喪中はがきと年賀状

 7月に亡くなった母の喪中はがきを出した。

 自分個人の相手だけではなく、一人暮らしだった母と年賀状のやり取りしていた人たちにも出さねばと、実家を探してここ数年の年賀状を見つけた。いわゆる年賀状リストのようなものはなく、実際に母宛に来ている2年分の年賀状を持ち帰って調べてみた。親戚はもちろん母が亡くなったことを知っているだろうけど、亡くなった当時は母の友人にまで知らせたわけではない。本当はもっと早く母が亡くなったことを知らせておくべきだったのだろうが。
 整理していて、年賀状が2018年に来ていて2019年には来ていない人が何人かいた。喪中ハガキも何枚かあったが、それも見当たらずに今年の年賀状をいただいていない、ということは91歳の母の友人なだけに…。とにかく送った。差出人は僕になっているから、何らかのリアクションがあるだろう。

 そして何枚か見つけた「勝手ながら本年をもちまして新年のご挨拶を終了させていただきます」という文面。みんな高齢の方で「年賀状の作成が困難になりました」という理由だった。たしかに母のように一人で暮らしている方は、毎年何十枚かの年賀状を書くのは難しいかもしれない。年賀状の終了、というのは聞いたことがある。
 だけど最近、高校時代の同窓会を準備するようになって、物故者がいることもあり「お互いの安否確認のために年賀状もいるよな」と友人と話したばかりだ。最近は郵便局で宛名書きまでしてくれるサービスもあるようだし、そもそも郵便局はみまもりサービスもやっているから、さらに突っ込んで、消息の連絡だけでもお年寄りが簡単にできるような年賀状のシステムはないだろうか。 

 そんなことばかり考え、(母の分まで長生きしてください)と願いながら宛名を書き終えた。

 ところで、社長の身内が亡くなっても、その会社が年賀状を出すのは構わないということだったので、レッズ関連の年賀状は、たとえ清尾個人にいただいている相手でも出そうと思っている。来年の年頭にあたり、ぜひ言いたいこともある。
 今年の12月は例年より“時間もあるので”元日に着くように出せそうだ。

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1957年、石川県加賀市生まれ。1981年、埼玉新聞社に入り浦和の住人に。1992年から、浦和レッズオフィシャルマッチデープログラム(MDP)の編集を担当。2005年に退職し、フリーでMDPの編集を請け負っている。清風庵(http://saywhoand.jp/)庵主。
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