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【第1回オフラインイベントレポート】 当たり前に想定される社会を | トランスジェンダーとCODAのダブルマイノリティーである奏太さんが求める変化(ゲストトーク後編)

社会課題に目を向ける企業の担当者たちと考える「フレームイン / フレームアウト」。「無意識に取りこぼしている視点」を、私たちはどう企業活動に活かせるか?
こんにちは!Social Business Lab運営事務局です。

わたしたちは、SDGsをはじめ、サステナビリティやジェンダー、ウェルビーイングといった社会的なテーマに関連するプロジェクトを、企業の中で担当する「人」たちとともに考え、学びを共有する勉強会を定期的に開催しています。

世の中に新たな考え方を提示するような「プロジェクトの裏側」を分析し、関係者をゲストに過程や課題といった生の声を共有。各企業で社会課題へ取り組み人々をつなげ、それぞれの活動や業務に活かす場を目指しています。

これまではオンラインでのイベント開催をメインとしてきましたが、今回はゲスト2名をお迎えし初めてのオフラインワークショップを開催しました!

前編は米国のカリフォルニア大学バークレー校で国際社会学の研究員をされている下地ローレンス吉孝さん。
後編はトランスジェンダー男性であり、CODA(耳の聞こえない・または聞こえにくい親のもとで育つ子ども)である自身の体験をYouTube(かなたいむ。)で発信している奏太さんのインタビューをお届けします!

参加企業
株式会社アーチャー新社 / 貝印株式会社 / カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 / ソフトバンク株式会社 / 土屋鞄製造所株式会社 / パナソニック株式会社 / 日本テレビ放送網株式会社 / 株式会社ニューピース / モビロッツ株式会社
*五十音順

ワークショップのテーマは「フレームイン・フレームアウト」。
多様な個人がいれば、その家族も多様。 しかし、現在の社会ではその多種多様な個人があらゆる広告やCM、制度などから Frame outされてしまっていることが事実として多く存在しています。企業活動において、社会側の問題としてFrame outされてしまっている多様な人々とその家族の存在をどうすればFrame inできるのか?

母親が“ハーフ”と呼ばれるルーツであり、ご自身もクォーターとして生まれ育った下地さんからは専門である社会学の観点から。
そして耳の聞こえないご両親のもとで育ち、ご自身はトランスジェンダーである奏太さんからは、当事者としての経験と、ご家族との経験、両方の視点から考えることをお話をしていただきました。これまで自分達が持つことができていなかった視点を、どうすれば実際の自分達の活動に活かせるのか?企業活動としてハードルになる点を分析し、チームごとに具体的なアクションを考えました。

後編では奏太さんのトークをお届けします。

ダブルマイノリティーとして生きてきた
奏太さんの考えるフレームインとアウト


奏太さん

Profile
大阪芸術大学映像学科卒。トランスジェンダー男性とCODAというダブルマイノリティーとしての日常を「かなたいむ。」という25万人の登録者数を誇る自身のYouTubeチャンネルで発信。

ふつう研究室 / SBLメンバーの白鳥と対話形式を取り、以下の3つの質問に答えていただきながらトークを進めていただきました。

  1. 様々な広告サービス、商品、接客でご自身やご家族がフレームアウトされてると感じたような体験とか場面ってありますか?

  2. 1とは逆に、すてきだったなと思うような事例はありますか?

  3. 社会や企業に変化や改善を願うこと


僕自身、家庭環境もマイノリティーで、ジェンダーでもマイノリティーで、ダブルマイノリティーだったんですよね。気づいたらフレームアウトを常にされていた、その環境が当たり前だったなと最近は特に思うようになりましたね。例えば、僕の家庭では耳が聞こえない両親と僕と弟がいるんです。
4人家族で過ごしている時に、いろんな場所で「困りごと」にぶつかります。例えば、買い物に行った時に、「スーパーでポイントカードをお持ちですか」。とか、「袋はいりますか。」と言われた時に、両親だけだとわからない場合が多いです。す。それは店員さんも想定していないので、「あれ、なんで答えてくれないんだろう」、みたいな感じで止まってしまう。で、そこに僕が入って、「両親は耳が聞こえないので通訳しますね。」、みたいなタイミングがあったりします。

そして、僕の場合「とても困ることだな」と感じるのが、医療機関でした。これは僕がトランスジェンダーだからの「困りごと」もあったりするんですが、両親との生活の中で医療機関を利用する際に「困りごと」だなと感じることは、体のことや健康のことを、両親が第一言語としている「手話」で、その場ですぐには対応してもらえなかったり、手話通訳者の方が必要な場面が多いことかなと思います。
医療機関へ行く時は緊急の時も多いと思います。なので、通訳者の方がお願いできないことも多いです。その場合、僕が通訳者となることも少なくありません。
そこで通訳していると感じる違和感があるんです。
情報が必要な本人へ話しするわけではなく、通訳側の僕に全部お話しされることも。そうなると、「なんでこっちに話してくれないんだろう、自分のことなのに」と不安や不信感に繋がるかなと思うんです。これは両親がフレームアウトされているなと感じるんだろうなと思う場面ですね。

僕自身の話ですと、「トランスジェンダーであること」「性別適合手術をしていること」を医療機関で伝えなければいけないこと。伝えることは自分の健康のために必要なことだとは思っています。しかしその「伝える」ことが、社会の背景によって「伝えにくいもの」であることになっている。
実際に必要な情報として伝えた時に、医療機関によりばらつきがあったり「じゃあ、ちょっとうちでは…」、と言われたこともあったりしました。
こういう場面がフレームアウトに繋がってくるなと感じています。

自分のマイノリティー性だけでなく、ご両親のマイノリティー性によるフレームアウトを二重で経験されてきた奏太さん。今思えばあの時はこんな対応をして欲しかった、という思いや今後私たちにもできる対応例を聞かせてくださいました。

白鳥:ご両親の聞こえないという特性は置いておくとして、どういうコミュニケーションが一番良いと思われますか?

僕に話しかけるんじゃなくて、本人に話しかけていただければよかったのかなと思います。携帯やスマホもなかった時代もありますが、今は携帯のメモで打つことだったり、むしろ現在の音声認識アプリはすごく使いやすくなってると思うので、アプリを利用したり。口話の口の動きを読んでコミュニケーションを取る方もいます。もちろん第一言語として手話でお話しされる方も多いので、手話で話せること、話せる場が増えていくことは必要だとは思うのですが、「手話を知らない…どうしたら?」となることは必要ないのかなと思います。「あなたと話しています」という意思表示が、僕は大事な気がしていますね。


白鳥:奏太さんご自身や、ご両親にとって、広告サービス、商品、接客で、すてきだなと思ったものはありますか?

今は生放送で字幕がつくように、テレビとかでもたくさん対応していただいてて、生放送を見れたり、筆談で接客してくれるお店も増えました。他にも指差し対応のプレートがあって、例えば「袋に入れますか/ポイントカードありますか」をその場で指差して対応してくれるところもあります。電話リレーサービスっていって、耳の聞こえない方でも電話を利用できるサービスがあったりだとか、先ほども話した通り、文字・音声認識アプリは携帯1台あれば様々な機関で使用できます。
LGBTQ+のことに関しては、レインボーフラッグを出されてる企業さんがいらっしゃると思うんですけど、それを見ると、「アライな人たちがいるのかな?当事者もいるのかな?行ってみようかな」という前向きな気持ちになったりします。

性別を決めつけられない接客をしていただいた時は嬉しかったですね。例えば、僕はメイクをするんですけれど、化粧品を買いに行くと、「彼女へのプレゼントですか?」と聞かれたりしました。化粧品は男性が女性へプレゼントするものとか、プレゼントする方は異性であるとか、そういう決め付けをされない時はすごいうれしいですね。「すごいすてきですよね、ご自身に何かお探しですか?」とかいう風に対応されると、すごくうれしかったです。

誰もが広告や接客において、想定されていないと感じたり、悪意のない決めつけを感じる可能性があります。相手を深く傷つけてしまったり、疎外感を与えてしまうかもしれないということを念頭におく。そのくらい小さな気配りから、誰かの喜びにつながるサービス/コミュニケーションが生まれるのかもしれません。

白鳥
:SBLもそうですが、社会全体で多様な在り方を実現するためのアイデアが増えてきていると思います。明確に大きな変化を感じたことはありますか?

僕、学生時代はずっと制服だったんですけれど。小中高、全部スカートだったんです。いま思うとスカートが嫌だと当時は思っていたんですが、「スカートを履くこと=女子生徒」だったから嫌だったんだなって。なので性別に囚われない体操服登校してみて先生に怒られて、みたいなことがあったんですけれど、今はいろんな学校で制服にさまざまな形ができて、選択肢があること、10代のうちに選択肢がたくさんある、自分が想定されている、排除されていないっていうところは、 かなり大きいことだと思うんですよね。自分はここにいていいんだ、、居心地がいい場所が10代のうちに見つけられるっていうのは、すごい大きなことかなと思います。


想定されていること、選択肢があることを
当たり前のことにしていくための取り組み


白鳥:最後のテーマです。企業や社会に変化や改善として何か願うことはありますか?

やっぱり今まで想定されてないのが当たり前だったんですよね。透明化されていることを考えることもしない、想定されてなくて当たり前だから諦めていたことがすごく多かったですけれど、今様々な企業さんだったりとか、様々な団体さんが取り組んでくださってるおかげで、自分も想定されてるなって思えることが増えました。服を性別で決めつけられない、自由に選べたりするのを感じると、「あ、うれしいな、だんだん進んでるな」っていう風には感じますね。
皆さん、本当にたくさん取り組んでくださってると思います。今会場にいらっしゃる皆さんもたくさん取り組んでらっしゃると思うんですけれど、やっぱり先ほどお話した通り、「想定と選択肢」が僕はポイントかなと思っています。想定されていないと、 その先がまずない。選択肢もない、排除されているなという気持ちは拭えなくなってしまうので、「いろんな人がいるかも」っていうところをまず想定してほしい。その後に、「選択肢がとても狭いじゃん!」とか、「こういう人には選択肢ないよね」との選択肢を広げてみてほしいなと願っています。

相手を想定して行動することによって、今まで見えていなかった選択肢の狭さや不条理さが見えるようになる。その課題の解決の糸口の一つになりうるのが、社会モデルを通した情報共有や問題提起だと奏太さんは説明してくださいました。

医療モデルと社会モデルの先へ
声をあげていく大切さ

あともう1つがですね、「医療モデル」と「社会モデル」の視点。
「医療モデル」は障害によって生み出された障壁は個人の責任であり、治療によって社会に適応していく考え方で、「社会モデル」は障害によって生み出される障壁が個人の心身機能の問題ではなく、社会(モノ、環境、人的環境等)のあり方によって生み出されているという考え方です。

この「社会モデル」の視点が広まっていってほしいなと願っています。
「できること/できないこと」が個人の問題ではなく、社会の問題として考えていく必要があると、いままで生活してきた中で強く感じています。
例えば「講演会などで情報保障が必要なのでは?」という課題に気づいた時に、次にどうしていくかを「みんなのこと」として考えられる社会になっていってほしい。そして連帯してくれる方々の輪が大きくなり、広まっていってほしいなと願っております。

今回のトークでキーワードとしてあがってきた「想定」と「選択肢」。
そもそも、企業はサービスや広告を世に出す中で、どのような人を取りこぼしてしまっているのか?その人々を包括するためにはどのような変化を起こさなければならないのか?

当事者の方の体験を生で聞き、山積みになっている課題に気付いた参加者の方々も多くいると思います。トークの後のワークショップでは、下地さんと奏太さんお二方の話の内容を踏まえ、参加者の方々自身が経験したフレームアウトやそれぞれの企業が直面している壁など、終了ギリギリまで情報共有が行われました。


オフラインならではの活発な空気の中、企業/個人としての葛藤や、想いで白熱した議論が生まれた本イベント。
Social Business Labでは、今回のようにゲストトークとワークショップを開催したり、参加者の皆さんが企業のソーシャルアクションについて情報交換しあえるコミュニティの形成も進めております。今後も皆さんとともに学ぶ時間を作っていきますので、ぜひTwitterをフォローの上、次回のイベントもチェックしてみてください!

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