楽な寂しい

「めんどい」
これは今どき語で「めんどくさい」という意味だ。だが僕の田舎、石川県の加賀地方(石川県の南部。僕の生まれた加賀市だけを指すのではない)では、「めんどくさい」は「面倒だ」ではなく「不細工だ」を意味する。うちの母などはテレビに出てきた女性(一般人)を見て、「あら、めんどくさい顔」などと失礼なことを言ったりしていた。若者は省略して「めんでぇ顔やな」と言ったりする。

「めんでぇ可愛らしい」という言い方もある。最近の言葉で言うと「ブサ可愛い」というのかもしれないが、これは動物に使う表現だろう。「めんでぇ可愛らしい」は主に若い女性で、美人でもすごく可愛いわけでもなく、ちょっと美観的にはマイナスの要素があるのだけれど、それがアクセントになって全体としては可愛い印象を受ける、というような意味だ。

こういう逆の意味の言葉をつなげる表現は他にもあって、やはり僕の母はよく「楽な寂しい」ということを言っていた。大学時代から一人暮らしをしていた僕が夏休みなどで帰省すると、ふだんは一人で住んでいる母が(父は外国航路の船員だったのであまり家にいない)、僕の食事の世話をしなければならない。そして数日、実家に寝泊まりしてまた東京へ戻っていく僕に対して「お前がおらんようになると、楽な寂しいわ」と言っていた。世話を焼かなくて済むから楽だけど、いなくなると寂しいという心情は理解できた。

その母が先日亡くなった。

向こうで通夜と葬儀を終えて、一昨日浦和へ戻ってきた。北陸は梅雨明けしたのだけれど、関東は台風の影響もあり、まだ梅雨明け宣言が出されていないらしい。その台風の進路予想を見ると、紀伊半島から日本に上陸してしばらくしてから東寄りに進路を変えるようだが、日本列島への侵入角度からして最初は北陸地方に抜けるんじゃないかと思った。去年の9月、強い台風が北陸地方に向かっていたので、古い家に一人で住む母が心配で急きょ帰省したことがある。あのときは金沢から小松までしか電車が走っておらず、小松から加賀温泉までタクシーで行き、そこでレンタカーを借りて実家まで行った。けっこう大変だった記憶がある。今回、そこまで勢力は強くなさそうだが、大丈夫だろうか。さすがにホームゲームが近すぎて帰省するにはきついが…。そこまで考えて、「そうか、もう心配する相手はいないんだった」と気がついた。

楽な寂しい。いや、楽でなくていいから、もうしばらく心配したかったな。


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