言

本記事は記載内容の正確性・妥当性の確保に努めておりますが、記載内容の利用によって利用者等に何らかの損害が生じた場合にも、一切の責任を負うものではありません。


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