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5月12日(2002年) 良い意味で先発のチョイスが難しい試合   

 浦和レッズは1997年のヤマザキナビスコカップで、予選リーグを初めて突破したが、決勝トーナメントの初戦、準々決勝で敗退している。

初めてナビスコ杯予選リーグを突破

 それから5年後の2002年、レッズは再びナビスコ杯の予選リーグを突破した。この年はJリーグが4月20日の第7節で中断。その後、ナビスコ杯予選リーグ6試合が連続して行われた。FIFAワールドカップ日韓大会のための、変則日程だった。
 レッズは名古屋グランパスエイト、鹿島アントラーズ、サンフレッチェ広島と同じグループになり、4月27日の初戦から5試合を4勝1分けとし、最終節を残して1位での突破を決めた。ナビスコカップは初めての快挙、と言える成績だった。各チームの日本代表選手が不在だったことも影響があったと思う。

MDPから

第6戦の先発変更は3人だけ

 2002年5月12日(日)、浦和レッズは駒場スタジアムに名古屋を迎え、ヤマザキナビスコカップ予選リーグ第6節を行い、1-5で敗れた。
 先発メンバーはGK西部洋平、DF井原正巳、坪井慶介、室井市衛、平川忠亮、MF石井俊也、アリソン、路木龍次、阿部敏之、FW永井雄一郎、福田正博。9日、アウェイ笠松運動公園陸上競技場で鹿島に勝った第5節と比べて、3人が変更されたが、このうち坪井は鹿島戦で試合直前に脚の違和感で
出場を取り消したもので、それがなければ連続出場していたと思われるから、実質的には平川と阿部の2人が新たに先発したということになる。

 メンバー表を見た僕は少し物足りなかった。平川や阿部が入ったことではない。逆にメンバーを総取っ替えしてもいいと思っていたのだ。

新人や若手に経験させるべきでは

 相手の名古屋は、勝てば予選突破の可能性があるから、全力で戦って来る。3日前の先発選手たちは、中2日という日程に加えて予選突破を果たしたことで、緊張が緩み疲労感が大きいだろう。何となく試合の様相が心配された。
 これをレッズにとって消化試合にしないためには、今季まだ出場機会が少ない選手を出して、個人のモチベーションに期待するしかないのではないか。すでに1位突破が決まっている試合だから、たとえ負けてもプロの真剣勝負の試合だから、彼らの経験になることは間違いない。

 結果は先述したように1-5。負けることは覚悟していたが、ホームゲームでこの惨敗はいただけない。若手や新人が先発しての結果なら納得のしようもあっただろうが。

MDPから

今季のACLでは4人が見られた

 こういう状況での選手のチョイスは難しいと思う。
 めったにない機会なのだから、有効に活用しないともったいない、という考えもあるが、どんな試合でも平常心で戦うことが大事、と言われれば、そうかと思う。
 今季のACLグループステージでは、もし4連勝して早々にグループステージ突破を決めていたら、第5戦、第6戦は誰が先発するだろう、と楽しみだった。そこまでの条件は整わなかったので、リカルド監督も迷うところはあっただろうが、第6戦では今季初出場の選手を4人見ることができ、うれしかった。

 この次に、そういう良い意味で先発のチョイスが難しい機会はいつ訪れるだろうか。

 さて、みなさんは202年5月12日、何をして何を感じていましたか?

※この内容はYouTube「清尾淳のレッズ話」でも発信しています。映像はありませんが、“ながら聞き”には最適です。
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