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涙を流せる人ほど優しいなんて嘘だ

自分のアンチは間違いなく自分だと思う。

どの場所でも、どんな時代のどんな年齢のときでも、過去に遡ってまでずっと執着して否定してくる存在。

自己否定は、つらくてつらくてやめたくて、

だけど、ここまで否定するのに、自分のこと好きではある、みたいな矛盾した感覚がある。

その好きと嫌いの天秤みたいなのがあって、最近は、否定的な自分の方が大きくなってしまって、歩みを止めてしまうことが多い。

そういう時って昔のことをよく思い出すんだけど、
そういえば、昔の自分って漫画家になりたいって思ってたなって思い出して、

というか、ずっと覚えてたけど、もうどうでもよくなってたというか。

絵を描くのは今でも好きなんだけど、完成させたこともあんまりないし、世の中にはすごい人がたくさんいるし、こういうところでは極めようとかそういうことまでやらないんだよな。

物事が長続きもしないし、飛び込んでもすぐやめるし、飽きてしまう。

それが、最近描こうと思えて、日記みたいに、思ったことを描けたら、いいのかもと思って。

自分が感じた感覚や、後悔すらも残していったらいいと思った。


会社を休んだ日に断罪の気持ちを込めて描いた。


私の好きなアーティストの方の歌詞に

"欲しかったものは
思っていたほど集まっていなくて
変わるんだって意気込んでいた部分はそのままで"

という歌詞があって、自分の人生ずっとそうだなって見透かされてるみたいな気持ちになる。

アラサーのいい大人だけど、冗談でもなんでもなく、毎日泣いてる。

帰り道とか、玄関とか、寝る前とか、よくわかんないけどずっと泣いてる。

涙が枯れた人の分まで自分が背負ってしまったのかもしれない。そんなわけないだろ。

今まで、欲しかったものを集めようとせず、
変わるんだと意気込むだけで進んでこなかった人間の末路なんだ。

ものすごく自分が空虚なんだよ。

「感受性が高いんだね」なんて言ってくれるけど、感受性が高くて良かったことはあまりない。
少なくとも毎日出勤するような一般的な会社では。

涙を流せる人ほど優しいって言うけど、嘘だと思う。

優しい人は、強くて、まっすぐで、痛みに耐えられる人のことだと思う。

自分の人生、空っぽだ。空っぽだ。

泣き続けている人間には何もできないよ。

これだけ涙を流せるなら、世界一優しい人になりたかった。

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